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第三章
もう一人の護衛
しおりを挟む「ねぇ、こっちにいってもいい?」
「…」
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。行こう」
反応の悪るさに朝日が首を傾げているが、今はそんな事を気に留めている余裕がない。
昨日は運良く川にたどり着き、そこで一夜を明かした。河原は石が多く寝心地が良かったか、と問われれれば当然NOなのだが、森の中よりも安心して寝れたのには違いない。
今日は歩きやすい川沿いを歩いていた。何処か街に出れれば万々歳。ついでに依頼のメテロの実が見つかればなおのこと良い。
まぁ、そんなに上手くはいかないか、この時エルダーはそう思っていた。
川幅が広いこともあって見晴らしが良い。森の中は相変わらず森深く、常に注視しなければいけないが、方向が絞られたのでかなり楽になっていた。
ひたすら景色の変わらない河原を歩き続けていると進行方向から強い気配を感じた。まだ向こうとの距離はかなりあるが、そのまま進めばかち合うのは時間の問題だった。
「朝日、少し遠回りをしよう」
「?うん」
そうして再び踏み入れた森の中。
まだ遠くの方で水の流れる音が聞こえているので、問題はないだろう。ただ、先程感じた気配が近ず離れずの距離をうろうろしていて気が抜けない。
気配の感じた時から中々の強敵なのは分かっている。一人ならどうとでもなっただろうが、今は守るべき相手がいる。何が起こるか分からない今は出来るだけ危険は避けるべきだろう。
正直言って彼なしでは此処で生き残ることも依頼を達成することも難しい。
「朝日、あんまり俺から離れるな」
「うん…」
エルダーの視線や行動、言葉の端々から異様な雰囲気を感じ取って朝日も思わず身構える。
そんな時間を長く過ごしていると、朝日がふと立ち止まる。
「エルダーさん、こっちに行ったらメテロの実あるみたい」
「分かるのか?」
「今二個“回収”したんだけど、一個目はそこ、二個目はこっちだったの。出来ればもう何個か“回収”しておきたいと思って」
正直何を言っているのかエルダーにはさっぱりだった。もっと言うなら何をしているのかもさっぱりわからない。彼は回収した、と言うわりに一度も拾うような仕草は愚か、しゃがむことすらしていない。
「やっぱり!こっちにあるみたい。ねぇ、こっちにいってもいい?」
「…」
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。行こう」
そして冒頭に戻る。
「数はそんなに必要なのか?」
「アイラさんはあればあるだけ上乗せ、って言ってたよ」
気配は気になるが、ついて来ているという雰囲気ではない。近づいたり、離れたりを繰り返しているし、距離もそれなりにある。気になるのはその速さ。
後ろだと思っていた気配が次には前から感じたり、かと思えば左や右に動いている。
まるで此方の存在を知って様子を伺っているかのようだった。
「朝日、十個だ。それ以上は辞めておこう」
「うん」
そう約束をして朝日の後ろをついて行く。正直に言えば報酬アップなんてものはだって良い。自分の受けた依頼は彼を守ること。それと…。
運良く段々気配からは遠ざかっている。
エルダーはほっ、と肩を撫で下ろす。
「今日はあんまり魔物に会わないね!」
「…」
朝日の言う通りだ。昨日も極力危険は避けていたつもりだったが、さすが未開の森。そこら中にうじゃうじゃと魔物が湧いて出て来ていた。
それなのに今日は一度も魔物に出くわしていない。気配はあるのに近づいてくるものがいないのだ。
それが逆に不気味に思えたのだ。
「うん、これで十個!依頼の品は全部揃ったよ!」
「そうか、それは良かったのだが…どう言うことなのだろうな」
「ね!僕も不思議だった!」
朝日がメテロの実を求めて進み、エルダーはその後をついて行く。朝日が約束通りに10個集めきると目の前は森の入り口だったのだ。
勤めて明るく返事をする朝日はエルダーに振り返る。エルダーは朝日にピッタリと張り付き、森を出たのにも関わらず離れることはなかった。
「お疲れ様です。首尾は如何でしょうか?」
「…お前、ずっと此処で待ってたのか?」
「だん…エルダーさんがそうしろって言ったんじゃないですか…」
「そうだったか?」
