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第三章
提案
しおりを挟む「こんにちは!」
「し、失礼します!」
一瞬向けられた慈しみ深い笑顔が後から顔を覗かせた騎士によって深く黒いものに変わる。
自然にセシルの隣にちょこんと座った朝日をセシルは再び慈しみ深い笑顔へ変わる。
「セシルさん!僕ね~?Eランクになったの!」
「昇格したんだね。朝日くんおめでとう」
「で、では。私は持ち場に戻ります!」
「あとね、錬金術始めたの!」
黒い眼差しに今すぐに出て行け、と言われているのを理解したリチャードは挨拶だけをして逃げる部屋を後にしようとしていたが、朝日の最後の言葉にピクリと身を小さく揺らす。
「あー、あんまり言っちゃダメだってエライアスさんに言われてたんだった…。でもセシルさんとリチャードさんなら大丈夫だよね?」
「はい、彼にはきちんと言い聞かせておきますのでご心配なく」
「セシルさん?」
急に敬語になるセシルに朝日は小首を傾げる。その後ろでリチャードが大きく首を縦に振っているとは知らずに。
「あ、朝日さん。僕も錬金術師なんですよ~、なんて…」
「え!リチャードさんも?じゃあこの前あげた《ボールストーン》使ってみた?見せて欲しいなぁ!」
「いや、まだ何の効果付けるか迷って…て…あはは…」
セシルから送られる禍々しい視線に怯えて言葉尻が掠れていくリチャード。乾いた笑いを浮かべるその表情は引き攣っている。
「じゃあ今度やる時僕にも見せて!」
「朝日くん、おすすめを教えてあげるのはどう?」
「リチャードさんは先輩だよ?僕よりきっと詳しいよ」
「リチャード、候補は決まってるのか?」
朝日が尊敬の念を表しているからか少し柔らかくなったセシルの表情にリチャードは少し落ち着いて話し始める。
「あ、あー…そのー、なんて言いますか《ボールストーン》はほぼ何でも入れれる万能な魔法石なので…詠唱よりもその材料を集める方が大変でして…」
「僕に指名依頼していいよ!あ、でも指名依頼って高いもんね…」
貰った魔法石がとても良い物なので出来れば良い効果を付与したい。しかし、良い効果を選べば選ぶ程、その素材を集めるのにとても苦労する。
朝日もそれを先日実感したからこそリチャードの言い分がとても理解できた。
「彼は上流貴族だから問題ないよ。ね?リチャード」
「は、はいぃぃぃ、だ、団長!!!」
頷く他ない程に怖い笑みを浮かべるセシルに逃げ出すように恐れた声を上げる。しかし、逃げることはユリウスの登場のせいで叶うことはなかった。
「ユリウスさん、こんにちは!」
「こんにちは、朝日君」
「リチャード、まだ話しは終わってないよ?朝日君がお話あるのにどうして帰ろうとするの?」
「すみませんんんん…」
タジタジのリチャードが入り口の前から退くと、ユリウスはしっかりした足取りで朝日が座る対面の席に腰を下ろした。
「それより、いつの間にリチャードと仲良くなったの?」
「リチャードさんいつも門のところにいるから、ね?」
「はい、朝日さんはお三人様の大切なお方ですので…」
「リチャードさんって本当に博識でね?ポーションの相談もしてたんだ!」
「…」
黒い物が更に黒くなる。
そして朝日により更に追い討ちをかけられる。
「この前は一緒にかふぇしたの!」
「リチャード、後で少し話そうか」
「すみませんでした…本当に…」
「もしかして…僕、またリチャードさんの邪魔したの?ごめんなさい…。もうしないよ?セシルさん…怒らないで?」
しかし、朝日の突然の落ち込みようにセシルも近くで見ていたユリウスも途端に慌てたようにおろおろとする。
「ご、ごめんね。朝日君は何にも悪くないよ。ちょっと、その…ヤキモチ妬いちゃっただけなんだ」
「やきもち?」
「まだ私は朝日くんとカフェした事ないから」
「そっか!セシルさんと僕は親友だもんね!やきもちするよね!」
「ふふふ、そうなの。ごめんね?」
元通りに戻った雰囲気に安心したユリウスは椅子に深く座り直す。
「それで話しとは何でしょうか」
「突然お呼びしてすみません。実は先日知り合った方が偶々ユリウスさんのお知り合いだったみたいなんです」
