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第三章
憂い
しおりを挟む「こんにちは、朝日くん」
「こんにちは!今日はユリウスさんからお返事を貰ったので、お伝えに来ました!」
「おぉ!それは嬉しい報告だ。その様子を見ると会うことを許してくれたようだね」
「はい!」
良い報告が聞けた、と嬉しそうに微笑むオルフェに朝日も笑顔を返す。穏やかな雰囲気の二人を尻目に一人カイルは不安そうな表情をしていた。
「この前あげた本は読んでみたかね」
「はい、凄い難しくて中々覚えられ、なくて…」
「ほほほ、君は本当に勉強熱心な子だ」
まず読む、と言うよりは初めから覚える気でいる事が凄い。何せあの本の分厚さだ。気が遠くなるような作業なのは言うまでもない。
それでいて、実はあのレベルの本があと5冊もあるのだから挫折するものは多い。
「何か質問があったのかな?」
「…はい。あ、あの、精霊ごとに詠唱が変わるのは理解したんです。でも、石ごとに、の精霊を見分ける説明が難しくて」
「見分ける方法はまずは色じゃな。色の系統である程度の属性を見分ける。そして少しだけ色んな系統の魔力を流す。そうすると反発するもの、通すもの、変化するものが分かる。それを判別するのだ」
「…はい、分かりました…」
「寝不足かね?」
「昨日はよく寝ました!」
「なら、良いのじゃが」
少し様子が変、と言う程度だがハキハキと楽しそうに話す朝日が言葉を詰まらせたり、話す内容が纏めてなかったり、と短い付き合いだがいつもとは違うように見えた。
「すみません、なんか、変だな…」
「大丈夫だ、気にすることはない」
「朝日くん、錬金術の本は全部で5冊あります。見分け方については説明と照合の仕方は別の本に載っています」
「今度、その本探してみます!」
「なに、その辺に転がっておるだろう。見つけたら持っていきなさい」
「…はい、」
「朝日くん、あの本は錬金術師の専門書です。その辺では売ってない代物なのですよ」
「弟子に受け継ぐのじゃ」
「弟子!僕、頑張ります!」
本当に何かおかしい。
いつもの朝日ではないのは間違いない。
熱でもあるのか、とカイルは朝日のおでこに手を当てるが、そのようでもない。
二人は顔を見合わせて首を傾げる。
「あれ?僕…?」
「まぁ、何か気になる事があればワシのところへおいで。遠慮する事はない」
「…はい…」
放心状態、そういった方が正しいだろうか。いつもと違う朝日の様子に二人は戸惑い始める。
「本当に大丈夫なのかな?」
「はい…」
「今日はもう帰った方が良いのではないだろうか?」
「はい、帰ります…」
「どうしたんだ、朝日くん?」
「僕、…言われた通りにします…」
ぶつぶつ、と譫言のように言う朝日は視線も定まっていない。ただ、何か魔法がかけられている、とか、薬を盛られた、と言う気配もないのでこれ以上何も言えない。
「確かに少し様子がへんじゃな…」
「えぇ、」
「朝日くん?ユリウスは君が私の頼みを伝えた時どんなことを申していたかね」
「…ユリウスさん?お返事していいよってそれだけですよ?」
質問によって変わる声のトーンと話し方。
まるで二つの人格があるかのように不気味だ。
「確かに様子がおかしい。今日は素直に宿屋へ送ることにしよう。いいね?」
「…はい」
「用意します、陛下」
「カイル」
「し、失礼しました」
今の状態で一人で歩いて帰すのは心配だ。何が起こっているのか分からない間は大人しく宿屋に戻って貰うのが一番良いと二人は判断した。
「すみませんでした、今日はきちんとお休みしてみます」
「その方が良いの」
「…はい、」
二人は朝日が宿屋に入って行く最後まで見送った。
「予測ですが、質問の問いが了承の時にあのような変化があったように思います」
「何やら、困った事になったものだ…」
二人はこの時何が起こっていたのか、その原因をこの後直ぐ知る事になる。
「あら、お爺さまお帰りなさいませ。それでユリウスは?」
