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第四章

グランジェイド公爵家

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「エライアスが行方不明になっているのはセシルから聞いたな」

「…うん」

 朝日はこくりとゆっくりと頷いた。ミュリアルの事が心配しでそっちまで気が回っていなかった。
 決して忘れていた訳ではないないが、お互いに親友だと認め合って、たくさんお世話になっていたのに、自分はこんなに薄情な奴だったのか、と恥ずかしくて顔を上げられなかった。

「その話しを詳しく教えておく」

「うん」

「今帝国では失踪事件が多発している。原因は朝日、お前が攫われた理由と同じだ」

「魔法石、だよね」

「そうだ」

 ユリウスが話す内容は朝日が感じていた不安を肯定するような内容だった。

「魔法石は有限の資源で各国国宝級の扱いになっている。だが帝国は国豊かにする為、各国に軍事的支援を送る代わりに魔法石を要求し、大変潤って来た」

「うん、この国は何もかもが凄く進んでる」

「当然ながら魔法石が枯渇する事は分かっていた。だからその為に魔法石の代用品、もしくは魔法石を作り出す研究がなされて来た」

「成功したの?」

「いいや、完成間近になってその研究の第一人者だった者が失踪したらしい」

「らしい?」

「その研究自体が極秘扱いとされていて研究者の名前は愚か、性別も年齢も何もかもが分かっていない。エライアスはその者を知っていて先日まで身を潜めていたらしい」

 朝日はユリウスの話を聞きながら、コクコク、と小さく頷く。隣に座る朝日の反応を確認しながらゆっくりと話すユリウスは机の上に用意してあったお菓子を摘み上げて朝日の口に押し付けた。

「私たちが帝国に来たのはエライアスからその話を聞くためだった」

「うむぐ…ゴクン」

「エライアスの居場所は分かったが、助け出すのは難しい」

「何処なの?」

「皇城だ」

 皇城。
 皇帝はミュリアルだけじゃなく、エライアスまでも捉えて苦しめているのか。朝日の眉間に皺が寄る。
 ユリウスはその皺に人差し指を当ててグリグリとほぐすように優しく撫でる。

「ただ、今日その手立てが出来た。朝日お前のお陰だ」

「僕?」

「公爵はこれまで中立派だった。グランジェイド公爵家は初代皇帝との誓いにより、皇帝を見張る役割を担って来たらしい」

「何のために?」

「朝日は帝国史は知ってるか?」

「帝国史?」

「後でこれを読んでみるといい」

 ユリウスは何度も何度も読み込んだのであろう、背表紙、表紙共に文字が掠れて読めなくなっている分厚い古い本を朝日の膝の上に乗せる。

「お前を見つけたあの森の更に奥深い場所に聖獣様が住む守護者の森という所がある。そこには聖獣様との約束で絶対に踏み込んではならない。公爵家はその誓いを違えないように全ての国を監視している」

「凄いね…」

「その公爵が反皇帝派に協力すると仰った」

「皇帝が約束を破ったの?」

「そういう事だ」

 皇帝は何故そんな禁忌を犯してまで森に踏み込む事にしたのかと、この話しをフェナルスタに聞いた時ユリウスはそう思った。

ーーー皇帝は魔法石を隠し持っているのではない。皇帝でさえ魔法石を持っていない。皇室にあった魔法石は全て何者かの手によって盗まれた。

 ユリウスはフェナルスタが言った言葉を思い出して頭を抱える。
 何者かの。そう聞いてすぐに思い浮かぶのは“紅紫の片喰”だ。もし本当にそれをやったのが奴等ならユリウス達が考えていたよりも相手はもっと強大で手強いと評価を改めないといけない。
 ただそれは考えにくい。

ーーー多分ですが、その研究者が持ち去ったのではないでしょうか?

