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第四章
深刻な問題
しおりを挟むゼノと別れて宿屋に入った朝日。
王都の宿ロカリノとはまた違った豪華さのある宿屋だった。
客を出迎える豪華なエントランスには壁一面に隙間なく埋められた沢山の絵。豪華絢爛なシャンデリアから伸びた真っ赤な紐が天井を華やかにしている。踏むのが申し訳なく思うほどにフカフカな絨毯に施された美しい刺繍が更に踏むことを躊躇させる。
「…そうか、やはり状況は芳しくないな」
「どうにかして潜り込めれば良いんだが…」
「それは難しいだろ?俺ら顔割れてるし」
朝日は真剣に話し込む三人に気付かれないように近くのソファーに座る。
聞き耳を立てるのは良くないことだとは理解しているが、内容が内容だ。三人が付いてきた本当の理由が知りたかった。
「朝日くんお疲れ様」
「ユナさん!」
「朝日君?帰ってきてたんだね」
「おー、朝日おつかれ!遅かったな」
「うん!ちょっと別のお仕事してきたの」
「別の?」
訝しげな表情をする三人にギルドに入ってからの出来事を掻い摘んで説明する。当然、彼らはいい子だと褒めてくれたが、先程まで三人でしていた話しが気になる朝日は心ここに在らずだった。
夕食に向かうために着替えに向かう。
高級宿ならではのドレスコードを守るためだ。
「なぁ、どこ見てあの双子見分けてんの?」
「どこ?全然違うよ。顔とか雰囲気とか声とか全部」
「いやいや、分からんから」
「セシルさんは分かるよね?」
「…私にも分かりません」
「えー?」
朝日が言うにはユナの方が口角が上がっていて、瞳が少し明るく、虹彩のグラデーションがわかりやすいのだと言う。
ただ説明を受けても見分けが付くはずもなく、後で二人が揃ったら見てみよう、と二人は思っていた。
「ねぇ、ユナさん達はどうやって来たの?」
「私とシナ、クロムは別の馬車で参りました」
「一緒に来れれば良かったね。そしたらもっと楽しかったのに」
「おっしゃる通りだわ」
見た目はメイドと冒険者、という何とも奇妙な組み合わせだ。周りから変な目で見られるのも仕方がない。
そもそもこの宿ベリンレルは高級宿でそんじゃそこらの人間が泊まれるような金額ではない。だから冒険者ぽい彼らが此処にいること自体が不思議がられることだった。
「お疲れ様です。ご主人様」
「「「お疲れ様でございます」」」
部屋に入るなり四人の男が丁寧なお辞儀で出迎えてくれる。落ち着いた声でゆったりと話す彼らはユリウスの家の使用人とクリスの家の使用人達らしい。
「どちらになさいますか?」
「んー、僕何がいいのか全然分からない」
「では、此方は如何でしょう」
「うん。お任せするね」
「かしこまりました」
朝日とそんなに変わらないか、少し下くらいの少年が朝日の身支度を手伝ってくれる。彼もまたとても落ち着いた雰囲気なのだが、何処か妖艶な雰囲気を持っている。
完璧な立姿は人を寄せ付けないようにも見えるが隙があるようにも見えて、それがまた朝日の興味をそそった。
「僕、朝日って言います。お名前を聞いても?」
「はい。良く存じ上げておりますよ、朝日様。私はジョシュアノートと申します。皆にはジョシュと呼ばれております」
「ジョシュ。僕、気になってることがあるんだけど…」
「はい、何でしょう?」
朝日は少し周りを確認して皆んなが各々着替えに集中している事を確認すると、ジョシュの耳元でコソコソ、と囁く。
「実は僕の冒険に一緒に来たいって言われたけど理由は聞いてなかったんだ。多分、僕がいると色々と言い訳がしやすくて都合が良かったんだと思うんだけど、理由についてジョシュは何か知ってる?」
「そうですね。私はただの執事見習いなので詳しいことは分かりかねますが、一つだけ。先程お三人でお話しされてたのはこの国の情勢についてです。供給不足について此処まで深刻だとは思われてなかったとおっしゃっておりました」
「そうなんだ。セシルさん達はオーランドが大変なことになってるって知ってたんだね。だからついて来たのかな?それともそれを調べる為に来たのかな?」
「それについてはこれからお話しされるのではないでしょうか?」
