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第三章

聖剣の所有者

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 頬を柔らかな毛が擽ぐる。
 いつもより強い温もりとしっかりとした重みが身体にのし掛かっているのに何故か心地が良い。

「…?」

 目の前には惚けてしまうほどに美しい顔。
 素直にいつまでも見ていたいと思ってしまう。
 寝ているのに朝日をしっかりと抱きしめていて、それに少しだけくすぐったさを感じつつも、もぞもぞと温もりを求めて進む。

「ふふふ、おはよう」

「セシルさん、おはよ」

「良く寝れた?」

「うん、人生で一番よく寝れた気がする」

「それは良かった」

 まだ眠たいのか、セシルは目を開かないまま微笑みつつも朝日を引き寄せるように腕に力を入れる。まだ二人でこの温もりいっぱいの布団の中でゆっくりしていたい。
 朝日のふわふわの毛が顔を埋める為にもぞもぞと動くのでセシルの頬を擽っている。ふわふわと揺れるたびにほのかに甘い香りが漂ってきて、思わずそこに顔を埋めた。

「今日の僕はセシルさんとおんなじ匂いなんだよね?」

「うん、おんなじ匂いだね」

 布団の中で笑い合う二人を見ている人が一人。

「お二人ともイチャついているところ悪いのですが」

「んあれ?ユリウスさん、ですか?おはようございます」

「はい、私です。おはよう御座います」

 セシルの腕に阻まれて起き上がることのできない朝日はその声の主の姿を確認することは出来ない。だからといって朝日もその腕に反抗することはなく、なされるがままにしているとその声の主は問いかけに返事をしてくれた。
 肯定されて安心していると、上から優しい問いかけが降ってくる。

「朝日君は昨日の夜の事は覚えてないのかな?」

「昨日の夜??」

「気にしなくて良いよ」

 問いかけの意味がわからない朝日はその顔を伺うように胸元から顔を上げるが、見えたのは顎の辺りだけで確認はできなかった。
 そんな時にふと耳にシャキンッ、と金属と何かがぶつかる音が聞こえてきた。
 ユリウスのものだろうか、小さな足音も近づいてくる。その音に合わせてセシルに背を向ける形になるよう身体をもぞもぞと動かす。それに関してはセシルも邪魔をするつもりはないようだ。

「朝日君にお話があり、参りました」

「お話しですか?」

「君に返さないとならない物です」

「…ユリウスさん」

「はい…?」

「凄く…カッコイイ…です」

「…」

 白銀の刀身と綺麗な宝石が散りばめられた剣。部屋に差し込む陽光が時折カーテンに揺れて剣を撫でて、きらりと輝かせている。その輝きはまるで装飾品用途で豪華絢爛が売りの剣かのようにも見える。勿論本当に美しいだけで本物の剣だ。
 そんな剣を手にしているのにその剣に負けないほどに朝から光り輝いているユリウスを見つめて目を輝かせる朝日。

「ユリウスさんにあげます」

「…あげる、ですか?」

「その剣はユリウスさんにしか似合わないんじゃないかな?ね?セシルさん?」

「そうかも知れませんね」

 背を向けているセシルの表情は確認できないが、同意した言葉とは裏腹に少し強くなった腕の力に朝日はクスリと笑う。

「セシルさんはシンプルな方が似合いそう。刀身は振り回せるくらい細めで軽くて柄の部分はプラチナゴールドのレイピア!それか通常より少しだけ刃渡りが長い短刀でとにかく切れ味の良さをこだわって…」

「そっちのほうが私の好みかな」

「やっぱり!」

 静かに二人の会話を聞いていたユリウスだが、明らかに砕けた二人の雰囲気に少し心が騒めく。
 完全に空気のように扱われているユリウスは小さくため息をついて鞘に剣を納める。

「私にはこの剣は受け取れません」

「どうしてですか?」

 相変わらず朝日を後ろから優しく抱きしめているセシルからも同じくどうして、と言いたげな視線を貰ったユリウスは仕方がない、と口を開く。

「この剣は選ばれたものしか扱えないのです。君がこの剣に選ばれたというのは剣を見れば分かります。似合う似合わないの問題ではないのです」

「…そっか、どうしよう」

 この剣を持つ、と言うことの意味をきちんと説明しなければならない。
 この選ばれたものにしか扱うことの出来ない聖剣は誰かに譲る、とかそんな軽い扱いをして良いものではないのは当然のこと。
 誰もが喉から手が出るほど欲しがる代物でそれを持っているだけで伯爵位、いやそれ以上の権威に相当すると言うことも理解させた方がいいかも知れない。
 ただそれ以上にもっと大切な事がある。