ユリウスとセシルはピクリと眉根を上げる。
これから始まる話しが何なのか既に二人は分かったからだ。
「それで突然なんですが、こう言うのなんて言うのでしょうか?お見合い?しませんか?って話しだったんです」
「朝日君を使うなんて中々やりますね」
「…」
「僕、こう言うのって本人の意志が大切だと思ってるので、嫌なら僕ちゃんと伝えておきます」
ユリウスが逃げ切る手段としてはその申し出はとてもありがたい話しなのは間違いのだが、そうすることによって更に恐れることになりかねないのはユリウスも承知している。
「…その提案をした人を私は知っています。私は断れる立場には無いのです。なので今まで避けていたのですが…」
「じゃあ僕ちゃんと伝えきます!ユリウスさんはお見合いしませんって!」
「朝日君、それはダメだよ」
「どうして?」
セシルは頭をフル回転させて一瞬で物語を作り上げる。みんなが納得して、尚且つ朝日をこの話から遠ざけられて嘘のない聞こえの良い物語を。
「団長はね、白日の騎士団団長で更に公爵なんだ。私が王と関わりがあるように団長も王と関わりがあってね。強い権力を持つものはその相手にも多くのことを求める。だからとても慎重に選ばなければならないんだ。わかるかな?」
「うん、分かるよ」
「団長は特にその影響が強くてね、昔から沢山の女性が近寄ってきた。当然地位目当ての者や、お金目当ての者、権力目当ての者もね。団長自身を見てくれる素敵な人は中々いないんだ」
「そっか…結婚って難しんだね」
「でも、そんな難しい結婚を偉い団長が誰かを仲介して断るという事も又、貴族としてやってはいけないことなんだ。だから朝日君が断ってはいけないんだよ」
「うん、分かった。でもね?僕がユリウスさんに伝えてない事にするのはどうかな?会えなかった、とか。言う勇気がなかった、とか」
更に魅力的で画期的な提案をしてくる朝日にセシルは上手く誘導しきれないと悟り、ゆっくり首を横に振る。ユリウスは流石に覚悟を決めざる終えなかった。
「朝日君、申し訳ないのだけれども一緒に来てはくれないだろうか」
「ユリウス!」
「まぁ、落ち着け。これは彼の為でもある」
「…説明してもらおうか」
二人のやり取りをただ見ていた朝日は不思議そうに目をパチクリしている。
声を荒げるセシルを見たのも初めてだし、表情を崩すユリウスを見るのも初めてだったからだ。
「私はこの話を断りたい。しかし、それにはしっかりとした理由が必要なのだ。君ならその問題を解決できる」
「うん!ユリウスさんの為になるなら僕なんでもするよ!」
「それがどう朝日君の為になるのか説明をお願いしましょうか」
「朝日君を女の子として連れてく」
「「はぁ?」」
思わずリチャードも一緒に反応してしまい口元に手を当てて息を呑む。しかし、そんなことを気に止める間もないほどにセシルは鬼のような表情をユリウスに向けている。
「何か為になるって?女の子になったら王室が関わらなくなるとでも?」
「なるだろ?女なら」
「馬鹿か!それなら取り込もうとするだろうが!お前のように王族と縁結びさせるだけだ!」
「でも男の子だろ」
「どう言う屁理屈だ!お前は信じられないほどの馬鹿だ」
「僕、女の子に見えるかな?」
「「「見える!」」」
「そ、そんなに?じゃあやってみようかな?」
一瞬、見てみたい…と言う疚しい気持ちが漂う。
朝日は自身の服装や髪などを掬い取って観察しながら何処が女の子かな?と首を傾げている。
「見たいだろ?」
「や、やめろ」
「こんな機会でも無ければ一生見れないでしょうね」
「リチャード、てめぇ」
「いや、リチャードの言う通りだ」
「そうっすよ、マジで」
意気投合し始めるユリウスとリチャードに押されてセシルはその疚しい気持ちを取り払うことが出来ない。
「…服は私が用意します」
「「賛成!」」
「さ、賛成!」
朝日も二人に合わせて何がなんだか分からずに手をあげている。セシルはそんな可愛い朝日を見て止めることを完全に諦めた。
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