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第三章

可能性

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「な、何よ!ユリウスは私の夫になるの!本人がそう言ったでしょ?貴方達も聞いてたわよね!ね!」

「はい、聞いてました」

「おう!言ってたな!おめでとう!」

「…お前ら、どっちの味方だ」

「ほらね!ユリウスは私のものよ!邪魔しないで!」

 焦りはあるものの、言質を得た彼女は水を得た魚のように活きが良い。王城の大理石に覆われたこの空間だからこそ、とてつもなく声が響いていて、遠くの方で騒ぎを聞きつけた人達の人だかりが出来ていたらしい。
 しかし、その山を割って通ることのできるたった一人の人物。

「キャロちゃん。今度は何を持った行ったのかね」

「フロンタニアの太陽にご挨拶致します」

「「「「ご挨拶致します」」」」

「ご苦労」

 突然現れた国王陛下へのユリウスの挨拶に皆が続く。一瞬目を合わせた陛下は少し罰の悪そうに朝日を見るがニッコリと笑顔を返されただけだった。

「丁度良かったわ、お爺さま!この子追い出して頂戴!綺麗だけど邪魔だわ!」

「第一王女。何を呪術師に持っていったのかね」

「な、何よ…。いつもはお爺さまって呼んでも怒らないのに…」

「答えなさい。王女キャロライナー」

「はいはい!答えれば良いんでしょ?この前貰った新しいネックレスとピアスよ。センスがないから持ってたわ!」

「何…?」

「だから、この前貰った真っ赤な宝石のネックレスよ!本当にダサくて、要らなかったから」

「…姫様…あ、あれは王妃の形見の…」

「お婆さまの?そうだったの!道理で流行遅れだと思ったわ!」

 流石の老人も今回のことばかりは本当にどうしようもない、と思ったことだろう。ただ、彼は彼女をただ怒鳴りつけるような叱り方はしない。

「…カイル、取り戻してきなさい」

「…畏まりました」

「え?私要らないわよ?お婆さまのお古なんて」

「…キャロライナー。お前は現時点を持って王位継承権が剥奪された…意味が分かるかね」

「え…?どうして?私が何したって言うの?」

「キャロライナー…あれは王妃の形見、それ以外にも意味があると説明したはずだ。聞いたいなかったのか?」

 キャロライナーは彼が本気で言っているわけではないだろうと高を括っているのか、真剣に考える気は無さそうだ。

「姫様…あれは王位を示す、大切な…へ、陛下!」

 老人、もといい国王陛下は流石に心を抉られてしまったようでへなへな、とその場にしゃがみ込む。

「ちょ、ちょっとお爺さま!?死なないでよ?私がユリウスと結婚出来るまでは何とか頑張ってよね!お父様もお母様も頼りないんだから!」

「やはり、お前では王位は継げないようだ。セガールとニーチェには申し訳ないが…」

「な、何言っているのよ!」

「人の話は聞かない。駄目だと注意されても辞めない。品性に欠ける言葉遣い。足りなすぎる教養。危うい物を良いものと決めつける浅慮。他人を慮る気持ち。王としての資質は何一つ足りていない」

「な、な……」

 キャロライナーは驚きで何も言葉が出てこないようだ。

「ま、待ってよ。お爺さま」

「何を待てと?」

「だって、王族は私しか…」

 そして、老人はゆっくり立ち上がり彼女に背を向ける。もう話はない、と言わんばかりの対応に流石の彼女も焦り始めた。

「私これでも王立学校で首席で…」

「ねぇ、家族なのにお爺さんが倒れても心配じゃなかったの?」

「え?」

「だって、ユリウスさんと結婚出来たら要らないって」

「そんな事言ってないわ!!!」

「でも、そう言ったように僕には聞こえたけど」

「そ、そんな…だって私は…」

 そのまま黙って自分がこれまで何を言っても何をして来たのかを思い出そうとぶつぶつと何か呟き始める。

「なんて言うつもりだったんですか?」

「お爺さまが死んてしまったら、お父様もお母様も頼りないと。私がユリウスとの結婚で花嫁姿を見るまでは何とか頑張ってほしい…って」

「王女殿下。そう言ったつもりとか、つもりじゃなかったじゃ済まない時もある。特に貴方のように偉い人なら尚更。国民へ演説する時。臣下達との会議の時。他国からの重鎮、使者を迎える時。大切な場面で色んな人と言葉を交わす貴方が相手の反感を買ったら?この国は如何なりますか?」

