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第四章
力の根源
しおりを挟む暗く湿っぽい通路の抜けた先は皇城から離れた場所にある新騎士舎だった。
歩いて来た方角的に考えればまぁそれは予想通りと言えばその通りなのだが、目的地からはかなり離れてしまったように思える。
「我が呼ぶまではここにいろ」
「分かった」
ゾルが先に飛び出して辺りを確認する。
運良く今の時間帯は兵士達の訓練時間だったようで少し遠い所から男達の声と何かがぶつかり合う音が響いている。
「タイミングが良かったみたいだな」
「良かった」
「こっちだ」
「うん」
気配は消しているが、勘のいい者や熟練の兵士ならば少しの違和感で見破られないとも限らない。用心に越した事は無いとゾルは道を逸れていく。
「歩きづらいと思うが何とかしろ」
「大丈夫だよ!僕、森には慣れてるんだ」
「ならいいが」
朝日はその言葉通りゾルの後を呼吸を弾ませる事もなく普通に着いてくる。それに少し安堵したゾルは険しさなんかお構いなしにどんどん進みずらい道を突き進んだ。
険しさが少し落ち着いてきた頃、遠くに見えていた青い屋根の大きな城の直ぐ足元まで近づいていた。
正門の近くで見た低めの生垣を抜けて迷路のように入り組んだ背の高い生垣に入る。
「あれ、この辺なんか見覚えあるよ」
「あぁ、当然だ。この前一緒に来たからな」
全く迷う気配がないゾルに感心しながらも朝日はこの場所が何処なのか分かって少し安心したように言葉を漏らす。
「お友達って猫ちゃんじゃなくて、ミュリアルだったんだね」
「そう言う事だ」
なるほど、と朝日は顔を綻ばせてた。
もう一度此処に来れたからなのか、それとも友達の正体が分かったからなのか、とにかくその緩み切った顔を見てゾルは小さなため息をついた。
「緊張感がなさすぎる」
「そんな事言われても…」
こんな事を頼むのに朝日以外に適任者はいないとゾル自身も分かっている。自身は大変貴重な精霊という存在。
精霊は万物に良い影響を齎らし幸せを運ぶ存在とされていて、気に入った相手と契約を結びその力を契約者に行使させることを許す。
だから精霊の力を手に入れようとする人はごまんといて、手に入れる為に手段は選ばす、精霊は酷い扱いを受けてきた。
だから全ての精霊は人前にはあまり姿を現わさないのだ。
そんな中でもゾルは特に人間を嫌っている。ゾルの中の人間という存在はやって貰ったことはすぐに忘れて、やった事には対価を求めてくる、強欲な悪魔。
だから、ゾルは人間が嫌いだ。こうして頼るのもむしゃくしゃする程に。そんな時に現れたのが朝日だった。
ゾルが精霊と知っても何も求めない時点で朝日はゾル中での合格者なのだ。
「ミュリアル」
「…また来てしまったのね」
名前を呼ぶと一瞬とても嬉しそうな顔をしたように見えたのに、ミュリアルはもう来てほしくなかったと言葉にする。
朝日はこの前と同じように彼女の手を握って優しく撫でる。この助けたい、守りたいと言う思いが彼女へ届くように。
「あのね、これからは簡単に来れそうなんだ」
「そんな訳ないわ」
「これ見て?」
「…石…魔法石?」
「うん」
朝日は頷くとミュリアルの手を取って乗せた。彼女はそれを受け取るとマジマジと観察する。その行動がゾルと少し似ていて朝日はクスリ、と小さく笑う。
「気配を断つ事が出来るのですね」
「うん。だからいつでも来れるよ」
「いいえ、私のような存在には効果はありませんよ。現に私は初めから貴方を認識出来ていました」
「うん。ゾルもね」
彼女は人間では無いのかもしれない。どちらかと言えばゾルに近いように感じる。
大変貴重な精霊で更に高位な人型となると珍しいとかの問題じゃなくなってくる。当然それを知らない朝日は彼女はゾルが言っていた感の良い人に当たるのだろうと思っていた。
「ミュリアル、今日はお土産があるんだ」
「まぁ、何かしら?」
「とっても似合うと思う」
「…綺麗ね」
