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第四章
従属する喜び
しおりを挟む「ゾル、行くよ!」
「何があった。急にそんなすごんで…」
朝日はゾルが驚いてしまうほどに険しい顔をしていた。いつもゾルの後ろをついてくるだけだったのに、今日はやる気十分、とばかりにズンズンと先へ進んでいく。
「ゾル、あの足枷って魔法?」
「いや、呪いだな」
「呪術?」
「なんだ、知ってるのか」
割と最近聞いた話しと何か繋がる。
魔力の高い王女を完全に支配することが出来た呪術、呪具の存在。そして朝日が偶々作るところを見ていたあのトライアングルストーンで作られた錬金物。それらが直ぐに思い浮かんだ。
「ゾル、あの足枷を取れたらミュリアルは歩けるようになる?」
「それは難しいだろうな。ミュリアルにはもう力が殆ど残っていない。自己回復を目指そうにもその前にまた足枷を嵌められるだろうな」
「呪術は僕、何とか出来ると思う。後はミュリアルを運ぶ方法と人目を避ける方法かな」
朝日が独り言を話しているかのようにいつの間にか隣にゾルの姿がなくなっていた。振り返ると頭を垂らすゾルはゆっくりと口を開く。
「朝日、実はあまり時間がない」
「…」
「あの子は完全な精霊じゃなく精霊と人間のハーフだから此処まで持ったが、力を吸い尽くされた精霊は消えてなくなる。二、三日…持てばいいくらいだ」
「ジョシュ!」
「はい、朝日様」
名前を呼んで直ぐに現れたジョシュ。昨日の夜からセシル達はなんだが慌ただしくしていて、今朝の朝日の護衛はジョシュに一任されたと朝、着替えをしている時に耳打ちされた。
「ジョシュ聞いてた?」
「はい、勿論で御座います」
「昨日の僕とセシルさんの話も?」
「えぇ。僭越ながら…」
「ジョシュ、もう時間がなくて二、三日も待てない。呪術の解呪は直ぐに出来るけど、後はミュリアルを連れ出す方法とミュリアルがいなくなったのを気づかれないようにする方法が必要なんだ…お願いね」
ジョシュは落ち着いた無の表情の朝日の顔を見てニッコリ笑って一つだけ、と小さく漏らした。
「お任せください。ただ、少々お時間を頂きたいです」
「分かった。僕もこれから準備する。お昼に待ち合わせしよう」
「かしこまりました」
時間を気にせずにいられないのは分かるが、いつもの朝日らしくない。なりふり構わずどんどん進んでいく。誰が見ても振り回されているジョシュに大変そうだなとゾルは憐れみの視線を向ける。
当の本人は朝日に頭を下げて控えたが、猫であるゾルからは別人かと思うほどに興奮を隠せないような緩んだ顔が見えて思わず身震いした。
「ゾルは如何する?」
「お前についてく」
小走りにギルドへ向かう朝日に並走する。
ギルドについて真っ直ぐに朝日用に用意された部屋に飛び込む姿が周りの視線を掻っ攫う。
「朝日様何かありましたか?」
「あ。チェルシー、ごめんね。ちょっと私用で部屋借りるね」
いつもと違って落ち着いた低い声を放つ朝日が別人のように見えてチェルシーは全身の血液が沸騰するような感覚を始めて知る。
「かしこまりました。誰も入れないようにします」
「ありがとう」
ペコリと頭を下げて部屋を出ていくチェルシーにもゾルは憐れみの表情を向ける。チェルシーはゾルの表情を読み取れてはいないのだろう。それでも目が合った時に少し困った顔をした。
「何をするんだ」
「この前、ちょうど呪術を解く魔法石を作っているところを見たんだ。それを作る」
「やったことあるのか」
「ないよ」
そう言いながらもテキパキとポシェットから色んなものを取り出す朝日にゾルはただ見ていることしかできない。
まず初めにテシウス草を一枚手に取る。オルフェが何をしていたのかを目を瞑り思い出す。しっかりと目に焼き付けたあの時の情景を。
「水分が抜けて…青々とした色が土色に変わっていく…」
「どうした」
「いきなり躓いた」
「…はぁ、何がしたいんだ」
「葉っぱから緑色の水分がね?宙に浮いてて…小瓶に吸い寄せられるように入っていったんだ…」
