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第四章

黒猫

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「お一人様10本までです。ギルドカードを提出してください」

「あぁ?こんなにあるのに何で10本なんだよ!」

「そうだ!出し惜しみするな!」

「…これはたった16歳の男の子が一人で作ってるの。意味わかるわかるわよね?」

「…お、おう」

「すまん。あるだけ有難いしな…」

 チェルシーの迫力に何も言えなくなった冒険者達は言われた通り規定の10本だけ買ってとぼとぼと帰っていく。
 依頼はまだ安定した量が入ってきていない。ただポーションは冒険者の生命線を守るものだからか、仕事がなくともとりあえず持っておきたいと思うのが心情だろう。

「依頼受付はこちらです」

「あー、トリプルホーンの討伐依頼だ。トリプルホーンの肉を店で出すからそれなりの量が欲しい。繊細な仕事が必要だから優秀なパーティーで頼むぞ」

「トリプルホーンですね。Aランクの魔物ですので単価金貨20枚です。お肉を使うと言う事で特殊依頼にさせて頂きますね」

「あー、子供の冒険者いるか?」

「指名ですか?」

「あぁ」

 子供の冒険者なんていたかな、と受付の職員は冒険者名簿を取り出し目を通す。

「おいくつくらいですか?」

「12歳くらいだ」

「12歳の冒険者なんて帝都いるわけないじゃないですか!」

「トリプルホーン持ってきたんだ!なのあるパーティーの荷物持ちとかそんなんだろうさ」

 職員は依頼者に疑いの目を向けつつ、言われた通りにもう一度冒険者名簿に目を通す。

「いませんね」

「じゃあ、こっちの人間じゃないのかもな。うちに泊まりに来てたから」

「うちにって何処の宿ですか?」

「ベリンレルだ」

「え!ベリンレルですか!?」

 そんな最高級宿に泊まる冒険者で子供で…。
 職員はチラリと横に目を向ける。ポーション販売の為に一時的に閉めた隣の窓口にちょこんと大人しく座っているとびっきり愛想のいい少年を。
 その視線に気づいた依頼者は同じく隣の長い列の先に目を向ける。

「おぉ!坊主!」

「あれ?シェフ?どうしたの?」

「どうしたもこうしたもねぇよ!昨日の肉!まだ持ってねぇか?」

「あるよ!」

「うってくれ!あれで新しいメニューを作ってやる!」

「じゃあ他のも出してみようかな?使えるか分からないけど」

「言っただろ。俺に出来ねぇ事はねぇ」

「そうだったね!昨日のお肉、美味しかったもん!」

 ニコニコと相変わらず愛想のいい少年に依頼を受け付けていた職員は深めのため息を吐く。
 スカスカだったギルドに活気が戻ったのはとても喜ばしいが、結局依頼は少ないままで、ポーション売り場以外は全く忙しくない。
 やっと入ってきた依頼なのに結局彼女の仕事はない。普段なら依頼に応じて冒険者を紹介したり、依頼書を作成して掲示したりするのだが、結局依頼を受けるのはこのギルド所属の冒険者ではなく、彼なのだからため息も出てしまうだろう。