出会った初めからずっと笑顔で明るく元気すぎるくらい元気だったエルダーがまだ未だに少しピリついた空気を醸し出しているのだ。声をかけてくれた彼もそれが分かったようで、疲れたように項垂れながら返事をする。
「朝日さんもお疲れ様です」
「お疲れ様です」
優しげな表情を向けてくれる彼は膝に手をついて目線を合わせてくれる。
と言っても朝日より頭一つ分背が高いくらいで幼さが抜けきれていない。そんなに年は変わらないだろうが、とてもおっとりとした雰囲気を持っていて落ち着いて見える。今はとても疲れ切った様子だが。
「お疲れでしょう。馬車でお休みください」
「ありがとうございます」
「団…エルダーさんも乗ってください」
森の方を観察いていたエルダーに声をかける。
彼も疲れているであろうに、此方に気を遣ってくれる。
「出発しますよ」
「あぁ」
「お願いします!」
車内はわいわいと盛り上がった行きとは違いかなり静かだった。昨日の野営による疲労も多少はあるだろうが、どうもそう言う雰囲気ではなかった。
エルダーの視線は常に森にあり続けていた。
「あの子中々に鋭いわね」
「今は気配を立ったと言うのにまだ探り続けているわ」
「まぁ、そんなレベルじゃ私達は見つけられないけどね」
朝日を陰ながら守るために当然今回の依頼にもついて来ていた二人。ただ今回は護衛云々、と言うよりは付き添いとしてついて来たエルダーの動向を見守るためだ。
「まぁ、何事もなくて良かったわ」
「迷子になるなんて誰が思う?」
「あの男、本当使えないわ」
二人はいつも通り朝日についていた。初めは当然気配を立って手は出さずに見守っていた。
しかし、どんどん変な方向に進んで行く二人。この森には決して踏み入れてはいけない領域がある。当然エルダーもそれを知っているはずなのだが、踏み入る目前まで迫っていた。
運良く手前にあった川によってその進行は止まったが、川が境界線だと言う訳ではない。
翌日、川沿いを進む二人はあろうことか、その領域に踏み入りそうになっていたのだ。
そして双子は二人を誘導することに決める。
自身を魔物に見立ててわざと強い気配を発する。気配を消すのがお手の物な二人は勿論、出すのも得意中の得意。要約すると殺気だ。
エルダーが危険な方向を避けているのは昨日のうちから分かっていた。なので、追い立てるように進行方向を絞り変えさせた。
本来ならそこで来た道を引き返す、と思っていたのだが、何故か彼らはあえて森の中を選び進みだしたのだ。
そこからが大変だった。
とりあえず、不可侵の領域からは離れたが帰り道からはかなり逸れてしまっていた。
方向を修正するために前後を挟み、後ろからユナが前からはシナが双子ならではのコンビネーションを使って移動しているかのように、交互に気配を出しながら誘導しようとしたが、付かず離れずの距離を取っているのを良いことに一向に方向を変える事はない二人。
「困ったわね…どうしましょう?」
「朝日くんを使うしかないわね」
「どうするの?」
「あの子の能力をちょこっとね」
そして二人は気配の動きは変えることなく、移動しながら最後の依頼品のメテロの実を集めながら出口まで道のりに並べて行く。
「まぁ、お陰で効果検証も出来たわね」
「やはりあの子のスキルはヤバいわ」
「1.5キロはカバーしているわね」
10個、と言う制限がかかったこともあり、並べる幅は注意が必要で、10個全てを直ぐに“回収”されては困るし、かと言って中々“回収”出来なかったら道を逸れてしまうかも知れない。
最新の注意を払って置いていく。
そしてやっとのことで森の外に出すことに成功したのだった。
馬車がギルドについて彼が中へ入って行ったのを確認する。
「もう、なんでも良いわ…」
「ジョシュを呼びましょうか」
「お呼びでしょうか」
「本当、あなたって子は」
「恐れ入ります」
「褒めてないわよ」
ジョシュは膝をついて二人の後ろに現れる。
ニッコリを微笑む姿が主人に重なり、二人はため息を吐く。全く笑っていない目が二人を捕らえて離さない。
「朝日さんの事は私にお任せ下さい」
「…まぁ、ジョシュなら問題はないと思うけど」
手を振って見送るジョシュを二人は振り返り見る。相変わらず光の感じない目をしている彼に再び小さなため息を吐くのだった。
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