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第四章
皇城
しおりを挟む「待たせちゃったかな?」
「いや、我が予定より早めに着いただけだ」
黒猫は待ち合わせ場所であるとある商会の店の前で既に待っていた。
皇城に入るための秘密の通路や抜け道など当然なく、ジョシュが用意した作戦はこの商会の馬車に乗り込むという何とも言えない方法だった。
こんな作戦が上手く行くのだろうか、と当然黒猫は思ったが、朝日自身がジョシュを信用しきっていて疑問にすら思っていないのと、自身は捕まらないと自負しているので特に突っ込む事はしなかった。
「アイツなかなかやるな」
「アイツって、ジョシュの事?」
「あぁ。あの女護衛達よりも腕が立つようだ」
先日乗り合わせた皇城へ向かう馬車を見つけて早速ゾルがで乗り込み、朝日も続く。
ほんのり既視感を感じた朝日はゾルを見つめるが目が合う事はない。
それよりもゾルが気にしているのはジョシュ。彼が護衛として何処かから見ているらしいが朝日は全く何処にいるのか予想も出来ない。だから当然ながらゾルがジョシュの何に感心しているのかも分からない。
「ジョシュに任せておけば大丈夫だね!」
「信用出来るかはさておき、頼りにはなりそうだ」
ゾルはジョシュの事を認めたくないようだが、それに勝るだけの実力が彼にはあったのだろう。
本当に何をしているのか気になる。
「今日は見れるかな」
「見れる訳ねぇーだろ。あの日は奇跡だっただけだ」
「だよな~、もう一度見たいものだ」
「まぁ、その気持ちは分かるがな」
馬車を引く商人二人が城にある何かについて話しているが、朝日は全く興味がない。
ただただゾルのお友達がどんな猫ちゃんなのだろう、とそればかり考えていて周りの景色がガラリと変わった事にも気付かず、あっという間に皇城にたどり着いた。
「拝見します」
「はいはい、ごゆっくりご覧ください。怪しものは何にもありませんよ」
とは言っても此処は検問所のような所で皇城まではまだ距離がある。
皇城周辺は小さな森のようになっていて、その森の中に大小様々なお城が七つ建っている。
「今回は前回のようにはいかないと話しておいたが…大丈夫なのか?」
「大丈夫なんじゃないかな?」
御者窓から見えるのは中央に建つ皇城。その周りを囲うように六つの城が建っており、小さなお城は他のお城とは少し違う雰囲気がある。
そしてこのお城の位置関係はまるでこの大陸の国々を表しているかのようだった。
「おっきいね!」
「…全く。緊張感が足りないな」
現在この大陸には全部で七つの国がある。
帝国史が作られた時代から新たに二つ国が誕生しているのだ。位置関係もまんまその通りで、お城の大きさがその国の国力に比例しているように見える。
一番大きいのはやはり中央に見える皇城。そして次に大きいのが朝日のいる位置から左手側、アルメニアの位置に当たる皇后宮。
次いで門から皇城続く道を挟んで右手側、フロンタニアの位置に当たる皇太子宮。
皇城から右手奥側に見えるのがイングリードの位置に当たる上皇宮と左手奥側がウルザボードの位置に当たる上皇后宮。
それに続いて皇城の真後ろの位置にある新たに誕生した国エリスリードと皇城の真横の位置にあるハルトンの位置にお城が二つある。
新しく出来たエリスリードはイングリードとウルザボードの間に出来た国でハルトンはイングリードとフロンタニアに間に出来た国だ。
その二つのお城が見るからに新しいということは建国時に新しく建てられたのだろう。だから他とは少し雰囲気が違うように感じたのだ。
「お城に行くの?」
「まぁな」
その二カ国はイングリードとウルザボードが滅びた時に出来た国で帝国がこの二カ国を監視するために作ったと言われている小さな国だ。
唯一何処にも属していないのがフロンタニアとイングリード、アルメニアに囲まれている守護者の森だけだ。
今いる検問所の門がちょうどその守護者の森の位置に当たる。
「壮観だね」
「見た目は綺麗でも良い所ではない」
「そうだね」
森の中に聳えるお城。
見栄えは最高に美しい。しかし、この城を見ていると他国を監視するために新たに国を作ったと言われていることが間違いではないと思ってしまう。
