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第三章
食べたい物
しおりを挟む「朝日くん、食べてみたいものとかありますか?」
「食べてみたいもの…?」
「実はこんな物を用意してみたんです」
白日の騎士団本部を出た二人は揃ってハイゼンベルク家の屋敷へ向かう。同じ貴族街にある本部と屋敷は程近く、お腹が鳴ってしまった朝日に屋敷に着いて早々にセシルそう聞いた。
「わぁ!お店みたい!」
「ここから選んだ物何でもお出ししますよ」
「この、ピヨットってどんな料理ですか?」
「ピヨットはとてもジューシーな鳥肉料理です。石窯で皮目をパリパリになるまで焼き、中はふっくらジューシーなシンプルな料理です」
「鶏肉のステーキみたいな感じなんですね」
「…?」
クロムの説明に朝日はふむふむ、と小さく唸りつつ
も少し残念な表情をしたように彼は感じた。
それに気付いたのはセシルも同じだったようで朝日の頭を優しく撫でつつ、覗き込むようにして呟く。
「朝日君、ここに書いてない物でも良いんですよ。君の食べたい物を食べましょう」
セシルのあまりに優しげな表情とその手つきに後ろで控えていた使用人達全員が思わず自身の目を疑う。
目を擦る者、目を大きく見開く者、頬をつねってみる者。
「実は…僕、唐揚げが食べたいんです」
「“カラアゲ”…?」
「部屋を出たら一番初めに食べたいって思ってたんだけど、ここにはなくて」
部屋を出たら…、その言葉に二人は思わず表情を歪ませる。朝日が特殊な環境で育ってきたのだと、気が付いている二人だからこそ、その発言の意味がとても良くないことなのだと理解した。
「朝日様!その“カラアゲ”と言う物!是非私に作らせてください!」
そんな中、一人興奮気味に前へ胸を張って歩いてきた男はビシッと手を挙げて申し出る。
「お兄さんは、唐揚げ…作れるの?」
「…その、私はラムラ、と申します。私は世界各国を巡り…ありとあらゆる沢山の料理を見て、食べて、作ってきました。が…それでも“カラアゲ”なる料理は初めて聞きました。…しかし!どんな物なのか教えて下さればその知識を使って必ず再現して見せましょう!」
「本当!?ラムラさん、あのね?醤油とかお塩とかニンニクとかいろんなので味付けした鶏肉の周りに茶色い衣がついてるんだ。唐揚げは美味しいんだよ!…その、僕は食べた事ないんだけども」
「しょうゆ、にんにく…茶色い衣…」
「油で揚げるんだ!」
「あ、あぶら!?」
セシルとクロムの視線に気付く事なく、朝日は楽しげに、料理人の男は険しい顔をして話し込む。
「その…しょうゆ、というものの味が想像出来ませんね…。確かにダイズという物に近い食材は存在しますが…それを醗酵させる…となると…」
「しょうゆの味は分かります!僕に調味料、見せてもらう事出来ますか?」
「えぇ!勿論です!是非厨房に…」
ーーーパンパンッ!
サクサクと話しが進む中、大きめに叩かれた手の音が広い食堂に響く。
「朝日君、今の所は取り敢えず昼食を取りましょう。さっき君のお腹は鳴いていたのを私は聞いてしまいましたから」
「…はい」
先程の出来事を思い出したように頬を少し赤く染める朝日にセシルは向き直り、良い子ですね、とまた頭を撫でる。
さっきまで自身の目を疑っていた使用人達も頬を染める朝日になら、あの冷徹なる主が落ちてしまっても仕方がないと理解した。
「唐揚げは必ず美味しいものを作りましょう。他にも我々の知らない料理を教えてくれたら私もラムラもとても嬉しいです」
「うん!」
元気よく返事をした朝日をセシルは優しい笑顔で見つめる。頬を緩ませる朝日に使用人一同メロメロなのは言うまでもない。
そしてそんな使用人達の行動に目に留まらないほどにセシルも朝日の一挙手一投足に目が離せなかった。
「これは主人の一番好きな料理です」
「ふふふ、セシルさんはスープが好きなんですね!」
「好きと言うほどでもないですよ」
「だって、クロムさん」
「朝日くん、照れてる主人は珍しいので見とくべきですよ」
「うん!」
クロムの無駄口を聞き流し視線を晒すセシルに朝日はスッと椅子から立ち上がるとセシルの頭に手を伸ばす。
「朝日君…?」
「セシルさん、クロムさんは虐めてる訳じゃないですからね?ぷい、しちゃ駄目ですよ?」
そう言ってセシルの頭を撫で終えるとまた少し高めの椅子に座って、クロムに勧められた料理を頼み始めた。
クロムは横目でセシルの様子を確認して微笑む。彼がこんなに目を丸くして固まっている姿はそれこそ貴重で今後見る機会もないだろう、と小さく微笑んだ。
「これ美味しいですね!セシルさん」
「…えぇ。好物ですから」
「僕も好きです!」
