スキル【自動回収】で人助け〜素直な少年は無自覚に人をたらし込む〜

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第四章

猫様

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「お疲れ様でした」

「はい!チェルシーさんも!」

 日が傾き始めた頃。
 ポーションを求める冒険者達の列が少し落ち着き始めた頃チェルシーが深々と頭を下げて告げる。
 朝日には送り迎えがある事を把握しているからだろうか、終わったとは言えないこの時間に帰ってもいいと安易に告げてきたのは。

「お疲れ様」

「うん!」

「何かギルド忙しそうだったね」

「…?」

 そうだったかな、とギルド内の状況を思い出す。確かにチェルシーは少し忙しそうだったが、他はそうでもなかったように思う。
 当然比べる対象がカバロだけだからか、朝日は何とも言えなかった。

「こっちに来てから何か楽しそうだね」

「うん!何か自分の出来ることをきちんと出来てる気がする!」

「よかったね」

「今日はねー。薬売ってたんだけど、鍛治師のおじさんが来てね?剣が出来たから来てって言われたの」

 ニコニコと楽しそうに語る朝日にセシルもニコニコと優しい微笑みを向ける。
 今日何があったのか、どんな冒険者がいたとか、そんな話を話しながら鍛治師のおじさんとの約束があるため昨日と同じく露店街へ二人で向かう。

「おー、来たか!」

「剣がどうなってるのか楽しみ!」

「早速見てくれ」

 綺麗な黒い革で出来た綺麗な袋から取り出されたのは美しい鞘に収められているあまり装飾のない剣。特徴的なのは綺麗な青銀色の刀身。
 夕日の朱色にも負けないその輝きがとても印象的だ。

「光ってるね」

「不思議な色だね」

「いい素材を貰ったからな。俺の秘蔵の鉱石も使って作った」

「秘蔵の?使って良かったの?」

「気にするな。お陰でまた鍛治を楽しめそうだからな」

 鍛治師が短剣について細かな説明をする中、朝日が持つ剣をまじまじと見つめるセシルはただただ無言だった。

「おじさん、凄いね!」

「気に入ってくれたのなら良かった」

「すっごく気に入った!」

「さっき言ったことは忘れるなよ」

「うん、ありがとう!」

 お礼を言う朝日の声でやっと現実に戻ってきたセシルは鍛治師にペコリとお辞儀をして朝日の手を引いてまた歩き出す。

「帰ろっか」

「うん!」


 夜も更けて誰もいない部屋で過ごす事に少し寂しさを感じる。最近ずっと誰かと一緒にいたからそう感じてしまうのかもしれない。
 窓際には向こうから持ってきた思い出の品が所狭しと置かれている。それを眺めながら思い出に浸っていると、可愛らしい小さな鳴き声が響く。

「また会ったね、猫ちゃん」

「んなぁ~」

 愛らしい黒猫が窓から見下ろす事の出来る大きな木の根元にちょこんと佇んでいる。夜にも関わらずその姿を見ることが出来たのは街に灯る灯りのおかげだ。
 朝日が声をかけるとまた小さく返事をして、ぴょんぴょんと生垣を何なく登り、一階の窓の張り、配管の窪み、二階の窓の張り、と朝日に近づく。

「この前は逃げちゃったのに今日は撫でさせてくれるの?」

「お願いがあるからな。今日は特別だ」

「…喋れるの?」

「あぁ」

 なんて事ないかのように返事をした黒猫はくしくし、と顔を洗う。
 部屋の中の様子を軽く確認した黒猫はそのまま窓の張りに腰を落とした。

「あまり時間がない。今日はお前にお願いがあってきた」

「お願い?」

「俺の友達を助けて欲しい」

「猫ちゃんのお友達…」

 吸い込まれそうなほどに綺麗な月のように黄色い瞳が朝日を一心に見つめている。

「なんとかしてやりたいんだ。難しいのは分かっているだけど、頼む」

「どうしたらいいの?」

「あぁ、お前はかなりの数の人間に…って良いのか?

「うん。僕が必要なんだよね?」

「あぁ、だがお前は監視されているからな。何とか一人になって欲しい」

「僕が監視されてる?そんな訳…」

「見せてやる。俺の目を見ろ」

 黄色い瞳が月明かりに照らされてきらりと光る。その瞳の奥にぼんやりと浮かび上がったのは二つの顔。分かったのはシルエットだけだが、それが誰なのか朝日にはすぐに分かった。