「この世界には聖剣、と呼ばれる剣が3本あります。その役割は世界を救うこと。大きな事を言っているように聞こえるかも知れませんが、現にうち一つはすでに所有者が存在しており、彼はこの国、フロンタニア王国を救いました。君の身近な人です」

「…?」

「ゼノの事だよ」

「ゼノさん?」

 ゼノが聖剣に対して全く興味を示さなかったのを思い出して少しその意味に納得する。

「もう一本は帝国に。そしてこの剣の所有者は長いこと見つからず、聖剣の丘にて長い時を過ごしましたが、君を選んだのです。この意味が分かりますか?」

「…僕が?でも重すぎて持つことも出来ないのに…」

「団長。朝日君が今まで通りその剣を持ってたら、また攫われるかも知れません」

「しかし…」

「では団長が預かる、という事で如何ですか?」

「…仕方があるまい」

 楽しそうに笑い合う二人はうまく押し付けれた、とでも言いたいのだろうか。
 
「でも聖剣、元に戻ってるね」

「元に?」

「うん、僕ね?あの時、傭兵さんに一回渡したんだ。そしたらボロボロの錆びた使い物にならない鈍な剣になってて」

「元々、聖剣はそのような見た目ですよ?」

「え?僕が“回収”した時はきんぴかだったよ?」

「聖剣が選ばれた物しか扱えない、というのはそういうことなのです」

「じゃあ!ユリウスさんに渡して大丈夫だよね!ボロボロになってないもん」

 確かに、所有者が朝日のままだからかと思っていたが、ユリウスに渡った今もその姿は変わらず美しい聖剣のまま。

「何故…」

「その剣はユリウスさんにしか扱えないからです。肌身離さず待っててくださいね」

「…」

 そう言い切る朝日の表情は真剣で決して冗談でもお世辞でもなく、本気でそう思っているのだと伝わってきた。 

「何が、どうなっているんだ…?」

「おっはよーございまーす!坊っちゃん!朝ごはんですよ~!…って、あれ?お皆さん、取り込み中でしたか?」

「いや、終わった所だ。今行くから準備しておいてくれ」

「はい!ご主人様!」

 落ち着きのない料理人、ラムラによって一変した空気に思わず吹き出す朝日はとても楽しそうで、二人も仕方がない、と呆れつつも優しい笑顔を朝日に向ける。
 甲斐甲斐しく朝日の世話を焼くセシルを尻目にユリウスは預かったばかりの聖剣に視線を向けていた。


「坊っちゃん!今日は教えてもらえたこーんすーぷ、に挑戦しました!」

「え!コーンスープ?凄い!楽しみだよ、ラムラさん!」

「なになに?朝日君のスープ?」

「うん!セシルさん、スープ好きでしょ?黄色でね、甘くて美味しんだ!僕も一回だけ食べたことあるんだ!」

「楽しみです」

 ラムラは得意げな表情で押してきたワゴンに乗った鍋からその場で真っ白で美しい曲線の浅めの器へスープを盛る。
 この世界でいうスープとは塩味のついたお湯のようなものが多く、透き通っていないスープを初めて見た二人は驚きで本当に食べ物なのか、とラムラに怪訝な表情を向ける。

「凄いよ!ラムラさん!本当にコーンスープだ!美味しい…!」

「料理人ラムラ、本気を出させて頂きました!」

 興奮気味の朝日の笑顔を見て二人はゴクリ、と喉を鳴らす。意を決して一口だけ黄色い液体を掬い上げゆっくりと口元へ運ぶ。

「…甘い」
「美味しい…」

「ね!美味しいよね!ラムラさん!おかわり!」

「はいはい!どんどん食べてくださいね!沢山食べないと大きくなれませんよ?」

「うん!」

 いつも静かな伯爵家の食堂に今日はとても和やかで楽しげな笑い声が響いて、使用人達も穏やかな表情でその光景を目に焼き付けていた。



「坊っちゃんまた来てくださいねぇ~!今度はオムトルカ作りましょうね!」

「うん!」

 朝食を終えた朝日はハイゼンベルク家の馬車で屋敷を後する。名残惜しそうな表情の朝日にお見送りにきたユリウスやクロム、ラムラ達使用人はまた来て欲しいと口々に朝日に言い、朝日はそれに嬉しそうに返事をしていた。

「相変わらず可愛いわ」

「貴方もやる気が満ちているようで何よりね」

「あの子の為なら、俺は何だって出来る」

「そう。頑張りなさい」

「ほら、休憩は終わりよ」

「あぁ」

 少し遠くの方からその様子を見ていた男は背を向けて歩き出す。強く握られた木刀がミシッと小さな悲鳴を上げた。













 
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