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第三章
旅の道連れ
しおりを挟む「たった今、宰相が殺されたと報告がありました」
「…情報源が一つなくなった、という事か」
「…もう一つの方は準備出来ております」
ユリウスはコクリ、と頷く。
ーーーコンコンッ
「…どうぞ」
「ユリウスさん、セシルさん!おはよう御座います!」
「エライアス卿とのお食事はどうだった?」
「…今日が最後なんですって。エライアスさんとご飯食べれるの。次のお仕事があるんだって」
「それは寂しかったね」
よしよし、と頭を撫でるセシルにふわふわとうっとりとした表情でその暖かさを享受する。
ゆったりとした雰囲気が流れる中、無言で額に手を当てて考え事をしているユリウスに気付いた朝日は駆け寄る。床に膝をついてユリウスの膝に両手と顎を乗せる。
「ユリウスさん、何か困ってるの?」
「あ、いや……少し考え事を、な」
「何の考え事?」
「その、あのだな……少し離れてくれ…」
「駄目だよ」
「…何がだ」
「困ってるのに頼らないのは駄目なんだよ。ゼノさんが言ってた!」
あぁ、何でこの子は此処まで素直にものを言えるのだろうか。ユリウスは朝日を立ち上がらせて同じ目線になってゆっくりと首を振る。
「でも、本当に何でもないんだ」
「あのね、僕。帝国に行くことにしたんだ。その為にさっきギルドで依頼も受けてきたの」
「…帝国?何故君が帝国へ?」
「ゼノさんが全然帰ってこないんだ。寂しいから会いに行こうと思って!こう言うのサプライズって言うんでしょ?」
「ユリウス…」
「あ、あぁ。朝日、そのサプライズに俺達も同行して良いだろうか」
「うん!良いよ!ゼノさん喜ぶんじゃないかな!」
まるで此方が何に悩んでいたのか分かってて言っているのかと思わざるを得ない程に用意の良い事だ。
朝日の旅に同行する、と言うだけでは国を離れる理由として少し理由は弱いが言い訳ぐらいにはなるだろう。
「朝日君、いつ此処を立つ予定か決まってる?」
「明日だよ!帝都に向けて立つ野菜の馬車の荷物運びを手伝うの!」
「明日か。急いで準備を進めないとね」
「僕も食料とか買って置かないと!」
「朝日君、その他にも着替えの服や寝袋、テント、ランプ、机や食器、カトラリーなんかも…必要なものは沢山あるよ」
「僕、ベッド持ってるから大丈夫だよ!」
「ベッド…?」
「フッカフカなの!オオカミさんがくれたよ!」
二人は朝日の話しに首を傾げた。
「わぁ!綺麗!」
「そうだね」
一面に広がる大平原。
見渡す限りが緑で寝転がりたいほどにフカフカの芝生がそよそよと風に揺れている。
お尻が痛くなりそうなただの荷馬車に恐ろしいほど高そうなクッションを置いて空いた隙間に座り込む三人組。
「ぼ、冒険者の方!そんなに身を乗り出しては…」
「みんなと旅行みたいで楽しい!」
「朝日くん、一応お仕事なんだからね」
(な,何で…僕のに馬車にき、貴族様達が…)
当然ながら、身分を隠す為にそれなりの変装はしているが、中々にお粗末だ。着ている服は確かに冒険者を装ってはいるが、生地が上質すぎて輝いているし、防具は全く使われた痕跡のない新品ピカピカ。何よりそのお尻に引いているクッション。普通の冒険者がそんな邪魔な物を持ち歩く訳もない。
「お兄さん、どのぐらいで着く?」
「あー、このペースだと一週間くらいで着くんじゃないかな?この街道は帝国までの間に二回国境を越えないといけないから」
「イングリードの国境があるからだね」
「え、えぇ…」
(気付かないふりしとこ…隠してるのは向こうだし…)
朝日は積荷の手伝い、他三人は護衛だ。
だが、この四人は完全に顔見知りだ。
護衛の一人は完全に寝ていて、一人は何やら仕事をしているしでもう何がなんだがよく分からない。
「あ、でも少年の能力には驚かされたよ。積荷が一瞬で瞬間移動するんだから」
「あのね、しゅん…」
「彼の能力は生き物には使えないので生かす手が少なくて、今回の依頼とても楽しみにしていたんですよ」
セシルに口を押さえられてモゴモゴしている朝日に代わり、セシルがとても良い笑顔で答える。
「いやぁ、実は先日腰をやっちゃってね。いつもは護衛だけで一人でやっていたから助かったよ。ありがとう」
