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第四章
闇雲
しおりを挟む着替えて直ぐに飛び込むように入って来た朝日をセシルは暖かい紅茶を淹れて出迎えてくれた。
いつも通り優雅に紅茶を啜るセシルに見習って紅茶を啜ってみる。沸騰しかけていた頭がすっと落ち着くような気がして朝日はゆっくりと深呼吸した。
「セシルさん。ありがとう」
「落ち着いて話した方が話しは纏まりやすいと私は思ってるんだ」
「うん」
「じゃあ、話してくれるかな?」
朝日はこれまでの事をゆっくりと話し始めた。
帝国に来てからやった事、感じた事、街を見て回って思った事、知った事。それらをゆっくりと考えて纏めてもおかしな事ばかりが浮かび上がって来て何も繋がらない。
混乱した頭を整理したかった朝日は皆んなに話す前にセシルに聞いて欲しかったのだ。
「僕、帝国に来てからポーションが足りないって聞いて毎日何百って数を作ってたの。ポーションが足りてないのは貴重な魔法石に頼った生活をしてて、その魔法石を偉い人が独り占めしたからなんだって。だから、頑張ってたんだけど依頼が全然なくて実際に必要としてる人はほんの少しだった。でも、作った物は全て売れ切れたの」
「確かに不思議だね」
「初めは別の街へ行って依頼を受けてるのかと思ってたんだけど、ゼノさんのパーティーの人達に会った時、とにかく暇だって言うだけで何かするつもりはなさそうだった。そもそもゼノさんがパーティーを抜ける理由も他の町へ席を移すためだった」
「その話しは私もゼノ本人から聞いたよ」
朝日が気になっている事が話しの流れから見えて来なくてセシルは話を進めようと促す。
「僕ね、稼げないのになんで此処に留まりたいのかって不思議に思って聞いたら、帝都のギルドは選ばれし者しか席を置けなくて、その地位を手放したくないから移動しないって」
「なるほど」
「僕はその後いっぱい街を見て回った。確かに魔法石がなくなって皆んな困ってた。素材が足りないって。ね?不思議でしょう?」
「…街の人たちが冒険者に依頼を出してない?」
「そうなの。それだけじゃないよ。僕達が帝国に来た時も門前では商人の人たちが沢山並んでた。なのになんで素材が足りないんだろ?だから取り敢えず僕は何を依頼したら良いか伝えんだ」
セシルは顎に右手を当てて何かを考えていて無言になる。左手には紅茶のカップを持ったままだか、微動だにしない。
「そしたら急に依頼が増えた。無くなった素材の代わりになる物が分かって皆んなそれを頼むようになったんだ」
「…では、お金がなくて依頼を渋っていたわけでも、嫌がらせでも無い、と」
「うん。それでね、思ったんだけどそもそもなんで魔法石の供給を止めたんだろうって」
「それは有限だからじゃ…」
「確かに皆んな魔法石が無くなって困ってたけど、僕が紹介した素材で何とか出来てたんだ。完全に頼りきってたわけじゃないんだ。少し知識がなかっただけ」
「それでも便利だし、無くなって作れなくなった物も多いんじゃないかな?」
朝日は首を振る。
何を言いたいのか分からないという感覚を初めて感じたセシルは取り敢えずゆっくりと紅茶を啜った。
「一番困ってるの皇帝なんだ」
「…え?」
「魔法石は無くなるかもしれないけど、城下から物が出来なくて、売れなくて、経済が回らなくなって、外から入ってくる物を買い占めてる。ね?変でしょ?」
「買い占めて魔法石を温存できるならいいんじゃないかな?」
「他国に外貨を稼がせる事がいい事なの?」
(確かに…)
他国に外貨を稼がせるという事は、他国をそれだけ力付かせてしまう。今までの帝国ならない物は外国から戦力を対価に要求して来た筈だ。
セシルはゆっくりと立ち上がり、天井を見上げる。朝日にはセシルが何か迷っているようにも見えて黙ってセシルの返事を待った。
「その答えを知るためには帝国で何が起きているのかを知らないと行けない。でも、私もまだ全ては見えていないんだ」
「難しい問題なんだね」
「帝国では有限である魔法石を新たに生み出す研究に多額の資金を投じて長年行って来た。その研究の第一人者が失踪したらしんだけど、帝国は失踪の件は愚か、その研究者の名前すら全てを極秘にしているんだ」
「その人がいなくなったから皇帝は魔法石を独り占めしてるんだね」
セシルは朝日に視線を送る。そして徐に窓を開けるとソファに戻り、腰を下ろす。
