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第三章
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しおりを挟む楽しい時間はあっという間で、セシルの膝に頬を寄せる朝日はリズミカルな寝息を溢している。
それに合わせて優しく背を撫でるセシルは実に優しい表情をしていた。
今日は本当にいい時間だった。
賑やかな食事に、ゆったりとした時間のピクニック、なんてことない話をしたお茶会に、寝る前にベッドの上でのささやかな会話。
仕事をしていない時間がこんなにも幸せだったなんて知らなかった。いや、彼が居なかったら正直言ってこんなにも楽しくはなかっただろう。
割とユリウスみたいに素直になれないと思っていたが、変わるのは早かった。まぁ、恥ずかしげもなく彼へ順応出来たのには自身でも少し驚いたが。
とにかく自身の感情を認めてからは何とも生きやすくなった。何故皆が私の対応や態度について非難するのかもよくわかった。
まぁ、変えようとは思わないが。
「寝たのか」
「えぇ、先程」
そんな優しい表情にまるで怖いものでも見たかのように険しい表情を向けるユリウスにセシルはその優しい表情のまま、彼を起こさないように少し声を顰めて答える。
「セシル。何故、あんな事をした」
「あれはあれで使い道があるんです」
セシルは怪訝な表情で見てくるユリウスに少し面倒臭そうに答える。セシルがこの様な態度を取るのはユリウスとクリス、そしてクロムにだけ、という事だけは確かだ。
「使い道?相当面倒な事になっていたぞ。お前は私を慕っていない、とか。命令だったのだから仕方がない、とか」
「あれはあの性格ですから、王にとても気に入られてるんです。まぁ、団を私物化して我が儘ばかりしている我々とは扱いが違うのは分かるでしょ?」
「…私が悪いのか」
「いえいえ!私はそんな事は言ってませんよ。貴方には貴方のやり方が。私には私のやり方があって、私達はその利害が一致したのです。満足しておりますよ」
罰の悪そうにいうユリウスに一切表情を変える事なくそういうセシルだったが、内心は笑い転げているだろう。
「まぁ、殿下からの命令もあったのですがね」
「…殿下か」
「だから、奴の好きそうな物語にしてあげたんです」
「…まぁ、確かに奴の好きそうな話だったな」
「言う事聞いてくれるのならば、なんぼでも面白おかしい物語でも、悲しげな話でも、同情話でもなんでも作ってあげますよ」
腹黒い発言なのだろうが、ユリウスが気にする訳もない。団を取り仕切るのがセシルが役割で、実働隊として現場の指揮を取るのがユリウスの役目だと、お互い理解しているからだ。
「それで奴は納得したのか?」
「えぇ、彼は朝日君には絶大な信頼を寄せてますからね。私が彼に嘘の話をするなんて思いもしないでしょうね」
「だか、あぁ言うことに朝日を使うのは正直反対だ」
「そうですね。それには私も反省してますよ」
「今日はやけに素直だな」
ユリウスは近くにあった椅子を自身に寄せて座る。我が物顔でそうするユリウスだか、セシルも特に気にしていないようだ。
「今日は本当に楽しかったんです。今はまるで自分じゃない誰かになった気分です」
「それは…良かったな」
「羨ましいですか?」
「…」
少し戸惑うように言ったユリウスにふふふ、とセシルは笑う。その表情の豊かさにユリウスは再び怪訝な表情を向ける。
「貴方が隣の部屋に隠れていることは分かってましたから」
「分かってて、あんな事してたのか?」
「まぁそうですね。そして、王が貴方を迎えに行くようにトリニファーを遣わせることも想定していました」
「本当、お前は食えねぇ奴だな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
まぁいい、と言葉を切ったユリウスにセシルは姿勢を正す。此処からが本題だ、と言うとこなのだろう。口調だけではなく、雰囲気も重いものに変わる。
「少々厄介な事になった」
「今日の呼び出しの件ですか?」
「あぁ」
ユリウスが言うのならそれはかなり厄介なことなのだろう。まぁ、それもセシルの想像の範囲内ではあるが。
「それでいつになったんです?」
