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第四章

見えないお友達

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 黒猫が朝日の部屋を訪れてから二日。
 早く黒猫のお友達を助け出しに行きたい気持ちはあったのだが、あの後ジョシュに少し待つように言われたっきり黒猫も現れず、朝日はどうする事も出来ない苦悩の日々を過ごしていた。
 三日目の朝に着替えを手伝いながら朝日の耳元で周りには聞こえないようにジョシュが囁く。

「朝日様、準備が出来ました」

「うん」

「しかし、本当に猫様のお願いをお聞きになられるのですか?」

「うん。何で?」

「私はまだしも朝日様を守るように言われているユナ様シナ様は勿論、ユリウス様、セシル様、クリス様もそしてゼノ様も…大変お困りになられるかと思います」

 朝日も当然それは分かっている。
 皆んなを困らせるだけじゃすまない。これまでの事を考えると守って貰っている立場なのに自由奔放に勝手な事を困らせると分かってするのだから呆れられるかもしれない。

 それでも、やっぱり朝日は冒険者だった。

「セシルさんが僕がやろうとした事が誰かを幸せにしてるって言ってくれたの」

「素敵な言葉ですね」

「冒険者、って夢のある仕事だってゼノさんが言ってた。本当にその通りで一攫千金が狙う人がいたり、英雄になりたかったり、皆んな何かしらやらたいことがあって」

「…はい」

「死ぬ事もある危険な仕事だけど、僕は冒険者を続けるために誰かを助けたいんだ」

「冒険者を続けるために…」

 朝日が言うその思いにジョシュも少し共感出来るところがあった。
 朝日の事は護衛に入る際にセシルから簡単に説明を受けたし、本当の主人からも良くするようにと、とても強く言われた。
 実際に見た彼は聞いていた通り、見た目の美しさは言うまでもなく、明るく素直で愛嬌があって人に好かれやすく、全てを受け入れる器の大きさと頭の回転の速さ、そしてあの清々しい程の可愛らしい笑顔が彼の魅力だ。
 しかし、騙されやすいのがたまに傷。
 護衛や魔物の存在、気配に全く気付かない。そのわりに、よく周りを見ていてジョシュの主人について気付いたり、ジョシュが暗殺者だと見抜いたりと鋭い時もある。
 善悪に対して自分なりの価値観を持っていて、例え目の前にいる相手が暗殺者だと気が付いても特に気にする事はなく、誰にでも分け隔てなく接する。
 相手に合わせて会話のレベルが変わり、頭の良い人には少し端折って会話をして、子供などには分かりやすい例えを入れたりして話す。
 そしてその接し方も変わる。無理に相手のパーソナルスペースを乱さない良い距離感を取る。その代わり相手が心を開いた途端、相手に戸惑いや照れを感じさせる前に距離を詰めて来て自然と全てを受け入れさせる。
 ただこの全てが彼の自己犠牲の上で成り立っている。朝日はジョシュから見ても特別不思議な子だ。

「ゼノさん、パーティー抜けるんだって。冒険者を続けるためにね」

「私は今の仕事にはとても満足しております。朝日様の言う通り、ゼノ様のように今の仕事を続けるためなら自身の立場を変える事は出来ますが、自身の矜持を変える事は出来ません」

「うん。僕も迷惑をかけたい訳じゃないよ。でもね、皆んな分かってくれるよ。ゼノさんとユリウスさんは特にね」

 自分にとって何が大切か。それを守るために必要なら努力は惜しまないが、それを曲げる事はしない。もし一度でもその矜持を曲げてしまえば、もう二度と誇りは取り戻せないだろう。

「皆様が朝日様を大切にする理由が良く分かりました」

「僕はとても運が良いよね」

「引きはとても宜しいかと」

 いつもよりも少しだけ柔らかくなった笑顔をジョシュが向けてくれたので朝日はほんの少しだけ気を許してくれた気がして嬉しくなり、ニマニマと緩んだ表情を向ける。

「では、予定通りに行きましょう。猫様には本日の昼過ぎにギルドへお越し頂くようお願いしてあります」

「ジョシュを巻き込んでごめんね」

「朝日様が協力者に私を選んだのは正解です。例え初めからお願いされていなくとも私は主人から良くするように仰せつかっておりますので、私の全身全霊をかけて全力でお守りさせて頂いていたでしょうからどうかあまりお気になさらないでください」

