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第三章
裏切り
しおりを挟む震える王女とそれを支える朝日を見下ろす恐ろしく落ち着いた顔。後ろで控えている騎士の中には見知った顔もちらほらと見える。
ただ今は挨拶をしている暇もない。
「発言を宜しいでしょうか」
「良いぞ。申してみよ、朝日くん」
「王様、あの方は何故の王様の質問に答えないのですか?」
「君は突然何を言い出すのかな」
「だって、貴方に如何した、と王様が聞いたのに王女様の罪について語っただけで何も説明してないです」
「人の挙げ足取りをして楽しいかね」
余裕のある態度を取るフィリップスだが、その笑顔からは愛想のかけらも感じない。こめかみには青筋を立てて、ゆっくりと掛け直された眼鏡の奥に見える瞳は瞳孔が開き、全く笑っていない。それがすでに臨戦態勢なのだと示していた。
「何で、貴方は王女様の罪を知っていたのですか?」
「それは前から調べていたからだ。国民の血税を守るのは『ノブリス・オブリージュ』高貴なる者の務めと言うもの!」
「何をどうやって調べて、何が分かったんですか?内通者がいたんですか?」
朝日の子供っぽい表情がフィリップスの怒りを沈めさせる。
子供らしい純粋な疑問を質問しただけなら差し障りない、とフィリップスはこれまでの態度を少し柔らかい者に変えたのだ。もっと言えば相手じゃない、と彼が朝日を見限った瞬間だった。
「内通者などいない。王女の異変については王宮に勤める者なら誰だって知っている。宝物庫…あそこには兵も置かれているからな、いつ入ったかなど直ぐにわかる。王は必死に隠そうとしていたようだが、王宮の物品のみならず、国の財産言わば国民の財産である宝物庫からも宝を持ち出し、外部に流出させていた。全くもってあるまじき行為だ」
フンッ、と鼻で笑うフィリップスに対しても朝日はそうだね、と納得の表情で返す。
「じゃあ、王女様が持っていった物品全部お分かりですか?」
「勿論だ。カンザスのティアラ、マハトマの真紅のネックレス、飛龍の宝玉の指輪、緑水唱の原石。宝石ばかりだ」
「その4つですか?」
「そうだ」
「何で、持ち出す時に兵士に止めさせなかったんですか?」
「王女が相手だと逆らえないからだ」
「ふふふ、その兵は貴方の手駒ですか」
「何を…」
「貴方が置いた兵じゃないのなら普通、そこには、って言うんですよ。貴方が置いた兵だから、ついついあそこには、と言ってしまったんですね」
「…それは言いがかりだ。ほとんどニュアンスの問題ではないかな。あそこ、と言う者も中にはいるだろうし、兵士個人を知っていても何ら変なことはない。私は王宮に勤めているのだからな」
「それはって、ことは内通者はいるんですかね。一体誰なんでしょうか?」
「な、何を言い出す!」
明らかに根拠のない問い詰めにも関わらず、強い動揺を見せるフィリップスに周りも少し疑いを持ち始める。しかし、朝日は笑顔のまま急に話題を変えて突っ込み始める。
「王様!宝物庫は誰でも入れるのですか?」
「いや、王族以外は入れない」
「宰相さんは宝物庫に入れない?」
「入れないな」
「じゃあ、どうやって無くなったもの調べたの?」
「…何故、庶民にそこまで話さなさればならない」
「僕のことも知ってるんですか?」
「…知ってるも何も君みたいに礼儀をかく者が貴族なわけがない。何より私はこの国の貴族の顔は全員覚えている。間違う筈がない」
長く話し始めて少し落ち着きと調子を取り戻し始めたフィリップスは己の小さなミスをうまく取り返すために自信のある回る口を活かす。
「じゃあ、何で僕を庶民、って言ったんでしょう」
「…なに?」
「王女様に会っている人間が庶民だって考える人って少ないと思うんです。現に王女様は僕が庶民だと思ってなかった。何で宰相さんは庶民だって言い切ったんですか?」
「だから、貴族の顔は覚えている、と…」
「この国のだけですよね?」
「なッ、!」
それでも朝日の方が一枚上手だった。
詰んだ。言い返す言葉がない。
絶対なる自信を持つ彼を言葉で圧倒する小さな少年に周りの大人達はただただ純粋に驚いていた。
「僕が他国のしかも王女様に秘密裏に婚約を申し込みに来た、とかだったらどうするのですか?」
「…君は冒険者だと…」