「…いや、だってまだお爺さまがいるし…私が関わることなんて…」

 甘い。この子は考えが甘すぎる。
 地頭は馬鹿ではないし、度胸もあって、行動的で、気は使える。でも、どうしようもないアホで、危険な橋を渡りすぎるし、やってはいけないことを平気でやって、他人を慮ることはできない。
 出来ていたら人を傷つけることなどないだろう。

「すでにお前がやらかした罪によって二人は王位継承権をワシに変換しておる。二人はお前にチャンスをやってほしいと言ってな」

「私はそのチャンスを棒に振っ…た?呪術師が駄目だったの?宝石を手放したから?お爺さまに失礼なことしたから?」

「全部じゃ…」

「呪術は使用者に幸せが来る分、他の人にその幸せ分の不幸が降りかかる。だから、指定禁止魔法なんですよ、王女殿下」

「だ、だって誰もそんな事…!」

 キャロルはその場に両膝と両手をついて嘆き始める。顔を真っ青に染めて、今までの事を思い出すかのように。

「言っていたよ、いつもね。私もカイルもお前の両親も」

「そもそも指定禁止魔法や呪術に関しては学校でも習っているはずです」

「つか、呪術って名前自体悪そうに聞こえね?」

「それはとてもアホな回答ですね。クリス」

「あ、れ?何で…?わ、私こんな事を…」

 ボロボロと流れ出る涙には偽りは感じず、本当に自身の行いを悔い改めているように見える。悪気が抜けたかのようだった。

「キャロル殿下、どうして宝石を持っていったんですか?」

「だって…宝物庫は駄目で…光ってないいけないから…」

「宝石じゃないといけなかったんですか?」

「そう…宝石じゃないといけなくて…光ってないと…何で宝石なんだっけ…」

 キャロルは必死に思い出そうとぶつぶつ繰り返すが先に進まないし、要領も得ない。
 優秀な彼女が使用人達から諦められてないと言うことは、彼女がこんな状態になったのはつい最近なのでは、と予想していた。
 そして、表情や仕草から凄くユリウスの事が好きそうなのは伝わってくるが、その理由があやふやで腑に落ちないものばかり。
 もし彼女の想い自体は本物だと仮定したのなら、この話が急に持ち上がったのも変に感じる。王族と公爵家との縁談。彼女の歳を考えればもっと早くても良かったはずだ。

 総合すると彼女は何かに操られている。
 ただその操作性はそれ程高くない。

「キラキラだったら良いの?これでも?」

「そうね、カトラリーを持っていった事もあったわ…とにかく光物なら良かったの…それで…」

「うんうん、それで?」

「代わりにユリウスに会わないと行かなくて…あれ?誰の代わりだったかしら…」

 朝日は分かってやっているだろうか。
 これは誘導尋問…なのか、ただ話を聞いてあげてるだけ?いや、流石にこの子に限ってそれだけなはずはないか…とセシルは考えている。

「代わりにユリウスさんに会わないといけなかったんですね。ユリウスさんと会えて良かったですね」

「違うの、よ…だってユリウスは持ち主だから」

「持ち主?何の持ち主?」

「え…と、聖剣…何でユリウスが聖剣持ってるの?」

「ユリウスさんが聖剣の持ち主だったら如何なるの?」

「だって聖剣の持ち主は殺さないと…」

「王女を捕まえろ!」

 彼女がそこまで話すと、何処から駆けつけた青騎士達が彼女を取り囲む。

「フィリップ宰相、如何した?」

「王女の犯した罪は大罪です。国庫を不正に流用し、宝物庫から私的に持ち出し、指定禁止魔法の使用、掘ればもっと出てきそうだ」

 後から騎士を引き連れてきたのは宰相フィリップス・ディル・ドベニスク。

「君、退けてくれるかな?この罪人を連れて行かなくてはならない。こんなのを野放しにして置いたら、安心して寝られないだろ?」

 見下ろす男の顔。ニヤリ、と楽しそうに微笑んでいる。

「王女殿下、この人誰ですか?」

「フィリップ、宰相…よ」

「分かったかい?無知な坊や。今日の私は機嫌がいいから言葉遣いの事は見逃してあげよう」

 何が楽しいのか、今この場で冗談でも笑える人がいるとは誰も思っていなかった。









 



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