「本当だ…」

「だろ?」

「でも、それならみんなに手伝って貰えば…」

「駄目だ。誰も信用出来ない」

ーーーコンコンッ

 部屋の扉がノックされる。
 隠れるように朝日に飛びついた黒猫はすっぽりと腕の中に収まっている。

「朝日様、どなたかとお話し中ですか?」

「うん!猫ちゃんとお話ししてたよ」

「おい、言うなよ!」

「猫様とですか?」

「猫様だって!」

「失礼しても宜しいでしょうか?」

「どうぞ!」

 扉を開けて入ってきたのはジョシュ。礼儀正しいのは変わらないが朝日が胸に抱いている猫を見て少し眉間に皺を寄せる。

「その猫様はどちらから?」

「この前お友達になって今日会いにきてくれたんだよ」

「んなぁ~」

「あ!猫ちゃん。僕いい事思いついた!」

「なぁ~」

 ふふふ、と楽しそうに笑う朝日に黒猫は首を傾げるような仕草をとる。それがジョシュからすると本当に会話をしているように見えてしまう。

「ジョシュは協力してくれると思うんだ」

「…」

「何の話でしょうか」

「ジョシュに協力して欲しいんだ」

 勝手に話しを一人で進める朝日に焦ったのか黒猫が服の襟に噛みつきグイッと引っ張る。言われたジョシュ本人も何の話しなのか全く理解できない、と首を傾げ、これからの成り行きを見守ろうとしていた。

「はぁ、仕方がない」

「猫様がお喋りに…」

「何でコイツなんだ」

「ジョシュは優秀でさっき上から見てた二人とは立場が違うから」

「私はセシル様の命令で此処におりますが」

「なるほどな」

 黒猫も何か納得したようでそのざらざらとした舌で自身の手を舐めて更に顔を洗う。
 その反応でジョシュも双子が朝日を見守っている事を知っていたのだと分かると朝日は尚更確信を持って話しだす。

「何に納得されたのかはわかりませんが…」

「ジョシュはセシルさんのことを皆んなみたいに“主人”って言わないんだ。セシルさんのところの使用人なのは本当だけど、セシルさんとは別にジョシュに命令している人がいるんだと思う」

「……なるほど。主人が貴方を認めた理由が良く分かりました」

「それは分かった。だからってコイツが信用できるかどうかは別の話しだ」

「そうですね」

 ジョシュはその通りだと自身が疑われているのにも関わらず微笑みを変える事なく平然と同意する。

「ジョシュは僕に興味がないから」

「興味がない…?」

「うん、帝国で何が起きているのかの方が気になってるんだ」

「私は護衛を任されておりますので…」

「肯定だな。分かった。とりあえず今はお前を信じてやる」

「僕、朝日!猫ちゃんのお名前は確か…」

「ゾル」

 黒猫は朝日の腕からするりと抜け出て、ベッドにちょこんと座わる。ゾルはジョシュの何を見て大丈夫だと判断したのかは分からないが、とにかく納得してくれたのなら特に問題はないのかもしれない。

「私は護衛を任されております。朝日様を危険に晒す事は出来ません」

「それはお前の主人からの命令か?」

「猫様。その通りでございます」

「じゃあ、必死に頑張って守れ。ついでに俺の友達も守れ」

 ジョシュを切り捨てるように言い切るゾルは尻尾を少し揺らしプイッとそっぱを向く。何より自身のお願いが最優先なのだとその視線は直ぐに朝日に向けられた。

「我の友達は皇城の奥の小さな森の中にある小さなボロ屋に隠れ住んでいる。言い方を変えれば監禁だ。どうにかして外に出してやりたい」

「何故監禁だと?」

「アイツはこの国の奴じゃない。見た事ない目の色だし、珍しい色の毛をしてる」

「それでどうすればいいの?」

「何とかして後宮に入り込んで秘密裏に外に出す」

「特に作戦はないと言う事ですね」

 少し突っかかるような物言いをするジョシュだが、ゾルは気にしない、とまた尻尾を振る。

「分かった!僕やってみるね」

「朝日様。皇城という場所は特に策もなく入れるようなところではないのですよ」

「監視が来たな。俺は帰る。策はそっちで考えてくれ」

 そう言うとゾルは開けたままになっていた窓へぴょんと登る。一度振り返っていつものように、んなぁ~と可愛らしく鳴くとそのまま外へ飛び降りていった。

「朝日様はいつから私が謀っているとお気付きに?」

「謀ってる?ご主人様がいてもジョシュはセシルさんの使用人なんでしょ?」

「正確には私はクロム様の孫弟子で、ユナ様とシナ様が私の師匠でございます。その縁で屋敷に留まらせて頂いております」

「じゃあ、セシルさんの使用人だよね!」

 謀っている事には変わりないように思えるが、朝日がそれで納得しているのならこれ以上何か突っ込む必要はないか、と口を閉じる。

「いつからお気付きに?」

「ジョシュがね、僕がセシルさんのところの使用人か聞いた時に名前で呼んでいてね。何でかなって」

「初めからですか」

 ジョシュにはとても不思議だった。
 実は部屋の前でずっと二人の会話を聞いていた。先輩であるユナとシナが上から見ている事には気付いていないし、もちろん扉の外からジョシュが聞き耳を立てている事にも気付いていない。
 それなのに何故かジョシュが何者であるかが直ぐにバレたり、セシルを主人と呼ばなかったと言うだけで仕えている主が違うのだと見抜かれたからだ。

「朝日様は少々変わってらっしゃいますね」

「うーん、僕も変なのかなって思ってた」

「…」

「どうしてなのかな?猫ちゃんの言葉が分かったんだ」

「…私も聞こえていたので大丈夫かと」

 あ、そうか!と安心したように笑顔を漏らした朝日にジョシュはまた微笑みを返したのだった。










 
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