「…とりあえずは断った」
「どうやって…」
「…いや、まぁ、な」
歯切れの悪い返事をした辺りから見て、単純に無言で謁見室逃げ出した、と見て間違い無いだろう。面倒になるとすぐそうする。
彼の立場が団長で尚且つ上流階級だったとしても普通は許される事では無いのだが、状況が状況だ。とりあえず咎められる事はないだろう。
だがしかし…。
「どうでも良いですけど、嫌なら早く適当に見繕えば良いじゃないですか」
「お前…自分は免れたからと油断してると俺の二の前になるぞ」
「私は問題はありません。家は妹が継いでますし、いざとなったら適当に言って逃げますので。とにかく朝日君のために頑張ってくださいね」
「…分かっている」
はぁ、とため息を吐くユリウスはピクリと小さく身体を揺らして動きを止める。
「ユリウスさん」
「…おはよう御座います」
「…ぼく、おじゃまでしたか?」
朝日がセシルの膝の上に寝そべったまま目を開けている事にユリウスは気付いてしまったのだ。
ただまだ寝起きだった様で敬語ではあるが少し言い方が幼い。
「邪魔など思っておりませんよ」
「ユリウスさんはぁ…」
「何でしょう」
「まだダメなんですね…」
セシルは朝日が何を言いたいのか察して猫の様に膝の上で寝そべったままの朝日の頭を優しく撫でる。
「朝日君、この人の事は気にしないでいいよ」
「…ぼく、ユリウスさんのこと…」
そのあまりに優しい手から伝わる暖かさに朝日はまた目をとろんとさせて再びゆっくりと瞼を閉じる。
「…寝たのか?」
「はい、寝ましたね」
セシルはスースー、と可愛い寝息を立てる朝日の顔を見て確認する。
「もう、止めれば良いんですよ」
「何をだ、全く分からない」
「分からないならこのままずっと朝日君と仲良くなれないだけなんで。私はその方が有難いのでもうアドバイスはしません」
「分からないなら、ってなぁ…」
何かを考える様に宙を見上げるユリウスをセシルは完全に無視して朝日の頭を撫で続ける。
「朝日君は今日初めてピクニックをしたそうです」
「いきなり何の話だ」
「あ、話すのお嫌でしたらお帰りになられては?貴方は普通に入って来ましたが、此処一応私の私室なんですよ?同性と言えど、部下と言えど節度と気遣いくらいは一応、守って欲しいところですね」
「…ピクニックがどうした」
「朝日君はピクニックが初めてだったようです。サンドウィッチという食べ物を作ってくれました。夕食に出した普通の小さなケーキを誕生日ケーキと勘違いしたんです。お泊まり会も好きで私が出した招待状を馬車で読み返していたぐらいに。さっきなんかずっと起きてたいってちょっと駄々を捏ねました。そして寝顔が可愛いです」
珍しく饒舌に語るセシルを訝しげにユリウスは見る。文句を言う時や嫌味を言う時は早口で相手を捲し立て再起不能にまで叩きのめすこともあるが、こんなにも穏やかにゆっくり今日あったことを楽しそうに思い出して話すような奴じゃない。
ましてや可愛い、など彼の口から聞いたのは初めてだった。
「この子が少しずつ変わっていったら、私も少しずつ変わってしまうのは仕方のない事だと思います」
「何が言いたい」
「貴方がさっきから感じてる事ですよ。私が笑ったり、優しく誰かの頭を撫でたり、こうして貴方に今日の出来事を語ったり、世間話をしたり、変だと思うのでしょう?」
「彼の…朝日君のお陰でお前が変わったからだと言いたいのか」
「えぇ。私も初めは気付かなかったのですが、受け入れたらこんなもんです。確かに他の相手にこんな事は今後も絶対にしないでしょう。彼にだけ、ではありますがこんなにも穏やかな気分に自分がなるなんて思ってもいなかったんです」
セシルが言いたいことは理解できる。出来るが納得は出来ない。彼の何がセシルを変えたのか、と疑問はまだ多いままだ。
「彼の何がそうさせる」
「何が…そうですね、何なんでしょうか?」
「分からないのか」
「分からないのではなく、説明出来ない、って感じでしょうか?」
「余計に分からないな」
「そうかも知れませんね」
そこからは暫く無言の時間があった。
何を言うわけでもないが、ただ寝ているだけの朝日の動向をずっと二人は見ていた。
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