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第三章

闇夜の嘆き

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「とりあえず。朝日が《ボールストーン》を持っている限り、それを狙ってこれからも彼は狙われ続けると言う事だな」

「エナミラン侯爵は彼がどれだけの“マナジウム”を所持しているか知っていますか?」

「…どれだけ?」

 エライアスは真剣な表情と困惑の表情を混ぜたような表現しずらい妙な顔をする。
 
「…商人達の元締めである私が如何なる手を使ったとしても集め切れないほどの量でした」

「見たのですか!」

「えぇ、きちんと忠告しておいたのでご心配なく。見たのも此処で、です。他に誰も見ておりません」

 それ以上、魔法石について詳しく語る事は無かったが、魔法石を献上して子爵が伯爵になった、と言うのは社交界でもとても噂になっていた。
 他国にも伝わったと見て良いだろう。
 ましてや大商人である彼なら出所の分からない魔法石があった時点でその入手ルートが気になり、調べる事は容易に想像できる。
 これで彼が朝日に接触した理由も頷ける。
 更に朝日はあの時、お詫びと言っていとも簡単にオレリアに《ボールストーン》を差し出し、更にセシルも欲しいか、と聞いてきた。
 まだ持っているのは当然のとこか、とセシルは眉間に皺を寄せる。

「“片喰”は何故、聖剣と王家の紋章を手に入れたかったの…か」

「“帝国”と“片喰”…彼らの狙いは同じだが狙いは違う、という事だけしか、まだ…。帝国が“マナジウム”を欲するのは分かります。帝国の力の象徴ですから。しかし、他国との戦争にもなりかねないのに此処までしますか…?」

「伯爵の言う通りです。実際に膨大な量のマナジウムを朝日君が持っているとしても“片喰”はそこまで知らない。知る由もない。それに実際に《ボールストーン》を持っているのはオレリア伯爵家です。朝日くんを狙う理由にはならないのです」

「朝日に何をしたいのか。考えられるのは朝日の能力を“片喰”は知っている、と言う事か」

「でしょうね。どうやって知り得たのか、私はこれから帝国に戻り情報を更に集めて参ります。聖剣も貴方が持っているなら問題はないでしょう。ただ一つ…お気を付けください」

「…?」

「先日、英雄アイルトンがアルメニアにて討伐依頼中に出撃を受けたとの情報が入ってきました」

「…聖剣所有者が狙われている、と?」

「それよりも厄介です。英雄が狙われて…」

 重くなる空気には似合わない、大きな欠伸が聞こえてきて、三人は言葉を止める。
 ベッドの上でまだカクカクと頭を揺らしている朝日を支えるべくセシルは寄り添う。

「おはよう、朝日君。よく寝てたね」

「うん…ごめんね、お腹いっぱいになっちゃって」

「今着替えを持ってこさせているから私も部屋で寝るよ」

「うん!」

「朝日くん。お邪魔しておりますよ」

「エライアスさん!あのね、この前のクイズの答え分かったんです!」

「是非聞きたいですな」

「答えはナナシ草ですよね!」

「正解です」

 一変した空気の中、部屋には温かな笑い声が響いている。和やかな雰囲気の中、起き上がっている朝日の肩を優しく押してユリウスはベッドに座る。

「朝日、もう夜中だ。寝なさい」

「…本当だ、お外暗いね」

「もう、こんな時間でしたか。私は次の予定があったのでした。申し訳ありませんが、此処で失礼させて頂きます。朝日くん、おやすみなさい」

「おやすみなさい!」

 ニコニコと部屋を後にするエライアスを見送ると二人は朝日を寝かしつけようと寄り添う。

「まだ目が開いてないね。すぐ眠れるよ」

「うん…」

「朝日、おやすみ」

「おやすみなさい…」

 すると、ゆっくりと瞼が閉じていく。
 まだ眠たかったのに頑張っていたのだとセシルはクスリと小さく笑う。

「セシル」

「えぇ、誰かに見られてますね」

「こんなお粗末な監視をするようなのが“片喰”とは思えないな」

「…いいえ、これはエライアス卿への監視。私達は見てないとわざとなのでしょう。…探らせますか?」

「…いや、やめておこう」

「…今はそうしておきましょう」

 セシルにはユリウスにもまだ言えていないことがあった。エライアスが古の龍の心臓…ドラゴンハートのことを忘れていたかのように振る舞ったのか。
 他にもいくつか気になるところがあった。
 セシルはその言葉を飲み込んで、ユリウスに同意した。



