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第四章
願いは叶えなくてはならない
しおりを挟む「セシル」
ユリウスがミュリアルとゾルを抱えて飛び去った後。ユピが辺りを見渡しながら可笑しそうにセシルを呼び止めた。
精霊らしく草花、木々、蝶などと戯れる姿は美しく優雅で自由だった。自然が彼女に応えるように騒めく様は本当に神秘的で精霊という存在が実在しているのだと証明していた。
「セシル。これで分かったでしょ?これからは何があってもあの子のお願いは必ず叶えなくてはならないわよ」
「あの子とは?」
「勿論、朝日ちゃんのことよ」
何の脈絡も無く話すユピが何を言いたいのかが全く分からないセシル。クリスや他の使用人達もユピの発言の意図が分からず、如何ゆうことかとユピに注目が集まる。
「ミュリアルはエサだったのよ」
「エサ…」
「本命はゾル。あの黒猫の方だったって事」
ユピはゆっくりと生垣に近寄りながら彼らの疑問を少しずつ説明する。
わざともどかしいぐらいに確信を言わないユピにセシルは慣れているが、クリス達にはただただ歯痒さを残す。
「この生垣、迷路のように入り組んでいたでしょ?これはね…あの子を縛り付けるための魔法陣になっているの。上から見たらきっと絶景よ」
「…」
「縛り付けると言っても身体じゃないわ。あの子の魔力自体をこの土地に縛り付けてるの。だから抜け出す事は容易だった」
「それは分かっている」
「抜け出さなかったのは此処から逃げても本当の意味では抜け出せないからよ。じわじわと生命を擦り減らされるだけ」
生垣に生えた花を一輪もぎ取ってクシャクシャ辺りにばら撒く。風に乗って自由に飛んでいく花弁はそのまま森へと消えていった。
「セシル。この土地が今如何なっているのか。貴方、感じていないの?」
ユピは地面を手を当てる。
彼女は精霊。大地と共に生きる彼らは自然の声を直接聞く事ができる。彼女には一体どんな声が聞こえているのだろうか。
セシル以外はユピの発言意味も真実も何も分からないからこそ、セシルの反応に注目が集まる。
「ユピ。具体的に言いなさい」
「だから、狙いはゾルなの。彼は大精霊で精霊界に五体しか存在しない頂点に君臨する存在。彼の魔力はミュリアルの比じゃないわ。全盛期の彼なら私なんて吐息を吐けば消せるような吐いて捨てれるゴミよ、ゴミ。そんな彼から下等生物に擬態せざるを得ないレベルまで絞り尽くした魔力は一体何処に行ったと思う?」
「…まさか!」
セシルは腕に着けていたブレスレットを外し、しゃがみ込むとユピと同じく地面に手を当てて、耳を近づける。
魔法陣の魔力が地脈を伝わり、魔力が集約されているであろう、場所を意識を向けると今にも破裂しそうな程の膨大な魔力の波がセシルに襲いかかる。
そのあまりの衝撃にセシルの額には脂汗が滲むほどだった。
「見えたかしら?大精霊の魔力を吸い取ってこの地には信じられないほどの大きさの魔石が埋まっているわ」
「…ユピ様。妖精を殺すと世界の何処かに魔法石が生まれる、と言うのは迷信ではないと…そう、仰るのですか?」
「火のないところには煙は立たないわ。ただ何処かに、と言われている理由は簡単よ。精霊を殺した後、精霊はただの意識のない魔力の粒子となり、世界の一部となる。そして再びゆっくりと時間をかけて光が集まりまだ新たな精霊が生まれるの」
「精霊は死なない、という事なのですね」
ジョシュの質問にユピは同意という様にゆっくりと頷きながらミュリアルがいた芝の上に座り込む。
「本当の意味ではそうね。そして産まれた場所には精霊に成るだけの魔力か集まっているから、それが結晶化し魔法石になる。途方もないほどの時間をかけてね」
「本当の意味では…?」
