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第三章
おめかし
しおりを挟む「坊っちゃーん!今日は坊っちゃんが来ると聞いてラムラが腕によりをかけてオムトルカを作らせて貰いますよ!」
「オムトルカ!楽しみ!」
ユリウスに同行すると約束して数日。
同行する日が決まった、といつものようにセシルから直筆の手紙が届いた。
手紙の内容はその日は朝早くから女の子になるための準備をする為、前日からセシルの屋敷に泊まるのはどうかいうお誘いだった。
当然朝日はその誘いを了承し、今日その日を迎えた。
「坊っちゃん、何か新しいお料理お願いしますよ~」
「何が良いかな?」
「ラムラ、いい加減にしなさい」
「クロムさん、大丈夫です!だって僕も食べたいもの食べれますから!」
「ふふふ、食いしん坊ですね」
「ふふふ」
ニコニコと戯れる三人を少し離れた所からセシルは見ていた。
「朝日君、こっちにおいで」
「セシルさん!」
「主人は寂しがり屋ですので」
「クロム…」
「本当の事です」
「セシルさん可愛い!」
「かわ…」
朝日はセシルの手を握って一緒に長い廊下を歩く。セシルがどんな顔をしてるのか朝日には想像できた。だから敢えて見ることはしなかった。
「セシルさん、これ…」
「誰にするか迷ってしまって私には選べなかったんだ」
「でも、多過ぎない?」
「そんなことないよ?」
部屋一杯に用意された服の数々に圧倒される。
朝日はクロムの顔も見る。
クロムが首を横に振るすぐ後ろで二人に見えないようにラムラが大きく頷いていたので朝日は面白くなって思わず吹き出す。
「ふふふ、僕ね?青が好きだよ!」
「確かに、朝日君には青が良く似合うと思うよ。でも他の色も捨て難くてね」
「坊っちゃん、青は青でも沢山あるんですよ…」
朝日にこそこそ、とラムラが耳打ちしてくれる。
ラムラは朝日が着せ替え人形になるのを懸念しているのだ。それを知らない朝日はラムラの何かを察してなんとなく合わせてみる。
「あ、あのね!青は青でも淡い色が好きだなぁ。ほら髪の色も水色だし」
「そうだね。いつも身につけているものも空色が多かったし、そうだと思って特に多めに用意しておいたんだ!」
墓穴を掘った、と朝日は苦笑いを浮かべる。
そして始まったのはラムラが危惧してた通りの着せ替え人形タイム。
「朝日様、おリボンはどちらになさいましょう?」
「白かな?黒もいいよね?セシルさんどう思う?」
「私は清楚な白が好みかな」
「じゃあ白で!」
「かしこまりました」
ただ、ラムラの予想に反して朝日はとても楽しそうにしていた。
メイドたちも屋敷にはセシルの妹であるお嬢様以外に女性がいないことから朝日のお召し替えが楽しいようで、何処からかどんどん新しい物を出してくる。
「…息を呑むほど可愛らしいです」
「…生唾飲んじゃうな」
「朝日様なら…」
「朝日君なら何?」
「「「何でもありません」」」
「見て見て!可愛い?」
「本当に可愛いです。結婚したいくらい」
「ふふふ、セシルさんならいいよ!」
ふざけて言う朝日にセシルは咳払いをする。
彼らと同じ反応になりかけていたことが寧ろ上手くセシルの自制心を働かせた。
「主人、同性同士のご結婚は認められてはおりますよ。後継もお嬢様が上手くなさりましょう。ご心配はありませんよ」
「クロム、いい加減にしろ」
「そう言う感情ではない、でしたっけ。ほほほほほ」
朝日に乗るように更に揶揄うクロムに青筋を立てるほど怒りを露わにするセシル。
本当にそのような感情はない。
ただ何なのか説明は出来ない。
今までにセシルは愛情も友情も芽生えたことが無いからだ。
「セシルさんが折角選んでくれたのかもしれないけど…僕、これはちょっと恥ずかしいかも」
「…え?」
全面だけ異様に短いスカートは真っ白な玉肌を露わにし、後ろが長く床まで垂れてるせいで身動きが取りづらく、先程のようにクルクル回って見せることも出来ない。
肩にはひもさえもなくどうやってドレスを着ているのかも分からない。下手すればそのままズレ落ちそうだ。
「俺、鼻血出てない?」
「その辺の女の子とはレベル違うな」
「だき…」
「お前らいい加減にしろ。出て行きたいか?」
「え、わぁ!セシルさん!如何したの?」
驚き?で思わず反応が遅れてしまったセシルは朝日を隠す為に抱き上げる。
抱き上げられた朝日は初めこそ驚いていたが、いつも通りセシルにされるがままで、全力で首を振る三人を楽しそうに見ているだけだった。