「何故だ…何故だ!何故だ!何故だ!!!!何故何も上手くいかない!」

「ねぇ、少し落ち着いたら?」

「五月蝿いッ!」

 机の上にあった全ての物を払い除けながら、その怒りを、鬱憤を吐き出そうと男が暴れている。それを抑えようと冷静な男は椅子にふん反り返りながらその様子を見ている。
 見ているだけの余裕たっぷりの態度に男の怒りは更に度を増す。

「そんな騒いでもさ状況は何にも変わらないわけ。分かる?」

「五月蝿い…五月蝿いッ五月蝿いッ五月蝿ッい!」

「あーあ、だから癇癪持ちは嫌だなぁ…」

「貴様…この失敗は全てお前のせいだろうが!」

 怒りそのままに机の上に残っていた物を片っ端から投げつけるが、飄々としたままの男はヒョイ、と簡単に交わして見せる。

「避けるなッ!お前のお粗末な仕事のせいでこんなことになってるんだろうが!」

「俺には何の事だか」

 最後に放ったペーパーナイフの柄を簡単に指で捉えて片手で扱って見せる。軽々と宙に投げては取る様は大道芸人さながら。

「クッ…どうしてこうなった…」

「どうしたもこうしたもないでしょ。王女様の洗脳は解けちゃうし、結局王家の紋章も偽物だったんだから」

「何故…上はあれを欲しがる」

「さぁ?」

 男はどうでも良さそうに首を傾げる。

「あれは組織にとっては対して重要では…もしかして、上はこの国の宰相であるフィリップス・ディル・ドベニスクを切る気なのか…!」

「それも俺は知らないよ。上に言われた通りアンタに手紙を渡しただけだから」

「お前は早くオルブレンの居場所を探し出せ!このままでは…このままでは…私は、組織に消される…」

「だろうねぇ」

 恐怖だろうか、震え上がるフィリップスは完全に逃げ場がないと悟る。どうにか手柄を立ててまた取り立てられるように、と画策しているのだろう。

「初めからおかしかったのだ。トロルがユリウスによって討伐されたり、あれだけ沢山の呪具を使ったのに疫病は流行らず、ゼノも始末できなかった。挙句聖剣までユリウスに渡り、ボールストーンの事も分からず終い」

「そもそも、あんた達の処理がお粗末だからだろ?対象が助けを求める紙を落としているのにも気付かないし、聖剣の所有者でもないゼノも始末出来ず、聖剣は途中で盗まれた、でしょ?」

「そ、それは…そうだ!運が、運がなかったんだ!トロルが見つかったのも、急に遠征中の帝国軍が現れたり、ゼノが愛刀を取り戻していたり、聖剣を盗まれるなんて運が悪かった…いや、出来過ぎではないか…?」

「んで、唯一取り返せそうだった聖剣を取り戻す作戦が聖剣の情報をゴロツキ流して探らせる?頭悪すぎでしょ」

「…」

 図星、と言うより確信をつかれてぐうの音も出ないフィリップスはワナワナと握り拳を震えさせながらも反論する事はない。
 彼が上、と呼ぶ者との連絡役であるこの男が自身よりも上の立場であると理解しているからだ。

「俺が動いた方が良いんだろうけどさ?そうも行かない訳ね?だから、宰相である貴方に今回の件が全て一任されたんだって分かってるでしょ?折角チャンスを貰ったのにこのままじゃ無駄死にだよ?」

「…分かっている。…私はどうすれば良い!どうすれば…」

「それ俺に聞いてるの?」

「あぁ、そうだ!お前なら彼らの機嫌の取り方ぐらい良く分かっているだろう!」

「ねぇ、俺が此処にきた理由本当に分かってないの?」

「来た、理由?」

「あー、もう良いや。つまんないし、何も考えてなさそうだし。処分しておいて?」

「…何を……!や、止めろ!離せ!私に触るな!触るなと言っているだろうが!!私はこの国の侯爵で宰相のフィリップ…ス…よ、よせ…や、やめてくれ…やめ…グァァァァ…」

「…処理、完了しました」

「んじゃ、帰ろっか」

 音もなく流石に閉じる扉の向こうには赤い海が今も尚広がり続けていた。





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