自身を執事見習いだと自己紹介するジョシュだが、その振る舞いの完璧さはもうクロムにも引けを取らない。
「ジョシュはセシルさんのお家の執事でしょう?」
「何故お分かりに?」
「ジョシュもクロムさんとおんなじだから」
「?」
「足音がしないんだ」
「なるほど」
ジョシュはふふふ、と小さく笑って朝日の首元のリボンを仕上げる。深いえんじ色の細めのリボンが控えめなフリルの襟元と深い紺色のスーツを上品に仕上げてくれている。
「苦しくはないでしょうか」
「うん、ジョシュ。頼みがあるんだ」
「はい。セシル様より朝日様の要望には全て答えるように仰せつかっておりますので、遠慮せずなんなりとお申し付けください」
「うん。じゃあ朝日って呼んで?」
「…それは少々難しくございます」
「そっか!お仕事だもんね」
「申し訳ありません」
クロムなどの他の者には頑なに名前で呼ばれる事を望んだ朝日だったが、ジョシュにはそれを強要することはなかった。
それは彼が彼らのように困惑や驚きの表情ではなく、完全な拒否反応だったからだ。
「準備は出来たかな?」
「うん!お腹すいたなぁ」
「此処の夕食は絶品だと有名でね。楽しみにして良いと思うよ」
「楽しみだなぁ!」
そう言うとセシルの手を握って歩き出す。セシルもこうした朝日の振る舞いにだいぶ慣れて来たようで普通に握り返してくれる。
その後ろをダラダラと歩くクリスと執事に何か指示を出すユリウスが歩く。
「皆んなは食べないの?」
「あぁ、ごめんね。使用人は後で別の物を食べるんだ。此処は貴族も良く利用するからね、使用人とは相席できない」
「そうなんだ」
朝日も使用人という物の位置付けはよく理解しているはずだ。普段から着替えの手伝いなど特に気にすることなく受け入れているところを見ると相当慣れていると見受けられる。
それでも名前の呼び方だったり、言葉遣いだったり、そうした場面で残念がったりと少し違った扱いを求めたりする。
それがセシルには不思議でならなかった。
「本日は五種類からお選び頂けます」
「じゃあ、僕はこのお肉ので」
「じゃあ私も同じ物を」
「俺も」
「私も同じ物で」
「かしこまりました」
肉料理は三種類、魚介系が二種類ずつあるようだがそれは基本的にメインでそれ以外の内容は殆ど同じだ。
「僕、お魚綺麗に食べる自信なくて」
「そんなこと気にしなくて良いのに」
「でも、此処内陸だし肉の方が美味いと思うぞ」
「確かに!クリスさん鋭いね!」
「だから、褒めるの辞めろって…」
朝日と交流の少なかったクリスはまだ褒められ慣れてないようで、頭を乱暴に掻きながら眉間に皺を寄せる。
そうしているうちに料理が次々と運ばれて来て良い香りを漂わせる。
しかし、少し思っていたのと違う。
「…野菜クズみたいだな」
「クリス…」
「何だよ」
「珍しく意見が合いましたね」
正直、期待していて良いと言うほどの料理ではない。添えられている野菜は切れ端のような物ばかりだし、メインであるはずの肉は細切れのようになっている。
周りからも残念そうな声が上がる中、一部からは当然だと言うような声が上がっている。
この最高級宿のレベルでこの料理なら、他ではとてもじゃないが食べられた物では無いのだろうと直ぐに理解した。
「まさか此処までとは」
「味も最悪だな」
ウェイターがボトルを片手に歩き回ってはいるが、それに声をかける者はいない。
当然だろう。美味しくない料理が出てくるなら当然お酒も美味しいわけがないからだ。
「あの、お兄さん」
「はい、御用でしょうか」
「食材を渡したらちゃんとした料理を作ってもらえますか?」
「食材を!?勿論でございます。我々もこんな物は出したくないのです。最近はシェフも自慢の腕が振るえず持て余しておりまして…。ですが、他のお客様の目がありますので…その、お部屋にお待ちする形でもよろしいでしょうか…」
「はい!それでお願いします。厨房にお邪魔しても?」
「えぇ、勿論でございます。シェフも喜ぶでしょう」
ニコニコと微笑んでくれるウェイターに朝日も微笑み返した。
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