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第三章
暗躍
しおりを挟むまだ日が落ち切っていない夕刻前の割と静かで穏やかな時間。
今日はセシルの邸宅から帰ってきた後、ギルドでアイラに勧められた採取依頼を受けた後、その足でララットの所へ向かい、気付け薬の作り方を教わり、宿屋へ戻ってきた。
勉強熱心な朝日は夕食の時間前までのちょっとした時間で今日の復習を、と自室にて先程習ったばかりの気付け薬の調合練習やこれまで習ったポーションなどの復習をしていた。
「エーテルを…マーテルと混ぜてから火にかけて…」
ぶつぶつ、と呪文でも唱えるかのように工程を確認しながらの作業。その表情はまるで劇薬を作る悪者のよう。
「気付け薬の準備もしておこうかな…」
念仏のお陰かは知らないが、テキパキと作業をこなしていく。これが案外様になっている。楽しいのか鼻歌まで出てくる。部屋の外にこの声が漏れていなければいいのだが。
「えーと、まずはクーコの実を種と実にわけて、実は良くすり潰して、種は割って中身を取り出す…と」
ーーーカーンッ
部屋に中々の高音が響き渡る。
種はとても硬い、と注意書きが必要そうだと自身で作ったレシピノートに書き入れる。
「朝日様、い、今の音は一体っ!?」
「すみません!クーコが硬くて…」
「クーコ?少し宜しいでしょうか?」
「はい…?」
失礼します、と部屋に入ってきたのは良く朝日に声をかけてくれる宿屋の従業員。先日、セシルからの招待状を持ってきてくれた人だ。
「あぁ、そう言うことですね。クーコの種は此処に硬いですが、つなぎ目があるんです。そこに刃を当てて軽く押し込めんで少し捻れば…」
「真っ二つだ!」
「はい、この通り真っ二つです」
「ありがとうございます」
「いえ、頑張って下さい」
「はい!」
途中、手助けもありながらも作業は進む。
「種からだした実はさっきすり潰したものに絞って合わせる…と。ウェーバーの葉で軽く巻いて…少し乾燥させてから小さく切りわけて丸めれば…気付け丸薬に…この作業が一番大変だなぁ…」
出来たものを棒状に伸ばしてウェーバーの葉で包む。ウェーバーは水分を吸収する作用があるから早く乾く。それを何個か作ったら、初めの方に巻いたウェーバーの葉をとってナイフで小さく切り分ける。切り分けたものをクルクルと指先で丸めると、小指の先ほどの丸薬が出来上がる。
全てを丸めるのは中々に一苦労だ、と薬師の見えない努力を知った朝日は思わず言葉を漏らした。
「んー、でも…やっぱり道具が足りないや…」
薬草や魔物素材に関しては能力故に困ることは一切なかったが、道具に関しては通用せず。度々お店を巡り探し回っては見たものの納得のいく道具を見つけられないでいた。
これからも薬作りを続けるのなら
「まだ少し時間もあるし…」
夜は大分肌寒くなってきた。
手頃な上着を手に取り部屋を後にする。
「朝日様、どちらへ?」
「ちょっと買い物に行ってきます」
「今日はマットハート様とご夕食のお約束があると伺っておりますが…」
「それまでには戻ります!」
「かしこまりました」
宿の扉を開けながら朝日は口早に呼び止めた男にそういうと宿を出て行った。
道具屋などが集まる商店街は此処からは少しだけ遠い。貴族街寄りの宿屋から朝日の足だとそこまでには15分くらいだろうか。
なので、約束の時間までに戻る為にその足はいつもよりも少し速く動いていた。
「こんにちは…」
「また来たのかい?まだ入荷してないんだよなぁ」
「そうですか…とりあえず間に合わせでも良いので小さめのトレーと瓶を3個程。鍋はまた今度にします」
「はいよ」
そう言うと道具屋の主人は重い腰を上げて朝日の注文の品を取りに店の裏へと入って行く。
朝日は此処に足繁く通っている。店主の愛想は悪いが割と良質な商品が良心的な価格で販売されているからだ。紹介してくれたのはメイリーン。あの冒険者ギルドお抱えのエターナルライセンス保持者の薬師だ。
「何かお探しなのかな?」
「…あれ?魔法屋のお爺さん?」
「君はゼノ君と一緒に来てくれた子だね」
古びた店構えだが、かなり種類が揃っている隠れた名店。魔法屋は店主自身に魔法の腕がなければ成り立たない仕事なので、あれほどの店ならさぞ繁盛しているのだろうと思っていた朝日だったが、その辺を通る度に店が閉まっていたので、中々寄ることも出来ないでいた。本当に隠れた名店なのだろう。
あの日はとても運が良かったようだ。
「お久しぶりです。その節はお世話になりました」
「いえいえ、此方こそだよ。久しぶりに店を開けたら可愛いお客さんが来てくれて思わずおまけをしてしまったよ」
「お爺さんも買い物ですか?」
「そうだよ。君は何か探しているようだね」
「はい。僕、最近薬術を学び始めたんです。始めたばかりで道具が全然揃ってなくて、集めているところで」
あの時にも感じた威厳たっぷりなお爺さんに物怖じもせず会話をする朝日は中々の大物だ。
側にいた黒髪で目の下の隈を隠すように眼鏡をかけた少し窶れた様子の男が朝日を見つめているがそれすら気にしない。
「店に使ってない道具があるよ。良ければ待っていかんかね?処分に困っていたんだ」
