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第四章
力の差
しおりを挟む「朝日様には何も言わないでください」
「元々言う気はない」
「魔力が吸われることがどれだけ苦痛か、をです」
「お前の主人ではないにしても中々言うな?」
「セシル様もそう望まれるはずです」
「セシルとやらがどうなっても構わないと?」
何も言わずにニッコリと微笑むジョシュにゾルは悪態をつく。仮にもセシルに雇われている身であるはずなのに、朝日を最優先するのは彼の中て朝日はゾルにとってのミュリアルと同じなのだろう、と決めつけて後は考えないことにした。
「そのセシルとやらに同情する」
「同情?何故ですか?私はセシル様が羨ましい。私の属性が風だったのなら私がお役に立てたのですから」
「そこまでの相手か?」
「当然です」
ゾルから見ても朝日はとても不思議なオーラの人間で短い間柄ではあるが、他の精霊仲間よりは信頼を寄せている。
彼らはミュリアルを人間だと言って、決して助けようとはしないからだ。
「確かに朝日はいい子だ。自分で言うのもなんだがいい奴を選んだと思ってる。だが、お前らの反応は異常だ。何故そこまでする」
「朝日様は無垢な赤ん坊のようで、経験を積んだ老人のような不思議な人なんです。初めてを楽しみ、喜び、その笑顔で此方を喜ばせ、それでいて全てを受け入れる寛容さを持ち、強い言葉で導いてくれる」
「…」
「それに仕事柄、我々には人を助けるという概念が欠落してます。彼の真っ直ぐさに惹かれるのは必然でした」
「我には人間の感性というものは全く分からん。お前らの方が優秀に見えるが。お前らがあいつのためにそこまでする意味があるか?」
「確かに皆さん優秀な方々ですが、朝日様の優れているのはまた違う所です。価値観の違いですね。より優れた者に従属する喜びを感じる事が出来たのは私が人間だからなのですね」
ただ朝日のジョシュへの態度を見る限り、関わりはゾルと大差ないように見ていた。朝日のような本当の意味で分け隔てなく接する人間は初めてだったので一概には言えないが、セシルの名を口にする時の声や表情は他とはまるで違った。
「我はお前ら人間の事情なんか知らん。我も勝手にするからお前も勝手にしろ」
「そうさせて頂きます」
頬の火照りが落ち着いてミュリアルが朝日から離れる。間を置かずにゾルは我が物顔でミュリアルの膝の上で猫らしく丸まって、大きな欠伸を漏らす。
「取り敢えずはお前の侍従に免じて信じてやる」
「ジョシュの?」
「朝日様の思うがままになされて下さい」
「そのセシルとやらに球に魔力を流させてみろ。その球に直接は触らせるな。触るのは朝日だけにしておけ」
「どうして?」
「猫様!」
「どうしてもだ」
首を傾げ説明を求めるような表情をする朝日だったが、ゾルはそれ以外説明する気はなく、また大きな欠伸をして目を瞑った。
「朝日様、日が暮れる前に戻りましょう」
「ジョシュ。さっきはおっきな声出してどうしたの?」
「いいえ、ミュリアル様の状態が宜しくありませんから」
「…うん。そうだよね、急ごう」
引き締めた表情で頷いた朝日にジョシュは鳥肌が立った。
今まで暗殺者としての仕事に執着し、他には興味を持つこともなかった。しかし、従属する喜びを知ってからは朝日の光の部分も時折見せる闇の部分もただただジョシュを惹きつけるだけだった。
今のミュリアルの状態は一刻を争うほどに危険だ。本当にいつ消えてもおかしくない瀬戸際のミュリアルを救う為には余計な事に時間を割く訳にはいかない。
「セシルさんと入れ違いになってないと良いけど」
「大丈夫のようです。少し前からユナ様がついて来ております」
「何処だろ?」
「左手後方の十字路の角のにある六階建の赤い屋根の上です」
ジョシュが後ろに目があるかのように平然と振り返ることなく言うので朝日はジョシュに話しかけるようなフリをして其方にチラリと視線を向ける。
しかし、建物を確認することは出来たが、ユナの姿を捉える事は出来ない。その距離にして軽く100メートルはくだらない。
