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第四章

救出

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 綺麗な芝が広がる小さな庭園。
 本来はかなりの広さがあったのだろうが、迷路のように入り組んだ背の高い生垣のせいで開けているのはここだけだ。

「如何やら朝日ではないようだな」

「…朝日じゃなかったら、誰なの?」

 生垣の方に威嚇するゾルをミュリアルはそっと持ち上げて抱きしめる。小さく震えるこの手にゾルは抵抗することを止める。

「…はじめまして、朝日君のご友人」

「おい、ジョシュ。いるのだろう。説明しろ」

「猫様、貴方の目論見は成功しました。傷付くセシル様を見て朝日は酷く悲しみ自身をお責めになりました」

 ジョシュの棘のある言い方にも全く動じず、ゾルは当たり前だ、とでも言うようにどうでも良いと尻尾を優雅に揺らす。
 朝日は見るべきだ、とゾルは思っていた。
 知らなかったでは済まない。何をするにも犠牲は付き物だと言うことを。そして今回は自分ではない誰かが背負ったのだと言う事を。

「なので此処には連れて来れませんでした」

「関係ないだろ」

「ミュリアル殿は此処を出られたとして一体どのくらい持つのでしょうか」

「…魔力が見える者がいたか」

「ミュリアル殿はもう長くはない。最後に広い世界を見せてやりたいと言う猫様の願いはよく分かります。ですが、我々と致しましては、これ以上朝日様が傷付くところは見たくないのです」

 ゾルは深いため息を吐く。

「お前らは本当に何も分かっていない」

 朝日の心の広さ、全てを許容する器の大きさ、頭の回転の早さ、そこからくる応用力、自己犠牲、愛嬌、博識。
 なのに見た目通りの子供っぽさ。
 彼が内に秘めているものを何も理解出来ていない。

 過保護に構い倒すことだけが守る事になるとは限らないとまだ分かっていないのか。
 自分たちが代わりに傷付けば朝日は傷付かないとでも本気で思っているのか。
 そんな事を繰り返していては本当に朝日の為にならない、とまだ気付かないのか、とゾルは大きなため息をつく。

「とにかく今はミュリアル殿をこの檻から連れ出すことを優先しましょう。クリス、始めて下さい」

「へいへい」

 クリスは拳大の魔法石をミュリアルに手渡して持たせる。クリスが近づくと、ゾルは威嚇したがクリスが気にする訳もなく平然としていた。

 ミュリアルが《ホーリーストーン》によって回復、浄化、解呪がなされるまでの間に此処から連れ出す為の準備を始める。
 スクロールが使えれば簡単なのだが、やはり皇城。優秀な魔法使いがいるのだろう。簡単には外には出して貰えない。
 だが、抜け道もある。
 それは此処で魔法に纏わる物は使えないが、スキルは使えると言う事。これは昨日朝日が金庫室から何かを取り出したとフェナルスタに聞いて知った事だった。
 多分、皇城の警備のために配置しているの兵士や騎士が力を最大限に発揮できるようにとの考えからの対策だろうが、スキルの多様性を理解していないのだろう。朝日やユリウスのように特殊なスキルを持つ者には寧ろ有利になる。