 セシルの意見にユリウスも同意だった。

「ユリウスさん?」

「…国から魔法石がなくなり、貴族ですら逼迫している。いつ何処で暴動が起きてもおかしくないほどにこの国は危うい」

「…」

「だが、図らずも朝日が冒険者として働いてくれたお陰でその時を遅らせする事が出来た」

「僕のお陰で…そっか、セシルさんはその事を言ってたんだね」

「だが、危ういのは変わらない。だから帝国もその研究者を探している」

「うん」

 何としても帝国よりも先にその研究者を見つけたい。だから何としてもエライアスを帝国よりも助け出さなければならない。

「その為には朝日の力が必要だ」

「僕に出来ることがあるなら何でもやるよ」

「皇城内に隠されている聖剣を探し出して欲しい。朝日にしか出来ないんだ…だから、ミュリアルとやらを助けるのは私達に任せてくれないか」

「…」

 フェナルスタは今日朝日が皇城でやった事を全て話してくれた。当然朝日の能力については何も伝えてはいないし、向こうも聞き出そうとはしてこなかった。
 ただやはり公爵だ。見ただけでどんなものなのか大凡の検討を付けたのだろう。

ーーー反皇帝派に協力はするが、一つ条件がある。皇城の何処かに隠されている聖剣を探し出して欲しい

ーーー聖剣を?

ーーー我々オーランドの貴族がこんなに生活を逼迫させられてもこの国から出ないのには理由がある。初代皇帝アレクサンドリアが聖獣との約束を違えないようにこの国の貴族全員に聖剣に皇室に危害を加えないと誓いを立てさせた。反皇帝派が中々動けないのもそのせいだ

「私を信じて欲しい」

「そうしたら、ミュリアルもエライアスさんも助けられるんだよね」

「あぁ」

「分かった。ユリウスさんを信じる」

「ありがとう」

 真っ直ぐな目で見つめる朝日にユリウスは少しひんやりとした手で優しく頭を撫でてまたあの優しい笑顔を向ける。朝日はユリウスが何かまだ隠していると気付きながらもその優しい笑顔に免じて言葉を飲み込んだ。
 ユリウスが意味のない嘘や隠し事をするような人ではないと分かっているからだ。

ーー朝日くんが助けようとしているミュリアルという者は君達が助け出して欲しい。彼女は皇帝の花園に捕らえられている。

ーーー何故、彼女を?

ーーー彼女は精霊と人間のハーフ。皇帝は彼女の力を搾取し、マナジウムに閉じ込めている。

ーーーまさか!精霊を殺そうとしているのですか!

ーーー知っているようだな。精霊を殺すと世界の何処かにマナジウムが生まれるという迷信を。皇帝はそれを信じている。

ーーーそんな何処に産まれるかも分からないのに何故そんな禁忌を…

ーーー彼女はもう手遅れだ…。今助け出してももって一週間といった所だ。朝日くんには耐えられないのではないだろうか。

 ユリウスは今度は少し小さく割って朝日の口にお菓子を運ぶ。朝日はそれにパクリと食いついてユリウスに笑いかけた。



「…大丈夫か?」

「クリスに心配されるとは私も落ちたものですね」

「そんな悪態をつけるなら大丈夫だろうな」

 クリスはそうは言ってみたものの、顔色一つ変えたことのないセシルが青褪めた顔で咳き込んでいるのだからいつものような掛け合いは避ける。

「精霊の魔力がこんなに強いとは…流石の私も少しキツかったですね」

「エルフのハーフでもキツイなら人間なんて歯も立てられないだろうな」

「朝日くんの方は大丈夫ですか」

「人の心配をしている場合か?明日はミュリアルってねえちゃんを助けに行くんだ。少しでも身体を休ませておけ」

 セシルは後数週間は動けないだろうことはクリスも分かっている。
 魔法石の中に閉じ込められた魔力を同等の力で相殺するし、その魔法石の力を無効にする。
 だから相殺すると言うことは込められている魔力が強ければ強いほど当然注ぐ魔力も増える。
 そして何よりその相殺のために魔力を注ぐ、正確には抜かれて行く際にとてつもない痛みを伴う。それは想像を絶する苦痛で一般的には生きたまま火炙りにされるようなものだと言う。
 朝日は知らなかったのだろう。そしてセシルも朝日が気に止むのが容易に想像出来たのでそんな姿を見せたくはなかった。

 ただ意地悪い事に、その案を授けた精霊ゾルはその姿を朝日が見るべきだと朝日以外が魔法石に触れる事を禁じたのだ。

「朝日は気付くぞ」

「大丈夫です。明日までには何とかします」

「そうか」

 伝えた方が良いと思うけどな、とクリスは捨て台詞のように言い残してセシルの部屋を後にした。


















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