「そうらしい。そして今この国では大規模な失踪事件が起こっている。フロンタニアで出会ったエライアスも帝国に戻ってからの行方が分かっていない」
「エライアスさんが…」
「朝日君が助けたい人はエライアスでは無いんだね」
「うん、知らなかったから…」
「エライアスはこの事件について話してくれていた。彼の見解では魔法石を持っている者が狙われているそうなんだ」
「また魔法石…」
朝日はなんでそんなに魔法石が大切なのか、貴重なのかを知らない。
そして自分がどれだけ不味い立場にいるのかもよく分かっていない。
「エライアスは反皇帝派に所属している。普通に見れば皇帝の仕業だと誰もが思うだろうけど、朝日君には心当たりがあるね?」
「僕が誘拐…された」
「そう。あれは帝国の仕業じゃない。“紅紫の片喰”という巨大闇ギルドの仕業だとエライアスは睨んでいた」
また誘拐される可能性がある、とは敢えて言わない。そうさせる気はない、というのもあるが、朝日には自由でいて欲しい。何かに縛りつけられたり、恐怖で足がすくむ事があってはいけない。
だから、セシルはこの件に朝日を巻き込むつもりは無かった。でも、朝日は自らその場所に踏み込んでしまった。
何も知らずにいるよりも分かった上で行動した方が朝日の危険度も下がるとセシルは苦渋の決断をした。
「セシルさん、ごめんなさい。僕ね、皇城に行ったんだ。花園に囚われているお友達を助ける為に。危険な事をしたのは後でちゃんと謝るからその人を助ける為に協力して欲しいんだ!」
「…朝日君。それは出来ないよ。私達も皇城に行こうと何度も謁見の申し込みや特使派遣の手紙を送ったけど全て却下された」
「でも、セシルさん達なら!」
「幾ら暗殺者でも一人の人間を連れ帰ることは難しい。絶対に誰かが帰って来れなくなる。朝日君があそこから帰って来れたのは奇跡なんだ。もう、危ない事はしちゃダメだよ」
いつものセシルらしくない返答に朝日は驚いて言葉にならなかった。やりたい事、お願い事を却下された事が無かったからだ。
セシルの言いたいことはよく分かる。クロムさん達が危険になると分かっているのに無理を言うつもりも朝日にはない。
でも、セシルなら皆んなが危険にならないような作戦を何かしら考えついて、力になってくれると思い込んでいた。だから考える前に拒否されるなんて微塵も思っていなかったのだ。
「分かった」
「納得してくれて良かった」
その日の深夜。
朝日が寝静まった事を確認したセシルに朝日の護衛として残されたジョシュ以外の人間が集められた。
「朝日君に少し話した」
「少し?」
「エライアスがいなくなった事を、少しね」
ユリウスから鋭い視線を貰ったセシルはあまり似合わない苦笑いを浮かべる。
「仕方がなかったんだ。朝日君が皇城に行こうとするから」
「あ?皇城?何でだ」
「如何やら、二人の目を欺いて抜け出してたみたいでね。誰かを助けたいらしい」
「申し訳ありません」
「いや、多分キャッスルの剣のせいだ。仕方がない」
ユリウスは見ていた資料を机の上に投げ捨てて、ソファの背に全身を預ける。
「さっき連絡が来てただろ」
「えぇ、エライアスの囚われている場所は分かりました。他の失踪者も確認できたとのこと。シュクールは現在本部の位置を探るのに使っているのでそれ以上の知らせは届いておりません」
「クロムは追加で城の方も探ってくれ」
「かしこまりました」
「ギルドの方は」
「アイルトンの話しによれば、本部から送り込まれた職員が13名。ウルザボードが関わっているのは確実です」
「追加でゼノからも連絡が来てた。冒険者達の中にはイングリードから来ている奴も多かったが、其方に動きは無いってな」
「やはり、鍵は研究者…ですね」
セシルは朝日から話しを聞きつつ、情報を与えた事で図らずも自身の頭の中を整理する事が出来た。多分そもそもの考え方が違ったのだ。
反皇帝派が謀反を起こす為に物を集め、エライアスはそれを指揮していたと思っていた。だから、この件に関しては犯人は皇帝派だと思っていたが、やはりこの件についても“片喰”が関わっている。
(何故此処まで手の込んだ事をするのか…)
ユリウスやクリスのように手が早くないセシルでさえもこの手の込みように感心せざるを得なかった。
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