「依頼は如何しますか?」

「あ?頼むから来たんだろ。コイツは自分のところに戻るんだからな。此処のやつに頼まねぇと仕入れらんないだろうが」

 諦め気味に伺いを立てる職員に何言ってんだ?と煽り気味に言うベリンレルのシェフ。それでも職員は嬉しそうに依頼者を取り出し書き始めた。

「忙しそうだから後ででいい」

「僕は見てるだけで忙しくないよ。それに試作するんでしょ?夜楽しみにしてますね!」

 依頼書を書く職員のペンが震度計のように揺れる。どんどんどん、と受付カウンターに並べられた肉肉肉。そして申し訳程度に香草や野菜も添えられていた。

「相変わらず無尽蔵な魔力量だな…」

「代金は宿で後で貰いに行くね」

「あぁ、そうしてくれ」

 飽きられたように言うシェフ。
 ただその光景を見ていた冒険者並びに近くにいたチェルシー以外の職員は度肝を抜かれていた。

「朝日様、在庫が少なくなってきました」

「はーい。作りに行ってくるね」

「お願いします」

 当然のように会話する二人に静まり返った異様な空気のギルド。今ここに入ってきたら何事か、と皆驚くだろう。



「朝日様、本日は朝からお疲れ様でした」

「うん!明日はお昼過ぎにならないと来れないから今日と同じ量置いてくね」

「本当にありがとうございます」

 朝日に深々と頭を下げてお礼を言うチェルシーにバイバイ、と手を振って朝日は別れを告げる。

「お疲れ様、いっぱい働いてきたみたいだね」

「うん!みて!見たことない硬貨貰っちゃった!」

「アレクサンドリア硬貨だね。硬貨の中で一番価値のあるもので大金貨の10枚分だよ」

「10枚、大金貨が?…しまうね」

「そうした方がいいよ」

 ふふふ、と不安そうな顔を見て可笑しそうに笑うセシルに朝日は不貞腐れ気味にプイ、とさっぱを向く。

「今日は少し観光と行こうか」

「うん!」

 夕食の待ち合わせまではまだ少し時間がある。ギルドまで迎えに来てくれたセシルと共に賑わっている通りをプラプラと歩き出した。
 人出は多いと思われるが、屋台や露天に出ている商品が少なく、何より高い。フロンタニアで買えば半値以下で買えるようなものばかりだ。

「あれ見たい!」

「んー?どれどれ?」

「キラキラしてて綺麗だね」

「おひとつどうだい?」

「ねぇ、これっておじさんが作ったの?」

「あぁ、そうだよ。…坊やの言いたいことは分かってるさ、こんなナマクラ買えねぇ、って言うんだろ?まともな鉱石が入って来なくてな。今はこんなナマクラでも需要があるんだ」

 朝日は決して貶したり、罵倒したりはしていないのに途端に自身の作品を卑下し始めた主人に朝日は眉を顰める。
 多分、購入した人達に散々な事を言われてきたのだろう。昨日のシェフのことを思い出し、慰めるような言葉を言う。

「キラキラしてて綺麗だと思うよ?」

「いいや、こんなのガラクタだ。刀身が薄くて使いもんになんねぇよ」

「僕、おじさんに軽くて丈夫で扱いやすい短剣をお願いしたいなぁ!」

 朝日はポシェットから麻袋に入った何かを取り出して手渡す。袋を開けて中を確認すると、手のひらより少し大きい黒い塊が入っていて、袋はとても軽いが叩くととても硬く、奥の方に燻った輝きが見えた。

「…軽いな。これで作って良いのか?」

「投げられるともっと良いなぁ」

「見たことのない素材だけど…やってみるだけやるか。明日また同じ時間に此処に来てくれ」

「楽しみにしてるね!」

 そういう時おじさんはそそくさと店仕舞いを始める。見たことのない素材を見た事で、直ぐに帰って制作に取り掛かってみたいのだろうか。
 朝日が手渡したのはオブライトという魔物素材だ。この魔物は鉱石を食事として生きており、体内で色んな鉱石が混ざり合ってオブタイトと言う鉱石になる。
 朝日がオブタイトを持っているのはオブタイトがオブライトの排泄物だからだ。
 鉄や革素材なども一緒に入れておいたので今すぐにでも作業が出来るはずだ。

「さっきのは何だったんですか?」

「その辺によく落ちてる石なんだけど、凄く軽くて丈夫だからいいかなって」

「良い武器が出来ると良いね」

「うん!」

「私も少し見たいところがあるんです」

「何処だろ!楽しみ!」

 手を繋いで仲良く歩く二人はまるで兄弟のように見えているだろう。


「此処は…?」

「知り合いのお店でちょっとしたアクセサリーを売ってる店だよ」

「シセル、久しぶりだな」

「叔父上も相変わらず元気そうで何よりです」

 親しげに握手を交わす二人はそのまま立ち話を始める。内容はなんて事ない最近の話しのようであまり聞かない方が良い、と朝日はさりげなく二人から距離を取り、店内を物色する。
 赤や青、緑、黄…色とりどりの指輪やネックレス、ピアス、ブレスレットなどが所狭しと並べられている。外の露店などとは違い明らかに品数が多い。

「…猫ちゃん?」

 指輪やピアスに並んで小さな黒猫の置物に目が止まる。一瞬動いたように見えたそれは勘違いではないらしい。明らかに髭がピクピクと動いている。

「こんにちは」

「んなぁ~」

「あ!」

 ぴょんぴょん、と跳ねて扉の前で朝日へ振り向く。小さくもう一度鳴くとぴょん、と跳ねて器用に扉を開けて出て行った。









 
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