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第三章
深い森
しおりを挟む森には彼らの侵入を拒むかのように強い風が吹き込み高く聳え立つ木々は大きく騒めく。
倒壊してしまった大木は腐り、土に帰ろうとしている。見たこともない大きなキノコや垂れ下がった大きな枝が行手を阻み、時折、深く根を張った苔に足が取られて中々思うように前に進めない。
「よっと、捕まれ」
「うん」
魔法屋のお爺さんから指名依頼を受けてやってきたのは誰も足を踏み入れたことがないのでは、と思うほどに自然味あふれる深い森。
見渡す限り全てのものが神秘的な美しさを持っている。
「まだまだ歩くぞ」
「あ、さっきテシウス草は“回収”出来たよ」
「いつの間にだ!」
彼はお爺さんが依頼したもう一人の冒険者。とても気さくで足手纏いもいいところの朝日に嫌な顔せずこうして世話を焼いてくれている。
「割りのいい仕事だとは思ってたが、こんなに楽だとはなッ!」
「僕一人じゃなくて良かったよ」
「俺もだ!ハハハ!」
とにかく元気がよく頼りがいのある彼は薬草を探すのはどうやら専門外らしく、お爺さんが気を利かせて用意してくれたのだろう、と朝日は感謝していた。
進みにくいながらも朝日の能力をフルに使い、薬草の採取については順調そのものだった。
ただひとつ問題があるとすれば、彼も朝日も方向音痴だった、という所だろう。
「まぁ、どうにかなるさ。これなんかどう思う?美味しそうなキノコだろ?」
「あー!エルダーさん!それ毒キノコだよ!ダメダメ!」
「む!そうなのか。やはり朝日がいて良かったな!」
この調子で何でも口に運ぼうとするのだから目が離せない。朝日は僕がしっかりしなくては、と強く意気込むのだった。
「中々見つからないなぁ」
「これはどうだ?言ってた通りギザギザした葉だぞ?」
「全然違うよ、それはナナシ草って言って何処にでも生えてる草…」
「シッ…分かるな」
エルダーは人差し指を立て、ゆっくりと指を差す。朝日は静かに頷き、指示通りに身をかがめて近くの大きな木の根元に隠れる。
来る前に二人でした約束事。
魔物が現れたら慌てず騒がず、直ぐに身を屈めて近くの木の根元に隠れること。
採取場所は高ランクモンスターが徘徊しているとても危険度の高い森。アイラが了承するのか少し不安だった朝日はギルドを訪れるなり、何を言われてもいいように身構えていたのだが、アイラが何も言わずに送り出したので拍子抜けしてしまった。
ただその理由はすぐに分かった。
そう、彼がいたからだ。
詳しくは説明してもらえなかったのだが、彼はその界隈でかなり有名な人物らしい。
「よし、いい子だ」
「強いやつだった?」
「大したことはないぞ?」
彼はさっきからそう言いながらあっさりと何匹も魔物を倒しているのだが、朝日は“回収”しているのでその魔物がどんなに強くて恐ろしい魔物なのか知っている。
ただ、彼がそれを隠すので朝日は知らないフリをしているだけのこと。
「ごめんね、エルダーさん。やっぱりメテロの実だけまだ見つかんないや」
「気にするな。俺は四日くらいかかるつもりで来てたからな。寧ろ初日で二つも見つかるとは思ってなかった!」
「そうなの?」
“回収”でこれまで受けた依頼の採取物を半日以内には見つけていた朝日は何日もかけての依頼はララットの件以来だった。
冒険者なら良くある野宿も冒険者になってからは未だに経験していない。
元々森での生活は長かったので特に嫌悪感はないし、寧ろやってみたいと思っていたが、依頼を達成したのにわざわざやる必要もなかっただけで避けていたわけではない。
「そろそろ野営地を探すか」
「どんな所がいいの?」
「そうだな…。俺は特にこだわりとかないが、一般的には少し開けた見通しのいい場所だろうな」
「この森だと難しそうだね」
見渡す限りが大木の森。木が邪魔して見晴らしが良いとはお世辞にも言えないし、その木の根のせいで歩くのも困難なほどに地面がボコボコしている。
その地面も日が中々入って来ないのでしっとりしていて少し座っただけでお尻が濡れてしまうほどで、乾いた木を探すのも一苦労しそうだし、見つけても地面が濡れているので火も起こしにくいだろう。
