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第四章

オーランド帝国

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「皆さん、もうすぐ帝都に着きますよ!」

 旅を始めて6日。
 私、トゥルーナー・ポットが妙に礼儀正しくなるくらいには彼らと非常に濃密な時間を過ごした。
 頼りになる人達だと思えたのもあるが、何より彼らが呆れてしまうほどにお互いを信頼し切っているので私に疑う余地を与えなかったと言うことが大きい。


 1日目の夜に初めて見る料理に散々驚かされた後、冒険者達(多分貴族の変装)がマジックバックから薄い毛布のような物を取り出した。これは我々には一般常識的な旅用の寝具で三人ともそれに包まっている。当の私も右に同じだった。
 そんな中、一人年の離れた少年は寒くないのかと、とても不思議そうに彼らに真剣な表情で質問する。
 当然彼らはそれが一般的な寝袋で魔法が付与されていてとても暖かいのだと教える。
 当然そんな質問する少年がそれを持っているわけもなく、一緒に包まろうと懐を開けてくれた中性的な男に少年は笑って手招きする。

「えっ……と、これは?」

「オオカミさんがくれた毛玉!あったかくて森で冬も越せたんだ!」

「…森で冬?」

「一緒に寝よ!セシルさん!」

 何か一瞬凄く怖い言葉が聞こえてきたような気がしたが、目の前の真っ白でふわふわで見るからに上質な肌触りっぽい毛玉にその場の全員の視線が向く。

「一緒に寝ない…?」

「お邪魔しようかな」

「うん!すっごく気持ちいんだよ!」

「ほ、本当にふかふかで…これは、うちの寝具よりも全然良い物だね」

 毛玉に乗り掛かると、身体がゆっくりと深く沈んでいく。毛玉の周りが身体を包み込むのようにせり上がり身体にフィットしている。
 二人で寝るには少し狭いが、擦り寄る少年を抱え込むようにして寝ればきっと暖かさは倍増だろう。

 そのあと少年はずっと寝続けていた男に自分も寝かせて欲しいとせがまれるが、中性的な男がそれを全力で排除し、賑やかな夜が明けた。

 二日目は朝からこれまた驚かされた。
 朝、鼻を擽ぐる香ばしい匂いで目を覚ますと、王都の人間なら一生に一度で良いから特別な日に訪れたいと人気の宿屋、ロカリノの高級朝食が出来立てホヤホヤの状態で用意されていた。

(クソ…貴族達め…)

 当然(貴族だと思わしき)彼らにどうやって?などと質問することもできる訳がない。

「おはよう御座います!お兄さんもどうぞ!これ凄く美味しんですよ!」

 羨ましそうな視線を送っていたのがバレたらしい。それでも少年は当然の如く私の分も用意してくれていた。感謝だ。
 当然の如く瞬きの一瞬で目の前にあわられて、私は質問することもなくただただ食事にがっついた。

 その後は晩まで馬達の途中休憩を挟みつつもかなりの距離を移動した。美味しすぎる朝食のお陰だ。

「こ、これは…!!!!」

「少し食べにくいけど、美味いな」

「ユリウスさん、おかわりは?」

「いただこうか」

「はーい」

 そして夜もまた新しい料理が出てきた。
 その名を“ぴざ”と言うらしい。上に載せられたトマトの酸味とトマトソースの甘味、バジルの爽やかさに濃厚でとろけるチーズ。
 最近帝都で売り出された“ホットドッグ”も中々に美味しかったが、これはそれ以上だった。

 三日目は少し慣れてきた。
 朝食は相変わらずロカリノだし、荷物は出てくるのも片付けられるのも一瞬だけど、旅としてはかなり楽で一家に一台この少年が欲しい、と思えるくらいには余裕が出てきた。

 夕刻、スムーズに進んでいるので今日は少し早めに野営の準備を始めることにした。
 いつものように少年が夕食を作ると言うので我々はただ黙ってその様子を見ていると、急に少年がパン生地みたいな物を一心不乱に足で踏み始めた。

「朝日君、食べ物を踏むのはお行儀が良くないよ?」

「うーん、でもね…これしないと美味しくないんだ…。僕の故郷ではみんなこうするし…」

「そう、なんだ…」

「あ!セシルさんも一緒にやろ?とっても気持ちいよ!」

 流石にこれはどうか、と冒険者達に目を向けると案の定その視線は訝しげなものだった。
 更に少年は一番仲の良い中性的な彼に一緒に踏むように言う始末。貴族がそんな事をする訳がないと高を括っていた私は彼が困ったような表情をしつつも一緒になってやり始めたことに大層驚いた。