それ程にお城の見た目や規模がその国々の帝国からの評価をハッキリとさせているからだ。
荷台に2人の衛兵が乗り込んでくる。
「その中も見ておけ」
「こんな小さな箱に誰も入れないですよ」
「薬品関係も今は取り締まっている」
「そうなんですか」
荷馬車の中を見るために乗り込んで来た衛兵らは箱の蓋を開けて物色する程に慎重でゾルは思わず朝日の腕の中に飛び込む。当の朝日は何故か全く気にしておらず、ゾル本人がそれを利用したのだが、何故そこまで人を信用出来るのか、と不思議に思った。
「…ん?何だ?」
「先輩、こっち確認終わりましたよ」
一瞬目があったように感じたゾルはブル、と身を震わせる。
「何かあったんですか?」
「あ、いや。何でもない」
降りていく2人を見送った後朝日は声を顰めて笑顔でゾルに耳打ちする。
「大丈夫そうだね」
「あぁ…」
朝日を利用しておきながらそう思うのは申し訳ないが、そもそもそういう人間でなければ危険だと分かっていながらも他人を助けるなんてやらないだろうし、そういう人間だからこそゾルは朝日を選んだ。
「よし、行っていいぞ」
「まいど、失礼します~」
見聞が無事終わり、再び馬車が動き出し、ゾルは重い口を開く。
「あの子は旧騎士舎で暮らしている」
「旧騎士舎?」
「あぁ、騎士舎は今はあそこに移設されたんだ」
ゾルは御者窓からみえるハリトンの位置にあるお城を前足で差しながらつまらなさそうに言う。
「旧騎士舎は皇城の中の隠れされた庭園の更に奥にある」
「隠された庭園…?」
「元々は騎士達の訓練施設として使われていた場所を庭園として作り替えたが、あまり人が寄り付かない」
相手は猫だからどんな顔をして話しているのかは全く分からない。ただそれでも寂しそうな顔をしているように朝日には感じた。
ゾルは先に馬車が止まったのを確認してそろりと馬車から抜け出す。近くの生垣の後ろに滑り込み、小さい泣き声を上げる。
朝日はそれが聞こえると同じくするりと馬車を抜け出してゾルのいる生垣まで音を立てないように近づきしゃがむ。
「案内する」
「うん!」
朝日の呑気さに少し苛立ちを感じなくもないが、今はとにかく朝日だけが頼りなので攻め立てることはない。
「すごく静かで綺麗な所だね」
「誰も来ないからな」
「どうして?」
「此処は皇帝の秘密の花園と言われているらしい。だから誰も来ない」
「花園…」
皇帝の花園。いわゆる側室もしくは妾を囲うために作られた場所ということだろうか。
当然誰も皇帝の反感を買いたくないから態々そこに近寄る事をしないという事なのだろう。
「猫ちゃんのお友達に会えるの楽しみだなぁ」
「初めに言っとくけど見ても驚くなよ」
首を傾げる朝日について来いと言わんばかりに綺麗に刈り取られた芝生の上を可愛い尻尾をゆらゆらと揺らしながら歩くが、生垣はそんなに高さはないので朝日はハイハイ状態で進む。
少し上を見上げると見えるのは皇城。青い屋根と白い壁の塔が5つ天高く聳えていてその美しさは青空によく映える。
生垣の向こう側では先程の商人と衛兵が交渉でもしているのだろうか。正門横の扉の前で何やら話し込んでいる。
「アイツらが部屋に戻る前に行くぞ」
「分かった」
正門横にある衛兵達の待機部屋はガラス張りで中は丸見えだ。中に誰もいない事を確認するとゾルはぴょんと飛び跳ねて部屋の奥にある扉を開ける。続いて中に入った朝日はそれをゆっくりと閉めた。
「おい、さっきは何故バレなかった」
「この石のおかげだと思う」
朝日がポケットから取り出した小さな石をゾルは睨みつけるように目を細めて凝視する。
「ふむ。気配を消すのか。我は精霊だからそんな物に惑わされないが、魔力の高い者には効かないかもしれない」
「そうなんだ」
「降りておいて正解だったな。いつ気付かれるか分からんし」
壁伝いに並べられた蝋燭の灯りが奥の方まで続いている。暗くジメジメ湿っぽい通路はそこら中に水溜りがあり、ぴちゃんという音が木霊していた。
ゾルは自身が精霊だと伝えた事に驚かない朝日に小さなため息をつく。精霊がどれだけ貴重な存在なのか知らないのだろうか、と。
崇められたい訳ではないが、こんな反応されたことがないゾルにとってため息以外に出てくるものは何もなかった。
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