「うん!僕、瞬間移動なら沢山出来るから任せて!」
「頼もしいな。おっと、この平原を抜けたら小さな森に入る。だからその手前で野営の準備をしようと思うのだが、大丈夫ですかね?」
「野営だって!僕まだ一回しかしてないからキャンプみたいで楽しみ!」
「キャンプ?」
セシルの問いも聞こえないほどに何をするか、とあれこれ目を輝かせて考えている朝日に水を差すまいとセシルは口を閉じる。
ーーーヒヒーーンッ
「んお、着いたか?」
「貴方はいつまで寝てるんですか?いい加減ボケますよ」
「今日は朝から稽古つけてやってたんだ、お前よりも早く起きてるっつーの」
「私はそもそも寝ておりませんが?」
「あ、いや…悪かったな…」
少し罰が悪いと目を逸らすクリスは引き攣った笑顔を向ける。ユリウスは相変わらず何か資料を見つめていて、馬車が止まる際の大きな揺れにも微動だにしない。
「今日は僕がご飯作るね!」
「朝日が?大丈夫なのかよ」
「クリスさんは食べたくない?」
「…ハハハ、そんな訳ないだろ…ハハハ…」
朝日の後ろで物凄いオーラーを出して睨みつけているセシルを見た商人はガタガタと震えながら、自分は何も言うまい、と口元に手を当てる。
そして何故彼はそれに気付かないのだろう、と朝日に目を向けると目が合ってしまってドキリ、と身を小さく飛び上がらせる。
「お兄さんも食べたくない?」
「ハハハ…そんな事ある訳ないじゃないですか…ハハハ…」
「セシルは不安?僕焦がさないよ?」
「私はとても楽しみにしているよ」
「うん!」
そして彼ら三人がこれまで一度も口を開いていないユリウスにも気にする様子はなく、冒険者が紙の資料なんて見る訳ないだろ、と商人の男は変装の粗さを嘆いていた。
「ん、中々いい匂いしてきたな」
「えぇ、とても香ばしい香りですね」
「ん?飯か?」
「貴方の集中力には感心させられますね」
「…あの、私もここに座るよう少年に言われたのですが…本当に宜しいのでしょう…か」
「勿論です、ご主人。依頼主の方なのですから、その辺は気軽に考えてください」
「はぁ…ではお言葉に甘えて…」
(いや、無理だろうが!貴族とご飯なんて、生きてる心地がしない!)
肉の焼ける芳しい香りが四人の鼻腔を刺激する。
この香りを嗅いで出てくるのを待ち侘びるのは、昼前に出発だった為に少し早めの昼食を取っていた彼らには中々の試練だろう。
「出来たよ!」
「おぉ?これは何だ?」
「お皿に乗っていませんね」
「いやいや、野営の食事って普通干し肉とか黒パンとか、携帯食でしょ!」
「干し肉って美味いのか?」
「干し肉も黒パン食べたことがないですね」
「そんな冒険者いませーん!!!」
小さめの真っ黒な鉄鍋に白い粒々。その上に薄くスライスされた肉が乗せられていて黄色い粒が散りばめられている。中心にはチーズ…いや、バターだろうか。ほんのり溶け出していてとても美味しそうだった。
「美味しいよ?」
「朝日、足りない」
「わぁ!ユリウスさん早いね!おかわり直ぐ持って来るよ」
「美味しい…ですね。少々食べづらいですが…」
「うっわ、めっちゃ美味い。毎日これでも良いわ、俺」
「…あの…これ、帝都で売り出しても…?」
「朝日君のレシピですからね…良い交渉にしましょう」
「…はいぃぃぃぃぃ…」
泣きべそ気味だが、流石は商人根性。お金になりそうな物は逃すまい、とセシルの黒い微笑みにも顔を引き攣らせながらも耐えている。
「朝日!明日もあれで良いぞ!」
「あのね、もうとるか…無くなっちゃったの」
「とるか、ですか?確か積荷に少し乗ってたと思いますよ。私アルメニアとも通商してるので」
「アルメニア王国にとるかがあるの?」
「えぇ、多分だけど…このソースのベースもアルメニアのものだよね?以前何度か取り寄せて使ってみましたが、塩辛くて…どうにも好きにはなれませんでしたが、これはこういう使い方をするものだったのですね」
「お兄さん、味噌もある?」
「ミソ、?今度王都に戻られたら私の家に来てアルメニアの商品を見てみるかい?全部あるから」
「うん!ラムラさんと一緒に行くね!」
野営地は日が沈み、すでに暗くなっているのだが、この空間だけはとても明るかった。
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