 そして出てきた料理は真っ白い麺料理。黄色い麺、パスタと言うものは庶民にも親しまれる定番麺料理だが、それよりも圧倒的に太く、四角い。
 私は流石に工程を見てしまっていたために抵抗感が強かったのだが、相変わらず資料を睨んでいた男は何も気にする事なく食べる。

「おかわり」

「ユリウス、ど、どうなんだ!」

「あ?食えば良いだろ」

 無言で食べ続けおかわりまでする彼を見て、私は思わず喉を鳴らした。何故なら寝てばっかりの男と同じくいくら抵抗感があろうとも彼の作るものは毎回美味しくて、今まさに目の前にあるこの料理も魚介の香りが鼻を刺激してくる。
 恐る恐る、一口噛みちぎるとモチモチとした食感とその弾力感と喉越しに知らないうちに二口目をフォークで掬っていて、右手は中性的な男が差し出した契約書にサインを書き殴っていた。

 4日目はもう驚くまい、と私はだんだん遠い目をしていた。
 慣れてきたと自分に言い聞かせて出てきた料理に対して1日目同様に中性的な男と取引こそすれど、大声を出してまでは騒がなくなっていた。
 しかし、その日の昼過ぎに初めて魔物に襲われる。冒険者達の実力は相当なものでAランクモンスターであるトリプルホーンという超大型の魔物を一瞬で倒した。
 この魔物の素材は高く売れるのだが、あいにく荷馬車にはそんなにスペースがない。
 どうしようか、と荷馬車に一瞬目を向けた間にトリプルホーンは姿を消していた。
 中性的な男は解体して其々のマジックバックに入れたと言うが、あれ程の巨大がマジックバックに入るほどの魔力持ち達だとは思えない。マジックバックの容量は所有者の魔力量に依存する。
 それを踏まえると中性的な彼はまだわかるが他の二人は戦いの際に完全に剣を使っていた。
 そもそも、私は一瞬だが少年が倒れている魔物に近づいた瞬間に消えたのを見ていたのだ。ただ相手は貴族だ。嘘をついてるとか言える訳がない。
 此処は黙っていることにした。

 五日目。
 段々私は本当に慣れてきてしまった。 
 とは言え、私の懐はスッカラカンだし、驚きすぎてもう感情がなくなりつつあるだけなのだが。

 その日の夜。
 出された料理“ハンバーグ”を例に漏れず取引している時、突然彼らが動きを止める。
 こうなった時の対処方を彼らは出発前に口が酸っぱくなるほどに私に説いて来ていたので私は言われた通りに荷馬車の荷物の間に身を隠す。
 しかし、同じく注意されていた少年が全く来ない。
 私は恐る恐る馬車から顔だけを出し、辺りを見渡すと白いカーテンのような幕が広がっていることに気がつき、恐る恐る馬車から降りる。
 少年は何事もなかったかのようにベッドならぬ真っ白な毛玉をポシェットから取出し、寝転がる。

「僕これなら寝てても出せるから大丈夫だよ!」

「魔力は大丈夫か?」

「魔力?」

「…展開したら発動中止するまで自動で出続ける仕組みのようですね」

「マジかよ!」

 如何やら少年がこのカーテンを展開しているらしい。
 寝ながらでも出せる、とニコニコといい笑顔で言うのでカーテンの外を見渡すとダイアウルフと言うCランクの魔物がうじゃうじゃと周りを囲っているが、全く動き出す気配がない。

「おやすみなさい!」

「お、おやすみ…なさい」

 不安の中、寝るに寝られず何度も寝返りを繰り返す私をよそに他の三人はまるで初めから魔物に囲まれていなかったかのように普通に寝ていて、ビクビクしているのが馬鹿らしく思いやっと寝ることが出来た。

 六日目はもう何もかもがどうでもよく思えてきた。
 美味しいはずの食事も嬉しいはずの取引もどうでも良い。
 魔物に襲われようが、物が一瞬で無くなろうが、私には何も知らされず、知ったとしても墓場まで持っていくしかないのだと気付かされたからだ。

 そして予定よりも一日早く帝都へ辿り着いたのだった。








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