「思い浮かべろ」
そう言うとゾルは朝日の膝の上にぴょんと飛び乗って前足で額に手をポンッと当てる。朝日は言われた通りに思い浮かべる。
朝日の手から離れた葉と机の上にあった瓶が宙にぷかぷかと浮かぶ。キュポンッと音が聞こえてきそうな感じで水分が葉から飛び出て、同時に葉は枯れ果てる。瓶がそのまま浮いている水分に近づくとするりと中に流れ込んだ。
「…ゾルが手伝ってくれたの?」
「こう言うのはな、想像力なんだ。こうしたい、こうやりたい、と想像し、そこに魔力を乗せるんだ。今日のところは手伝ってやる。時間が惜しいからな」
「うん。ゾル、お願いね」
「やれやれ…」
メテロの実を二つ摘み上げて朝日が目を瞑るのを見て、ゾルは呆れた様子で額に再び肉球をぴたんと当てる。
メテロ実が宙にフヨフヨと浮かぶと、朝日は目を開けて軽くナイフを立てる。真っ二つに分かれた実が捩れて絞り出た真っ赤なジュースがそのまま先程の小瓶へ滑り込む。
「錬金術は繊細だから殆どの作業を魔法でやるんだって」
「良くこれでやれるって言い切ったものだ」
「ごめん。魔法の方は習うの忘れてた」
「お前みたいなやつは感覚で覚えるしかない」
「そっか」
指を鳴らすのもオルフェの真似だ。
「お願いね」
「はいはい」
もう、当たり前のように目を瞑った朝日に当てたままにしていた肉球を強めに押し付ける。
先程カラカラに乾いた葉とカルム草が朝日のパチンッと弾いた指と共に粉々になり、深緑色の粉となる。
勝手に作業が進む中、朝日は一枚のまっさらな紙と羽ペン、そして分厚い本をポシェットから取り出す。本をペラペラと慣れた手つきで開き、紙に魔法陣を描いていく。
魔法陣を描き終えると小瓶を振って二つの液体をよく混ぜ合わせ、薄いピンクの液体へと変化させる。
その液体を小さなボウルに移し、深緑色の粉を合わせる。クルクルと鉄の棒が勝手に混ぜ合わせてくれて液体は綺麗な青色へ姿を変えた。
ずれないように魔法陣の角に重石を置き止める。
「《トライアングルストーン》を魔法陣の上に置いて…」
「良くそんなの持ってたな…」
「ん?おんなじのなら後五十個くらいはあったと思うよ」
「…何者なんだ、お前は…」
ゾルの呆れ声も気にせずに魔法陣の上に《トライアングルトーン》と乗せて先程調合したトロッとした青く透き通る液体の入ったボウルを置く。
「魔法陣の上に直接流した方がいいぞ」
「そうなんだ?」
「その願いを叶える精霊の我が言うんだ、お前の師匠より詳しいぞ」
朝日はゾルに言われた通り、《トライアングルストーン》の周りを囲むようにぐるりと一周液体を垂れ流す。
「えーと、行くよ?」
「あぁ…」
「…聖なる光に輝きますは、石の精。瞬きの時を生きる石の精よ、時には慈愛の心で、ある時には安らかな心で、またある時には絶なる心で哀れな我の願いを聞き入れたまえ!」
魔法陣から溢れ出る光が《トライアングルストーン》に吸収され光り輝く。同時に青色の液体も魔法陣も吸収され、跡形も無くなった。
「これで《ホーリーストーン》になったはず」
「なるほどな、これなら問題ない。お前を選んだ我の目に間違いはなかったようだ。後はジョシュだけだな」
「まだ時間があるな。他の準備を進めよう」
「他?」
「連れ出す時は動きやすい格好の方が良いだろう。お前の鞄なら問題なく持っていける」
「買い物だね!」
朝日は完成した《ホーリーストーン》をポシェットにしまい込んで、ゾルを持ち上げる。
「な、なんだ!」
「逸れないように!」
「降ろせ!」
「やーだよ!チェルシーさんありがとうね!」
部屋へ入った時よりも元気な様子にチェルシーはホッと肩を撫で下ろす。
「お前さっきあいつのこと呼び捨てにしてたぞ」
「呼び捨て?今度謝らないとだ!」
「…無意識か」
あの二人がゾクゾクとした表情を向けて朝日を見ている意味をゾルには最後まで分からなかった。
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