太陽の光に照らされてキラキラと七色に煌めく簪。彼女のキラキラと輝く宝石のような髪にも劣らない。
気に入ってくれたのかミュリアルはそのまま髪を纏めて朝日に見せてくれた。
「似合うかしら」
「うん、すっごく綺麗だよ」
嬉しそうに微笑む彼女に朝日も少し頬を赤く染めて微笑み返す。
本当に美しくて思わず彼女に見惚れていたのだ。
直ぐに身に付けてくれたのも嬉しかったし、気に入ってくれたのもとても嬉しくて、何よりお礼以外で女性に何かをプレゼントするのは初めてだったので、照れてしまったのもある。
和やかな時間はあっという間に過ぎていく。
「ミュリアル、僕と一緒に逃げよ?こんなところにいちゃダメだよ」
「此処は私の力を吸い取り続ける為に作られた花園。逃げないように鎖で縛り付けている」
ミュリアルは少しだけドレスのスカートをたくし上げ足首を露にする。彼女の足首には半透明の蔦のような何かが絡みついている。
「今はもう足元まともに動かせない」
「何でそんなに酷いことが出来るの!」
「朝日、何とか出来るか」
「…ごめん、僕には何も…。でも絶対に何とかする!約束する!」
ゾルはミュリアルを心配しながら体を寄せる。優しく頭を撫でる二人の仲睦まじい姿を朝日も温かい目で見ていた。
「どうにかするって方法はあるのか?」
城からの帰り道。
行きと同じ馬車を見つけて乗り込んだ二人。ゾルはとにかくミュリアルの救出を求めていて分からない表情は暗く影を落としたように見える。
「この前まではあぁはなってなかったんだ」
「あの足枷のこと?」
「そうだ。我がお前を連れて来た時、ミュリアルは我の声を聞いていた。だから、門でお前が捕まる前に助けてくれたのだ。あの場所から出た事でアイツにやられたんだ」
「アイツって?」
「皇帝だ」
朝日は振り返りミュリアルがいるであろう場所に目を向ける。そしてその視線はそのままゆっくりと青い屋根の大きな城へ向けられる。
「お前、そんな顔出来たんだな」
「僕、今すごく怒ってる」
「そうか」
「ゾル、僕のこと信じてくれる?」
「……我はお前しか頼れる者がいない」
「うん」
その日の夕方。
ゾルと別れた後、朝日は何事もなかったかのように裏口からギルドへ入った。チェルシーに預けていた魔法石をポシェットに仕舞うと、いつも通り夕方までポーション作りに時間を費やした。
チェルシーに呼びかけられてギルドを後にする。
「朝日君、お疲れ様」
「セシルさん」
ギュッと抱きつく朝日をセシルは優しく受け止めてて頭を撫でながらも、いつもと様子の違う行動に違和感を感じた。
ずっと見守っていた筈のユナとシナから何の報告もないと言うことは朝日の身に何かあったとは考えにくい。ただ甘えている可能性もあるのかも知れない、とセシルは朝日が気が済むまでそのまま頭を撫で続けた。
「朝日君、今日はどうだった?」
「セシルさん。お願いがあるの」
「何かな?」
「僕、助けたい人がいる。皆んなに手伝って欲しい」
「…助けたい人?」
朝日はコックリと力強く頷く。
セシルは朝日の真剣な表情にやはり何かあったのだと理解する。
これまでの報告で気になったのは黒猫の存在。黒猫は災いを呼ぶと言われているがそんな迷信めいたものを信じるセシルではない。
その他に気になる事はゼノから報告のあったギルドでの事だろうか。
其方は彼らに任せる予定ではあったが、必要ならば手を出す準備は出来ている。
頭の中で様々可能性を巡らせながらもセシルは話を進める。
「皆んな、ってことはユリウスとかクリスにもってことかな?」
「うん。あとクロムさんとユナさん、シナさんとジョシュにも」
「じゃあ詳しい話は夜皆んなが集まってからだね」
「うん。だけど、セシルさんには先に話しておきたい。作戦を考えないと」
「じゃあ、着替え終わったら私の部屋で」
「うん」
朝日はいつものようにセシルの手を握るが明らかに力強く、表情もとても真剣なまま前だけを見据えていた。
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