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第四章
宝物庫の宝
しおりを挟む「二人は此処で何をしていたのかな?」
「あのね。僕、欲しいものがあるんだ」
「朝日様!」
「大丈夫だよ!お友達だもん」
「大丈夫だ。例え朝日が此処で人を殺したとしても私が抹消することも厭わないよ」
「僕、誰も殺さないよ!」
ぷくりと膨らんだ頬をフェナルスタが摘む。ぶぅと息が抜けると同時に音がなる。二人はニコニコと笑い合い本物の祖父と孫であるかのようで微笑ましい。
ただ本気でフェナルスタがそれを言っているのならそれだけ権力があるというのを示す為に言ったのか、もしくは、ハイゼンベルク家の様にそういう事に手慣れた家なのだろうか。いずれにしてもかなりヤバい人物なのではないだろうか。とジョシュは一瞬の内に察して朝日の背後にピタリとくっついていた。
「お二人はいつお知り合いに?」
「フェスタさんとは王都の建国祭の時からの知り合いだよ」
「中々逢いに来てくれなかったね。大人になるのは諦めたのかな?」
「違うよ!今も頑張ってるところ!でも、ゼノさんがフェスタさんはフロンタニアの貴族じゃないって言ってたし、貴族様って色々忙しいでしょう?だから僕、フェスタさんからお手紙来るの待ってたの」
「なるほど、やっぱり彼は分かっていたんだね」
フェナルスタの視線にジョシュは更に朝日に一歩近づき、警戒心を強める。
フェナルスタの誘導で並び立って歩き出した二人の後ろをジョシュは距離を置かずに付いて歩く。
「僕ね、庭園のお友達を助ける為に此処に来たんだ。でもお友達が動けないって言うから動けるようにする為に探し物をしてるの」
「……なるほど、彼女を…。…それで彼は朝日くんの何かな?」
「ジョシュはね、僕のお手伝いさん!」
「お手伝いさん…?侍従のような解釈で良いかな?」
「はい……命に変えてもお守りすると誓っております」
朝日には聞こえないように潜められた声にフェナルスタはコクリと頷く。それにしても隙のない男だ。細身の見た目からは分からないが、衣服の下は相当鍛え上げられているのだろう事は分かる。
「此処にいると言うことはやはり宝物庫に向かうのかな?」
「うん!」
「宝物庫の前には二人の警備兵がいる。それはどうするつもりかな?」
「そうなの?ジョシュ、どうしよう…」
割と考えなしの行動だったのだと知ったフェナルスタは首を傾げる。
警備兵がいるのは勿論だが、当然ながら扉には魔法石によって作られた強力な鍵も掛かっている。考えなしではとてもじゃないが何かを持ち出すことは出来ないだろう。
だから、その解決方法を聞くのなら当然城内に詳しいであろう自分に聞くのが普通だとフェナルスタは思ったのだ。
それなのにただの侍従であるジョシュに聞いた事に疑問を持った。それだけ彼を信用しているという表れなのか、もしくはフェナルスタに借りを作らないためなのか。
仮に友達だとお互いに公言していたとしても貴族であるフェナルスタに直接聞くのとフェナルスタから提案するのでは全く意味合いが変わってくる。
もし本当に後者なら冗談ではなく本当に朝日が欲しいとフェナルスタは笑った。
「宝物庫の目の前で30秒くらい時間が稼がれば良いの。どうにかならないかな?」
「…?それなら朝日は私の孫と言うことになっているから、名前を名乗って警備兵に道を聞くふりをしなさい。頃合いをみて宝物庫の前辺りで私が声を掛けるから」
「僕はミラトさんのふりをすれば良いの?」
「そうだね。そして彼らに飛びっきりの笑顔でお礼を言いなさい」
「お礼を言えば良いんだね!分かった!」
(一体何をするつもりなのか。この目で確かめる必要があるな…。もし本当に可能なら、あるいは…)
別ルートに向かって歩いていくフェナルスタを笑顔で見送って二人は宝物庫に向かって歩き始める。
今はフェナルスタの起点によって姿を隠す必要はないので、朝日は握っていた魔法石をポシェットにしまった。
一つ目の角を曲がるとフェナルスタの言う通り重厚な扉の前に二人の兵士が長槍を持って立っていた。目の前から歩いてくる二人を捉えた兵は長槍をしっかりと握り込む。