運ばれてきた料理を囲みながら笑い合う二人を周りは暖かい目で見守っていた。
「よーし!頑張るぞぉ!」
「朝日様!宜しくお願いします!」
白いコック服に着替えた朝日にラムラはビッシ、と閉塞立ちをしてまるで弟子にでもなったかのようだ。
「私も勉強させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「クロムさんは忙しいってメイドさんが言ってたけど…」
「どちらのメイドがそんな嘘を?後で訂正しておきますので名前は分かりますか?」
「うんん、僕の聞き間違いかも…!」
何か変な空気を察した朝日は言葉を濁しながらクロムに優しく微笑んでみせる。
朝日のそんな優しい行動に近くに控えていたメイド達は目を潤ませて感謝の念を送る。
「坊っちゃん!しょうゆ、なる物ですが!これなんかどうでしょうか?」
「うーん、これではないみたい」
そんな中空気を読まないラムラは二人のその会話は耳にも入っていなかったようで、真剣に黒っぽい調味料をかき集めていた。
「これはどうでしょうか?」
「しょうゆ、はしょっぱいんだ」
「しょっぱい…塩みたいな感じでしょうか?」
「うーん、お塩とはまたちょっと違うんだよね…」
さまざま調味料を指でちょん、と舐めては悩ましい表情になる朝日にクロムは少し心配そうに見つめる。
「これちょっと近いかも!」
「これは、中央の方に伝わる木から取れる油でココ油と言います」
「この少し赤黒い感じも似てると思う」
「そういえば!」
何かを思い出し高速で倉庫へ走っていくラムラに朝日は思わず身を逸らす。後ろで見守っていたクロムに支えられへへっ、と可愛く笑う朝日だったが、クロムは表情にこそ出さないが、ラムラの行動に相当頭にきていた。
「坊っちゃん!これです!このココ油が取れる木の実から出来たその名もミミ油!色は更に薄い茶色ですが、味は更に濃いのですよ!」
「あ!これ、しょうゆだ!凄いよ!ラムラさん、凄い!」
手を取り合って踊るように喜ぶ二人を見て、クロムはラムラを怒るのは少しにしよう、と怒りを治める。
まぁ、少しだけだが。
それを察しているメイド達が先ほどからプルプルと震えている事にも気付かない程に二人は興奮しきっている。
それからニンニクに似た木の実、リョウガに似た青い野菜も見つけて芳しい匂いが厨房に広がる。
「何とも食欲を誘う香りですね…」
「クロムさんもそう思う?」
「えぇ、主人は食が乏しい方でいつも大体決まった物しか召し上がりません。スープやパン、少量の肉と野菜ばかり。準備は楽ですがね」
「セシルさん、沢山残してたもんね」
「それは坊っちゃんもですよ。ラムラは悲しかったです」
「ごめんなさい…僕、今日朝ごはん沢山食べちゃったんだ」
朝日の食の細さはクロムも把握していた。双子姉妹からの報告を受ける度にやきもきしてしまう程に気にしてる事だった。
タレに肉を漬け込む間、やはり料理の話しで盛り上がっていた。
「そういえば、坊っちゃんは“カラアゲ”の他にも何か食べたいものはあるんですか?」
「うん、実は沢山あるの。オムライスでしょ?ハンバーグでしょ?グラタンに、パスタ、シチューも。本では沢山見てたんだけど…」
「朝日くんはいつもは何を召し上がってらっしゃったんですか?」
「いつもはお魚焼いたやつかお刺身、それにお味噌汁とご飯かな?」
「また、聞いたことのない料理が沢山…」
興味津々のラムラは目を輝かせて朝日を見つめる。自分の知らない新しい料理に出会える、料理人冥利に尽きる瞬間が今訪れているのだ。
「ラムラさん、小麦粉か片栗粉ってあるかな?」
「小麦粉はありますよ!麦はパンの材料ですから。でもカタクル?は聞いたことが無いですね…」
「押すとキュッってなるやつ何だけど…」
「あ!キュバル粉ですか!ありますよ!それをまぶせば良いんですね?」
「うん!」
「比率は…そうですね、あぶらに入れるのですから…2:3…いや、あぶらなら…1:1でも…」
「ラムラ、どちらもやってみれば宜しいのでは?毒見役は沢山いるのですから。この後朝日くんは主人とピクニックなのです。当たり遅くなるわけには行きませんよ」
「ピクニック…」
「はい、主人が庭に用意する様に言っておりました」
「僕、ピクニック初めてで…お作法とか、知らないの」
「朝日くんは作法など気にせずにお好きに振る舞われて下さい。此処には我々しか居ないのですから」
「うん!ありがとうクロムさん!」
「んじゃー!早速あぶらに入れちゃいますか!」
「ラムラさん!ゆっくりね、ゆっくりだよ!」
楽しそうな笑い声が厨房に響いていた。
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