彼らを部屋に留めているのは朝日が着せ替えを楽しんでいて、それをみんなに披露していたから。それが無ければ彼らは速攻で追い出されていたことだろう。
「朝日君、これを選んだのは私では無いよ」
「そうなの?セシルさんはどれが良かった?」
「それが選べないから困ってたんだ」
本当に困った表情をするセシルが朝日にはとても可愛く見えた。
「クロムさんは?」
「私は5番目のものが宜しいかと。ふわふわとした雰囲気がよくお似合いでした」
「ラムラは16番目のが良いかと!綺麗な曲線が女性らしさが出てました!」
「私は13番目のレースのドレスが…」
「わ、私は25番目のエンパイアが…」
「私は40番目のふわふわ感の方が…」
「みんなバラバラだね…」
五十着を試着したが、結局更に悩む事になっただけになってしまっていた。
「これ、ユリウスさんに聞くのが良いのかな?」
「何故?」
「だってユリウスさんの恋人するんだもんね?」
「…」
「恋人、役、をしますもんね!」
「うん」
ラムラは気を利かせて役、と言う言葉を強調して付け加える。一瞬で立ち込めた黒々としたモヤが少し収まった事にクロム以外の一同がホッと胸を撫で下ろす。
「呼んだか」
「ユリウスさん!」
「朝日君…そ、その格好は良く無いと思う」
「これは僕も恥ずかしいから当日は着ないよ」
「…そうか、なら良い」
ユリウスは目を合わせないように斜め上に視線を向ける。すかさずセシルがまた朝日を持ち上げて隠す。
「いつお着きに?」
「さっきだ、双子が呼びに来たから飛んだ」
「ユリウスさん、どれが良い?」
「清楚な…これか、これも良いな」
「シャルさん、これもう一回着るね!」
「はい!朝日様!」
ノリノリの二人に困惑するユリウス。
「団長、覚悟してくださいね。可愛過ぎますから」
「あ、あぁ」
「ユリウスさん、どうですか?」
「それにしよう」
「え!もう一つは?」
「いいや、それにしよう。それがいい。絶対に」
「うん、ユリウスさんがいいなら」
首を傾げる仕草すら可愛い朝日にユリウス思わず頭を抱える。
肩の少し上まで伸びたサラサラな空色の髪。その髪を白色のリボンで結い上げて少し大人っぽく仕上げている。
服は総レースのふわふわした可愛らしいドレスで白色のチュールの裏地が更にふわふわ感をプラスさせている。
「もしかして、相当まずい提案をしてしまったのだろうか」
「そうですね。辞めた方が良いかも知れないですね」
「今更…」
「では、如何するのですか?」
「…辞めておこう」
良い匂いが立ち込める食堂。朝日が楽しみにしているオムトルカの匂いだ。
「けちゃっぷ、と言う調味料が中々に難しくて…どうでしょう坊っちゃん」
「ちっちゃい」
「え?」
「ちっちゃいよ?オムライスはお皿にいっぱいなの!」
綺麗な装飾が施されたお皿の中心にちょこんと乗せられた黄色い楕円。周りには葉物やソースがあしらわれており、美しい仕上がりだ。
「し、しかし、お皿いっぱいだと他のお料理が食べられません…」
「でも、オムライスの時はスープとサラダぐらいで…」
朝日は少し周りをキョロキョロと見て止める。
自分が我儘を言っていると気付いてしまったからだ。
「朝日君、間違っている事を正すのは正しい事だよ。何も悪いことじゃない」
「うん、でも間違いじゃないの。これもオムライスだよ。ちっちゃいのも見たことあるし」
「でも、朝日は大きいのが食べたかったんだろ」
「ユリウスさん…」
「団長、完全に辞めたんですね」
「…辞めろって言ったのお前だろ」
「猫かぶって良いことなんて無いですからね。ね?朝日君」
「うん!」
セシルが上手く話をすり替えた間にラムラは泣きながら皿を下げる。
上手く出来た、と練習の成果を見せて喜んでくれる姿を想像していた彼は同僚に背中をさすられながら、新しく作り直しに厨房へ向かう。
「ラムラさん!」
「坊゛っぢゃん!」
「ごめんなさい。僕が我儘言ったから」
「違゛いまず…ラムラが無力なばがりに潜入感がずぎまじだ…」
追いかけてきて優しく声をかける朝日はまさに彼らの天使。主人は優しくなるし、屋敷は明るくなるし、いつもの単調な仕事に花を添えてくれる。
今日は更にドレスアップしていて天使感が増している。
「僕も手伝うね?」
「あ゛い、坊゛っち゛ゃーん」
「ふふふ、ラムラさんも可愛いね」
撫で撫でされるラムラをメイドもボーイも従者も羨ましそうに周りで見ていた。
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