どうせバレているのだから隠していても仕方がないとギルドへは寄らず、直接宿屋へ向かう。
「怒られるよね」
「大丈夫です。朝日様は御心のままに行動されただけ。例えセシル様であっても咎める事は出来ません」
出来ない、というよりさせない、の方が正しい。ジョシュは何があっても朝日を煩わせるもの、咎めるもの、邪魔するものは確実に全て排除していくつもりでいる。
「皆さまおそろいのようです」
「うん…」
宿屋の看板が見えて来た頃にジョシュはそう言った。先程のユナの件があるからかジョシュの凄さを痛感すると共に不安がどっと押し寄せて来た。
「ただいま」
「朝日君、お疲れ様。お茶はどうかな?」
「うん」
いつも通りのセシルの声にまだ身体が緊張してはいて鼓動は早いが、自然と握りしめられていた手の力はゆっくりと抜けいった。
部屋にはジョシュが言う通り、セシルの他にユリウスとクリスは勿論、クロム、ユナとシナ、他侍従達も勢揃いで、向けられる視線が痛い。
「朝日君、私達に話しがあるんじゃないかな」
「僕、セシルさんに言われた通り…僕のやりたい事をやっただけだよ」
「その通り。朝日君がやりたい事をやるのは冒険者として当然の事で守れなかったら我々の責任だよ」
「お願い事のこと?」
「朝日君が危険にならないように私達にも色々と手はあるんだよ」
完全に振り切ったと思っていたが、こんな事は無かったのだろうか。それにしては昨日皇城に行ったことは知らなかったように見えた。
それでも朝日がこれから何を言おうとしているのかを知っているかのように話しを進めるセシルは当然咎める気など一切感じない。
「うん。セシルさんにお願いがある。これに魔力を流して欲しいんだ」
「分かったよ。ただ魔力を扱うのは精細な作業だから集中できるように一人でやらせて貰えるかな」
「でも僕以外は触っちゃダメだってゾルが…」
「触らなければ良いのなら此処に載せて置いてくれれば良いよ」
「うん…」
セシルがとても優しい声で言うものだから朝日はそれ以上何も言えなかった。二人が話している間、誰も口を挟まなかったのが不思議でチラリと皆んなの顔を伺うが、その後は何事もなかったかのようにユリウスは相変わらず資料を見つめ、クリスは大きな欠伸を漏らし、使用人達は壁際で控えていた。
夕食後。
セシルは言っていた通り、一人部屋に篭った。誰も入れさせないように、と態々部屋の前に使用人を置いておくほどに注意を払っていて、近づくことままならない状態だった。
「朝日がそこで見ていても終わりが早くなることはない」
「うん…」
朝日の対面の部屋がセシルの部屋で、朝日は人目も気にせずに自室の扉に背を預けて座り込んでいた。
その様子に見かねたユリウスが声をかける。
「朝日、少し話そう」
「うん」
ユリウスに誘導されるがままに彼の部屋に入る。間取りはどこも変わらないようでユリウスがソファーに座ったのを見て迷わず目の前に座った。
「何故そっちに行く」
「ん?」
「セシルの時は隣に座っていただろ」
「ユリウスさんがお話しって言ってたから」
「こっちに来い」
ユリウスが手を伸ばすので自然とその手を取る。
引き寄せされて身体が浮く感覚に既視感を感じる。
「前に僕、ユリウスさんと空飛んだだよね」
「あぁ」
「僕、見えなかったの」
「今度な」
「うん!」
キラッキラに目を輝かせてユリウスを見つめる朝日の嬉しそうな表情にユリウスもふっ、と柔らかい笑顔を向ける。
あまりにその表情が優しくて朝日は驚く。
正直さっきはみんな居たから避けただけで、部屋に呼ばれたからには怒られるのではないかと覚悟をしていた朝日は意表をつかれたのだ。
「朝日が皇城に行ったのはフェナルスタ・チェイド・グランジェイド公爵から聞いた」
「フェスタさんから?」
用事があると庭園前で別れたが、その用事がユリウス達を会うことだとは全く思っていなかった。
そして繋がる一連の事件と朝日は向き合うのだった。
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