「此処の見回りは夕刻前で間違い無いですか?」

「えぇ」

「ユピ。頼むぞ」

「かしこまりました」

 後ろに気配もなく控えていた女性はミュリアルに近づくと肩にそっと触れる。

「…私?」

「彼女は姿形が自在に変えられるスキルを持っていまして。中々重宝しますよ」

「彼女は…ユピさんは大丈夫なのでしょうか…」

「私が此処にいるのは帝国を落とすまでの数日です。何の問題もありません」

 心配するミュリアルに淡々と無表情で答えるユピにゾルはまだミュリアルの肩に載せられたままになっている彼女の手を尻尾で払い落とす。

「お前、精霊か」

「あら。上手く擬態出来てると思ってたのだけど」

「ユピが精霊…?」

「我は上位精霊だ。見破るなど造作もない」

 じっと見つめてくるゾルにユピは声高らかに笑う。

「上位精霊ともあろう者がそんな下等生物にしか擬態出来ないとはこの結界に相当長い間縛られていたと見える」

「…貴様、我を誰と心得る!我は闇の大精霊ゾルフィートだぞ!中位精霊如きが大口を叩くでない!」

「その大精霊様がこのままでは消えて無くなる運命だなんてお可哀想に」

「ゾル、もしかして貴方…」

「ふん!知らぬ。我は知らぬ」

 にやにやといやらしく笑うユピにゾルは威嚇するがもう彼女に勝てる手立てもないほどにゾルは弱り切っている。
 そんなゾルが吠えてもユピは何にも怖くない。
 ユピは愉快だと言わんばかりに片方の口角を持ち上げてゾルを逆撫でるように口を開く。

「何も言わないなら私が代わりに言ってあげるわ」

「ユピ、教えて…。ゾルは消えてしまうの?」

「ミュリアル!中位精霊如きの戯言など聞く必要はないぞ!」

 弱りきってもまだ歯向かうゾルの首根っこをユピは煩わしいと言わんばかりにつまみ上げる。

「この大精霊様はアンタの獲られるはずだった魔力を肩代わりしてたのよ。だからアンタは此処まで持った。肩代わりして貰えてなかったらもう何年も前にアンタは消えてたでしょうね」

「ゾルの馬鹿!」

 ミュリアルに何言われようと取り合わない、とゾルは彼女膝から降りたその足でそのままセシルに近づく。

「精霊が人間と行動するなど有り得ん…いや、お前は……エルフか」

「えぇ。ミュリアル殿と同じくハーフですがね。この石は私のエルフの魔力だけを抑える特殊な石で、私の母がくれました」

「なるほどな。我でも容易に気付けぬ訳だ」

 精霊が唯一契約を結ぶ存在がエルフ。エルフ族は森に住み、住む森を健やかに保つ存在。精霊にとっても森は大切でそれを守ってくれるエルフのことを大切にしている。

「それでよく精霊と契約出来たな。森に居ない精霊を見つけるのは至難の技だろう」

「ユピはエルフは嫌いの変わった精霊なのです」

「あら、嫌いだなんて言ったかしら。エルフは面白味に欠けるわ。いつも淡々と同じことしかしないし、掟だの、なんだのって五月蝿いのよ。でも、この子は特別よ。エルフの鬱陶しさに人間の姑息さが混ざってて本当に見てて面白いの」

「本当に変わった奴だな…」

「あら、貴方には言われたくないわ。精霊のハーフなんて忌み嫌われるそうでしょうに」

「お互い様だな」

 悪態を吐き合いながらもお互いの変な自己紹介が終わり、その頃にはミュリアルの足に絡みついていた鎖は消えていた。身体の回復もある程度は済み、歩くのはまだ辛そうだが、自力で立た上がることが出来るようになった。
 此処までくれば移動させるのはそんなに大変ではない。

「して、ミュリアルをどうやって此処から連れ出すのだ」

「飛ぶ」

「飛ぶ?人間如きが精霊の真似事など…」

「多少痛くても我慢してくれ」

「キャッ!」

「おい!話を聞け!」

「ユリウス頼んだよ」

「すぐ戻る」

 そうして二人の返事を聞く事もなくユリウスは天高らかに飛躍した。
 小脇に抱えられたミュリアルとゾルは上から押し付けられらような強い風圧に耐えたと思い、ゆっくりと呼吸を整える。一瞬の間を置いて今度は旧落下によって全身の血が頭に上る。

「き、気持ち悪い…です…」

「…悪いな。こっちはこっちで色々抱えている。宿屋に送ったら俺は又城に戻る。ゆっくり休んでいてくれ」

「ありがとうございます。朝日は…何処にいるのでしょう?」

「朝日は今、皇城で別件で行動中だ」

 視線を落とすミュリアルをベッドの上に優しく置く。ゾルはミュリアルの体調を確認する為に彼女の膝の上に乗って、ユリウスにはどっか行けと言わんばかりにキツい視線を送った。









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