言葉遣いや装いはとてもお上品なザ・お嬢様、という雰囲気の彼女。
しかし、とても残念なことに少々我儘に育ってしまったようだ。幾ら家族と言えど臣下がいるその場で、皇帝陛下をお爺さま呼びをして、更に仁王立ちしている彼女への周りからの視線は困惑と懸念と警戒などの負の感情だけ。
お転婆、と言えば聞こえは良いかもしれないが、彼女はもう一六歳で成人している。もう、お転婆という言葉では誤魔化せない域にまで来てしまっている。
「ユリウスの予定はまだなんだ、決まったら教えるよ可愛い孫のキャロライナー」
「え~?お爺さまがユリウスの交渉に行くって聞いたからこれ貸して差し上げたのに」
「…ん?これは何かな?キャロちゃん?」
「お願いを素直に聞いてくれるおまじないがかかった魔法の道具よ!」
「キャロちゃん。あれほど辞めなさい、と言ったのにまた呪術師に頼んだのかね…」
「そうよ!だって効果抜群だもの!」
はぁ、と流石のオルフェも大きなため息を吐く。
相手は得体の知れない呪術師。いつも何かしらの呪具をキャロライナーに売りつけている不届き者だ。
当然、悪い影響はもう既に出ていていて、純粋すぎる彼女はそれを信じるがあまり勝手に宝物庫の壺やら何やらを持ち出してしまっている。幸いまだ国宝や国の重要資材などは持ち出してないから叱り付けるだけに止まっているが…。
「今度は何を持った行ったのかね」
「お爺さまとかカイルが宝物庫はダメって言うから、お部屋にあった燭台を持っていって渡したわ。銀細工って庶民にはお高い物なんですってね」
「あぁ、燭台は他にもあるからね。新しいものを持って行かせよう」
「ありがとう、お爺さま!」
「陛下…」
「カイル頼むぞ」
「…はい」
国王陛下が孫に甘い、と言う話はその界隈ではかなり有名な話だ。確かに可愛らしい容姿をしているし、お茶目なところは愛嬌だと見ることも出来る。
ただそれを上回るほどに横柄な態度や我儘が目立ち、彼女には友達と言えるような相手もいない。
「はぁ…愛しのユリウス。早く会いたいわ…。ごめんなさいね、私が王族であるばかりに中々会ってあげれないのは仕方のないことよ。我慢して待っててね」
「「「…」」」
窓際で黄昏れるように独り言を漏らすキャロライナー。周りは言葉も出ないほどに呆れていた。
彼女が望んで逢いたいと願っているのに何故ユリウス公爵が逢いたいと言ってる、と思い込んでいるのか。寧ろもうお互いに愛し合っているかのような発言にも見えてくる。話の内容が繋がらなさすぎて寧ろ混乱させられる。
「姫様はどうしてあぁなってしまったのでしょう」
「あの妄想癖は今後大変なことになり兼ねませんわ」
「しかし、誰も彼女に注意など出来るわけもないしな」
「「そうなのよね…」」
国王や皇太子、皇太子妃ですら注意しないのだから彼女を注意は愚か、指摘も諭すことすらも叶わない。
メイドやバトラー達は口々に王女の問題点を口にする。
「それでも、決して悪い子ではないのよね」
「…そこよ。確かに横柄だけど優しいのよね…」
「気遣いもしてくれるしなぁ…」
「「「はぁ…」」」
確かに横柄だけど、憎めないのがまた辛い。どうにかして差し上げたい、このままでは勿体ない、と彼女らは常々思い悩んでいたのだ。
沈んでいく夕日と共に彼女らの気持ちもゆっくりと沈んでいくのだった。
「カイル…朝日くんの状態の確認を至急頼む」
「朝日くんがおかしかったのは王女さまが使用した呪具のせいだったのですね…」
「本当に申し訳ない事をした…」
「直ぐに見て参ります」
カイルがオルフェの側を離れるとゆっくり大きめのため息を吐く。
「良い子なのだ…、良い子なのだがなぁ」
孫がどうしても言う事を聞かない。
やりたい事はなんでもやらせてあげたいし、出来る事なら何でもしてやる。でも、物事の良し悪しや分別を付ける事は出来ないと今後苦労する事は目に見えている。
オルフェはその憂いを大きなため息を吐く以外に吐き出す方法を見つけられなかった。
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