「えぇ。本当に殺す事も出来るわ。此処のように何らかの方法で吸い取った魔力の粒を何処かに集め留める事が出来れば世界の一部になれず精霊として生まれる事も出来なくなったしまうから」
「今回はその何らかの方法を使って魔法石を…作った…。研究は成功していたと言うことか…」
「そうね。それにこんな事が出来る者は限られてくるわね。精霊の事情に相当詳しいか、もしくは入れ知恵をした何者はいるでしょうね。本当に面倒くさい事しでかしてくれたわ」
「こんな事が出来る者…考えたくはないがエルフ…もしくは精霊自身から聞き出した、のいずれかという事になるのか」
「その辺は私には分からないけど、初めに言ったように朝日ちゃんの願いはきちんと叶えてあげなくてはならないわ」
それと今回の件がどのように繋がるのか、相変わらず理解が出来ない一同は悠々自適にミュリアル姿を楽しむユピに説明を求める視線を送る。
その視線に気付きながらもわざと気付かないふりをするユピと一同との均衡を崩したのはジョシュだった。
「朝日様の願いを叶えるのは当然の事だと思いますが、今回の件とどうか変わってくるのでしょうか」
「その質問はバカ正直で好きよ。そうね、答えを言うのは好きじゃないからヒントね。このままミュリアルを助け出さず死なせてしまっていたら確実に魔法石は完成していたわ。あのバカ大精霊はミュリアルがいなくなったら自ら魔力の粒になっただろうし」
「これがヒントなのか…?」
「ゾルは貴方達に機会をあげてたみたいだけど?私はそんな事しないわ。セシル、貴方はもう少し賢明な子だと思ってたのだけど?」
みなまでは言わない、と大きな欠伸をするユピはどうでも良さそうにその場に大の字で寝そべった。
その行動はただただ大胆で迂闊なだけなのに、自然が彼女に味方をするから神秘的な光景に感じてしまう。これが精霊という存在なのだろうか。
「そうそう。私はセシルと契約しているからセシル以外は私から魔力は奪えないの。私は此処でゆっくり待ってるからこっちの事は全く気にしなくて良いわよ」
朝日がミュリアルと出会っていなければ当然セシル達が彼女の救出に関わる事はなかっただろう。
このままミュリアルが死に、ゾルが後を追えば直ぐにでも魔法石が完成していたのだろう。
そしてもし魔石が完成していたとしたら、この世界はどんな結末を迎えていただろうか。
ことの顛末の行く末を案じるセシルとは裏腹に聞いてはいけないことを聞いてしまった、とクリスが後悔の念を述べる。
「俺らにこんな話し聞かせて大丈夫なのかよ。契約者でもないのによ」
「クリス、私貴方のことも好きよ。貴方はあの子の事よく分かってるみたいだから」
「俺が?」
「だから、もう一つだけヒント。セシルはあの子を巻き込みたくないと頑なだけどあの子がいなければ、魔法石が完成していたわ。そしてその魔法石は精霊の殺戮の為に使われていたのでしょうね。彼は私達全ての精霊の大恩人よ」
ユピが頭を支える為に手を当ててクリスを見上げる。必死に頭を動かし右往左往するクリスが面白いのか、ニヤニヤと顔を歪ませながら観察している。
「あー、なんだ。…俺は考えるのは得意じゃねぇ」
「じゃあ、これまでの朝日ちゃんの行動を思い出してみなさい」
「…盗賊を出頭させて、病から街を救って、聖剣を見つけて…誘拐されて…?……朝日は良くも悪くもいつも何かのきっかけを作ってる…?」
「やっぱり貴方のこと好きよ」
よく分からないヒントを残したまま早く次の仕事に迎えとばかりに手を振るユピはまだ何か隠している事はセシルには良く分かっていた。
精霊と契約すると魔力の受け渡しが出来るようになり、考えや行動は縛らないが感情は伝わってくる。
それが精霊と契約する、と言う本当の意味なのだ。
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