「やっぱり僕のこと知っているんですね?」
「…」
周りも一瞬そうだったのか!と朝日の佇まいを見て納得しかけたところで己の立場が悪くなったと理解したフィリップスは諦めて朝日のことを知っていることを認める。
宰相が全く必要のない嘘をついたと周囲が理解したのと同時に、今まで朝日が続けてきた質問へのフィリップスの答えが偽りなのでは、と周りに小さな疑いを持たせる。
「宰相、何故無くなった宝を把握していた」
「…私はあの宝物庫に何が納められているか全て記憶しております。兵士達の目撃証言から推測し、把握してたに過ぎません」
「その他にも無くなったものがあるが、それは把握しているかね」
「その他…?」
「姫様はキラキラしたものを持っていってたんです。帝国から贈られた建国記念銀食器とかミュンラーの手鏡、ラモス製のカトラリー」
何故それを持っていったのか誰もが疑問に思うようなものばかり。何故なら貴族ならみな持っているような金目とは言えない他国から贈られた記念品ばかりだからだ。
皆色々と考えるだろう。
彼がそれらは知らず、宝石ばかりを知っていた理由を。
「王様!この人嘘ばっかり言うし、勝手に兵士連れてきたりして、変だと思います!」
「…王よ。この忠臣なる私をお疑いにはならないとは思いますが、今一度お考え下さい。この者は不敬を。今直ぐに…直ちに、この者に罰をお与えください」
男はさも当然、と上品な振る舞いをして余裕があるように言う。その憎しみが篭った顔を隠すように頭を下げながら。
「其方はどのような罰をこの者に望んであるのかな」
「…いえ、少し疲れていたようです。私は一度頭を冷やして参ります。このまま失礼させて頂いても宜しいでしょうか」
「そうだな、君は働きすぎやもしれん。しっかり休んでくれたまえ」
このままだと、自分の立場が本当に不味いことになりかねないと、周りを取り囲むように並ぶ沢山の足を見てフィリップスは感じたのだろうか。
突然言葉を切って、連れてきた騎士達をそのままに足速にその場をさる。
「騎士達よ、持ち場は大丈夫なのだろうな」
「「「「「「戻らせて頂きます!」」」」」」
ガシャガシャと鎧を揺らしながら去っていく騎士達。見慣れた顔、ヒルデルは一瞥しただけで朝日から直ぐに目を逸らす。
未だに震えたままのキャロライナーを慌てた様子でカイルが近くにあった椅子へと座らせる。
「王女様の治す為に《ホーリーストーン》を作ったんですね」
「君にはお見通しだったかな」
「なるほど。ユリウスはとばっちり、という事ですね」
「勿論、結婚は是非してほしいとも」
「…丁重にお断りします」
朝日はキャロライナーの方へ駆け寄り治療の手伝いをする。
冷や汗にぶるぶると体を揺らすキャロライナーの手にカイルが《ホーリーストーン》を握らせる。拳大の三角柱の石は白い光を内包していて美しい。
その光がキャロライナーへと吸収されていくのを見守りつつ、彼女に鈍い青黒い瓶に入った液体を飲ませる。
「私は、何をしていたの…ですか…?」
「何も覚えとらんのだろうな」
「覚え……先日、白き輝きをこのテラスから見たのです。あれはいつ頃のことでしょうか?」
「今から五ヶ月は前の事ですね」
「…やはり…皆さんの服装が明らかに冬支度前ですものね…」
約五ヶ月もの間、記憶が飛ぶほどの強い精神魔法。
それは生身の人間が受けるにはあまりに強すぎるものだ。これだけ長い間、魔力汚染を受け続けると心が壊れてしまう。きっと彼女はもう魔法を扱えないだろう。
「悪かったな…キャロル」
「いいえ、お爺さま…私の不注意が………」
「どうした」
「一つ、思い出したことが…」
「なんじゃ!」
「私の意識が消える少し前…あれはお爺さまからお婆様のネックレスとピアスを頂いた日でした…。あの日は夕刻にお爺さまの執務室で《ヒエルタの英雄》をお借りしようとした…確か、その帰り道。見慣れない商人風の男が宰相閣下と並び立っていて………すみません、そのあとの記憶が…」
「良い良い。お前は暫く休みなさい」
「はい、お爺さま…」
カイルから贈られた視線にユリウス、セシル、クリスはこくりと頷き合う。
信用できるのは今この場にいる人間だけ。これだけは必ず守らないといけない事だった。
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