「へい…オルフェ様。そんな時間はないですよ」
「何、気にするな。この子は私の大切な可愛いお客さんだからね」
「僕は嬉しいです…けど…」
「鍋もあるよ」
パチッ、と愛嬌たっぷりのウィンクをかましたオルフェと呼ばれた彼に朝日は笑顔でお礼を言う。
その後店の奥から戻ってきた店主に商品のお代を渡した朝日は二人ともに老人の営む魔法屋へ向かう。
「この辺のならどれでも持って行ってくれて構わないよ」
「鍋だけでも沢山ありますね」
「選べないなら好きな物を二、三個持っていきなさい。私はもう使わないからね」
「へい…オルフェ様…その鍋は…国、ほ…ぅ…」
「こく?」
「いや、何でもないんだよ。気にせず何でも持っていきなさい」
たわたわと暴れる黒髪の従者らしき男性を老人は簡単に押さえ付ける。
「…うん」
「これなんてどうだい?」
黒髪の男から威圧感たっぷりの視線を貰った朝日は彼の顔色を伺いながら物を選ぶ。次々と物を勧めてくるオルフェは押し付けるように朝日に物を渡すが、朝日は黒髪の男の顔色を伺い、彼が首を大きく振るとそのまま地面に置き、大きく頷くとお気に入りのポシェットへ押し込む。
「マジックポーチかい?良い物を持っているようだ」
「はい、僕これがないと生きていけません」
楽しそうに話す二人は宛らお爺ちゃんと孫のようだった。
「今日は沢山譲って頂いてありがとうございました」
「カイルが急かさなかったらもっとゆっくり選ばせてあげれたのだがね」
「カイルさんもアドバイスありがとうございました」
「い、いえ…」
しっかりとお辞儀をしてお礼を言う朝日にカイルは戸惑ったように返事をした。
「君には是非、また会いたいね」
「そう言って頂けて嬉しいです」
「気をつけて帰りなさい」
「お気を付けて」
「はい、さようなら」
二人と別れた後、日が沈みかけている大通りを行きよりも更に足早に歩く。約束の時間までには何としても宿屋に戻りたい。
忙しい合間を縫って食事に誘ってくれるエライアスを待たせるわけにはいかない。彼との食事はとても楽しく心地よい時間だ。それが無くなってしまうのは絶対に嫌だった。
頭の中はその事で一杯で二人の事を思い出すのは暫くした頃の事だった。
「戻りました!」
「一度お部屋にお戻りになられますか?」
宿屋に着くと、広いロビーの待合席にエライアスの姿が見えた。ギリギリ約束には間に合ったが、急いでいたせいか髪や服が大変乱れてしまっていて、この豪華な宿屋の食堂には明らかに似つかわしくないだろう、と困ったような視線を向ける。
「今日はお忙しかったんですね」
「その、ごめんなさい…お買い物が少し長引いてしまって…」
自分が言った言葉が言い訳のように聞こえて、言葉尻を濁す。
「朝日くんは約束通りにいらっしゃいましたよ。そんなお顔されないで下さい。君には笑顔が一番です」
落ち込む朝日にエライアスは微笑み、何も気にしてない、そう伝えるように彼は朝日の乱れた髪や服を軽く整えてくれる。
「これで大丈夫ですよ」
「エライアスさん、ありがとうございます」
優しく落とされた言葉に朝日は申し訳なさそうにもう一度だけ謝る。
「そう言えば、いつもの彼が今日は朝日くんが好きなラグーンスープがあると言っておりました」
「はい!たのしみです!」
優しいエライアスの気遣いもあり、二人は楽しそうに食堂へ消えていった。
日も沈みかかってきた頃、執務室に小さな影が落とされた。
「珍しいな」
「ご主人、ただ今戻りました」
「何かあったのか」
常に冷静沈着、完全無欠の無表情双子の片割れが珍しく額に汗を滲ませている。取り乱している、と言うほどではないが、明らかにいつもとは様子が違う。
「接触しました」
「…思ったより早かったな」
「ただ、少し事情は違うようです」
「宰相は?」
「いえ、お付きのカイルだけのようです」
セシルは椅子に全身を預けると顎に手を当て少し考えるような素振りをする。
ーーーコンコンッ
「ご主人様、ご報告が御座います」
「入れ」
「失礼…お取り込みの所申し訳ありません」
「トルニアン、右足の少し引きずる癖。治ってないわよ」
「申し訳ありません」
トルニアンという若い青年が入ってきた瞬間に厳しい指摘が入る。暗殺者稼業は小さな音すら命取りになりかねない、常に危険が付き纏う仕事。ましてや、このハイゼンベルク伯爵家に仕える者ならば尚のこと。
「トルニアン、報告を」
「はっ。尋問の末、やはり奴は偶々飲みの席で聞きつけただけのようです。今回の件と聖剣は別の話かと」
「きちんとやったんだろうな」
「はい。爪を剥いでも泣き叫ぶだけで何も喋りません」
「爪?」
「トルニアン、甘いわ。奴は朝日くんを拉致したのよ?四肢を切り落としても足りないわ」
「…」
「…まぁ、良い。もうあの程度の小者に使い道はない。魔物の件はもう一人から聞くことにしよう」
トルニアンは双子と同じく無表情を貫くが、流石に言葉にならないようだ。既に両足を使い物にならない程潰されている男の四肢を切り落とせ、というのだ。無理もない話だろう。
「…畏まりました」
その言葉と共に綺麗なお辞儀をした青年はそのまま音もなく部屋を出て行った。
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