野営地としては災厄の場所だ。
「もう少し進んでみよう。微かにだが、水の音がする」
「湖かな?」
「どうだろうな。川とかなら有難いのだが」
「川?どうして?」
「川沿いに進めば、いずれ何処かには出るだろ?」
「そうなんだ」
大きな迷子二人は割と呑気に話しているが、この森での迷子は通常ならかなり危険だ。大型の魔物も多く、自生している植物も危険な物ばかり。
常に木に囲まれていて死角も多いので安全地帯も少ない。
「おー、中々綺麗な川だな。これなら飲めそうだ」
「冷たくて気持ちいい」
「朝日には中々辛い道のりだっただろ。汗を流しても良いぞ」
「うん!」
「今日はこの辺りで野営しよう。俺は周りを確認してくる」
「分かった!」
朝日はいそいそと服を脱ぎ、岩影に綺麗に畳んで置く。ポシェットからタオルを取り出して体に巻く。
冷たい水にいきなり飛び込むのは出来ないので、両手で水を掬い上げで顔を濡らす。
「気持ちい」
見回りをしてくれているエルダーに悪いので、流れが緩やかそうな大岩の傍からゆっくりと浸かる。
ささっと頭を水につけて濯ぐ。ひんやりとした水が全身を冷やしてくれてそれだけでとてもスッキリ出来た。
「ご飯の準備しておこう」
川から上がった朝日はポシェットからオルフェに貰った小さめの鍋を出す。ポーション作り用の鍋なので壺のような見た目だが、スープを作るくらいなら丁度良いだろう。
川の水はまだ水質が分からないので、持ってきた水袋から注ぐ。
河原に落ちている木と枯れ草を拾い集めて簡単に石を積み上げて作った囲いに入れる。
ポーション作りで培った生活魔法は此処でも生きてくる。
「ファイア」
小さな火種を枯れ草に移して、息を吹き入れる。大きくなっていく火が木に燃えて移るまで息を吹きかけながら見守る。
火が安定してきたら鍋を上に乗せて水を温める。
小さなコップをポシェットから2つ取り出し、そこに薬草でもあるエーテル草を乾燥させたものを程よい大きさにカットした布に包み沸いたお湯を注ぐ。
「夕飯の準備か?」
「うん、まずは一息着こうと思ってお茶を入れたよ」
「気がきくなぁ」
朝日から差し出されたコップを受け取るとエルダーは一口啜り、大きく息を吐いた。
日が傾き始めた森には冷たい風が吹き抜ける。肌を撫でる風は二人の体温を奪っていた。
「あったまるなぁ」
「うん、寒い所で飲むお茶っていつもより美味しい気がするね」
ふー、と吐く息が白い。
夜の森はかなり冷え込みそうだ。やはりスープなどで身体を温めた方が良いだろう。
そうと決まれば、スープの仕込みも始める。これも薬術用のすり鉢だが、スープ作りには最適だ。お気に入りの甘味の強いさつまいもの様な味わいの芋、シュガットを適当な大きさに切って残っていた沸騰したお湯に入れる。シュガットに火が入るまでの間に森を歩きながら“回収”していたキノコも食べやすい様にカットして、丁寧にナイフで皮を穿いて尖らせた木の棒に突き刺す。
「さっき、そこで仕留めてきたこれも使うか?」
「…鳥?ウサギ?」
「何だろうな!ハハハ!」
エルダーは簡単に血抜きをするために足に縄をかけて近くの木に吊るされている真っ白で丸々としたものに指をさす。よく見ると背中には天使の羽のようなものが生えていて、長いの耳を垂れ下けている。
鳥のような、ウサギの様なよく分からない生き物。本人もその生き物が何なのか分かっていない様で分からないと笑い飛ばす。
「何か…可哀想…」
「森はな、弱肉強食の世界だ。狩る者がいれば狩られる者が必ずいる。コイツは俺に狩られた。そして俺は狩った者としてその命を大切に戴くのさ」
「…うん」
「美味しく調理してやってくれ」
「うん」
焚き火が消えない様に木をくべながら、血抜きが終わった肉を食べやすい大きさにカットして、キノコと一緒刺す。それを焚き火の周りに並べて焼いて行く。
「可哀想だけど…良い匂いだね」
「美味しく頂かないとな」
「うん…」
物悲しい雰囲気と漂ってくる良い匂いが朝日を感傷に浸らせた。
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