「止まれ」
「ごめんなさい。僕、お城に初めて来て…お祖父様と逸れちゃったんだ…」
「貴方のお名前は?」
「僕、ミラト・チェイド・グランジェイドです」
「あぁ、グランジェイド家の…」
二人は納得するように小さく頷く。
フェナルスタの言う通りこの名前はかなり有効だったようだ。固かった表情が途端に柔らかくなった。
まぁそうだろう。この国はとても小さい。貴族同士会ったことがないなどと言うことも少ないのだろう。だから見知らぬ者がいたら先程の皇太子同様に警戒してしまうのだ。
「大切なお役目中に大変申し訳ありませんが、私が辺りを見てきますのでミラト様を少しの間で良いのでお守り頂けませんでしょうか?」
「彼を見て置くぐらいなら引き受けよう」
「本当?ありがとう!」
フェナルスタに言われた通りに二人に笑顔を向ける。特に反応は返ってこなかったが、お陰で少し時間を稼げそうだ。
「ミラト様はお身体が弱いと伺っておりました。社交の場にもいらっしゃった事もなかったと記憶しておりますが…」
「そうなんです。今日は少し調子が良くて、お祖父様に無理を言って連れてきて貰ったんです。でもお城がこんなに広いなんて…とっても驚きました」
「歳を重ねると体調が良くなる事もあると聞いた事がございます。グランジェイドは大公爵家ですから、ご回復は喜ばしい事で御座います」
丁寧な口調に変えた二人に他人の名を騙っている少し申し訳なく思う。
それでも、
「私はカルマンティア家のクレア・フィル・カルマンティアと申します。その…ご婚約者とか…」
「おい!仕事中だろうが!」
首を傾げる朝日に申し訳ないと男性警備兵が謝る。クレアはとても美人でありながら兵士であり、その凛とした立ち姿からは高潔さを感じさせる。しかし、話すときに頬を赤らめて照れる様子は少し可愛らしくもある。
「あまり外に出ないから良くわからないんです。お祖父様に聞いてみないと…」
「そうですよね。…その、申し訳ありませんでした。お会い出来て光栄でした」
「僕も光栄でした。クレア様」
「あ、はい…」
朝日にニッコリと微笑まれてクレアは顔全体を真っ赤に染める。
「ミラト」
「お祖父様!」
「近くにおいで出した」
「良かった…。クレア様…あの…」
「あ、私はソーサル家のグレイズ・ゴズ・ソーサルです」
「クレア様、ソーサル様。ありがとうございました」
控えめに手を振る朝日に二人は仕事中だからか、相手が上級貴族だからか、手は振らずに会釈をする。
朝日達が見えなくなるまで見送る。頬を赤らめたまま惚けるクレアを見てグレイズがため息をつく。
確かに美しくはあったが、相手は大公爵家。騎士爵の家柄である二人には雲の上の存在だ。相手にされる訳がない。今回だってたまたま向こうから名乗ってくれたから会話をする事が出来たが、普段なら挨拶するのも烏滸がましい。
「軽く天使だった…」
「いや、確かグランジェイドの倅って十八歳だった筈だぞ?」
「あれで年上なの?私が守ってあげたいわ…」
「相手は大公爵だぞ!」
「最低でも伯爵位、団長レベルになれば可能性はあるわね」
「おま、…マジか…」
女は守られたいんじゃねぇーのかよ、とボソッと漏らしたグレイスの言葉はクレアの耳には全く入ってきていなかった。
「フェナルスタさん!ありがとう!」
「お目当ての物が手に入ったのなら良いが…」
「うん!バッチリ!どれがどれだか分からなくて結局全部持ってきちゃったけど」
「金庫室の中身全部ですか…?」
「うん。あの金庫の中身は三つだけだったの」
一体なにがどうなってあの金庫室の中身を知って手に入れたと言っているのか、フェナルスタには全く理解できていない。
朝日が中身を手に入れたのがさも当たり前のような反応にフェナルスタはただ二人の会話を聞いていることしか出来ない。
「上手くいきそうですか?」
「この三つ何だけど…」
「猫様にお伺いするしかないですね」
「うん。ゾルのところに戻ろう」
足早に金庫室から離れる三人はその足で庭園、別名皇帝の花園へ向かうのだった。
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