「うん!ありがとう!頼りにさせて貰うね!」

「私なんかにお礼など…」

 少し困ったように言うジョシュの頭を朝日は優しく撫ででニッコリと微笑む。
 ジョシュは少し驚きながらも逃げる事はせず、少しだけ腰を落として朝日が撫でやすいように体制を変える。
 以前セシルが朝日に撫でられている所を見て不思議に思っていた。例え信頼している妹でさえも寄せ付けない人が何故彼にはあんなに簡単に触れさせるのだろうか、と。
 実際に体験してみればそれは心地の良い物なのだとわかった。自身が彼の身内なのだと、心の許された人間なのだとその優しい手に理解させられるからだ。
 だから当然相手は誰でも良い訳ではない。彼だから、朝日だから甘んじてこの屈辱的な褒美を素直に受け入れるのだ。

「ジョシュ、それでどうする作戦なの?今もユナさんシナさんが見てるんだよね?」

「いいえ、今はユナ様だけです。昨夜は夜通しシナ様が見てらしたので今は少しお休みになられております」

 ユナとシナが護衛に付いていると知ってから二人はいつ寝ているんだろう、と少し疑問に思っていた。二人はいつも一緒で離れている所を見た事が無かったし、想像も出来なかったからだ。

「シナ様は昼までお休みになられますので、交代するそのタイミングでこれを使います」

「これは?」

「一つは人の気配を真似る事ができる魔法を閉じ込めた石でもう一つが気配を消す石です。主人よりお借りしました。後は朝日様がギルド内にこれをさりげなく置いてくだされば大丈夫です」

「んー、でも全く動かなかったら不思議に思うよね?」

「その通りではありますが…」

「…じゃあ、チェルシーさんかな。チェルシーさんなら多分、お願いすれば大丈夫かな」

「… 妥当な所ではありますね」

 そうして、作戦は決行された。
 朝日は白騎士の皆んなと朝食を済ませた後、セシルと共にギルドへ向かった。いつも通りチェルシーのポーション販売のお手伝いをしつつ、昼過ぎには用事がある事を伝えた。
 そしてその時に石の事も伝えた。
 この石は小さいが魔法石だったようで見せた時にチェルシーは大変驚くと共に置いておく事は出来ない(紛失や窃盗の責任を取れない)と言うので自然と預かって貰う方向に話しが進んだ。

「朝日様にご信用いただけるのなら私が責任を持って預からせて頂きます」

「チェルシーさん以外に信用出来る人なんてゼノさん以外に此処には居ないよ」

「有り難いお言葉で御座います」

 朝日の信用を得られた事に嬉しいと言いながらもチェルシーは少し複雑そうな顔をしていた。当然だろう、あのアイルトンはその中に入っていなかったのだから。

 そうして昼過ぎになるとチェルシーの案内でギルドの裏口へ案内された。事情を知らないのにも関わらずとても協力的な彼女に朝日は少し疑問を持つ。

「何か事情が有られるのだと理解しておりますが、くれぐれもお気をつけて」

「チェルシーさん、ごめんね」

「いいえ。私は朝日様がこの国に来てくださったことにとても感謝しているのです。貴方と共にいらっしゃった方々は色々思うところがあるようですが…」

「ありがとう」

 チェルシーは裏口の扉を開けながらお見送りの言葉を述べる。上の方を見上げながら言う彼女は朝日が護衛されている事も前から気付いていたのだろう。
 思えば度々上を見上げていたなぁ、と朝日は思い出した。これだけ優秀な彼女があの石に込められた力、そしてもう一つの石の意味に気づかない訳がない。
 そして気付いたからこそ事情を知らずとも朝日に協力することにしてくれたのだろう。

(猫ちゃんのお友達、待っててね!)

 朝日はまだ誰ともわからないお友達の元へこうして向かったのだった。








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