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第三章
セシルの企み
しおりを挟む翌日。
いつも通りエライアスと朝食を共にした朝日。
食堂を出ると90度の見事なお辞儀を披露した二人の若い燕尾服の男達に声をかけられた。
「ヨウノ・アサヒ様、お待ちしておりました」
「…よろしくお願いします?」
若い男二人に朝日は促されるままに宿屋の裏路地に付けていた馬車へ向かう。
朝日は不用心に彼らについて行った訳ではない。彼らを疑う事なくついて行ったのは此処がハイゼンベルク家に紹介された宿だからだ。
エライアスに声をかけられた時もそうだったのだが、宿内で朝日に声を掛けようとすると宿側が一度間に入る。
それを知ってる朝日は宿側がもう既に確認を済ませたのだと知っているのだ。
「出発します」
「はい!宜しくお願いします!」
馬車はいつも通りに快適で、前日宿の食堂にて渡された封筒を朝日は綺麗に開ける。
昨夜も何度も何度も読み返したはずなのに、嬉しさから読み返さずにはいられなかった。
「…親愛なるヨウノ・アサヒ様へ…」
そこまで読むと朝日は途端に顔を上げて周りをキョロキョロと見渡して、もう一度手紙に目を向ける。
「…この度は晴れてよりお約束していたお泊まり会のご招待したく思い、筆を取らせていただきました…」
ただ、死角である真後ろの御者席の窓の存在に朝日は気付いておらず、声を出して招待状を読む朝日に御者席の二人はニコニコと嬉しそうにしていた。
「…明日、とても楽しみにしておりま…」
手紙を読み終わる前にゆっくりと速度を落とし始め、馬車の中が暗くなる。貴族門に差し掛かったのだ。
「…どちらまで…ってアサヒかっ!」
「うん!久しぶりだね、トーマスさん」
先日の件で貴族門の守衛達の間で大騒ぎになっていたとは知らない朝日は平然と挨拶する。
朝日の元気そうな様子に拍子抜けしたトーマスは早々と手続きを済ませて馬車を送り出す。
無事だったのならそれだけでも教えてくれたら、と小さな不満こそあれど、貴族、特に上流貴族のハイゼンベルク家に対して立場上何も言えない彼からすれば朝日の無事を確認できただけで満足だった。
「朝日君、いらっしゃっい」
「よー!元気だったかー?」
「お邪魔します、セシルさん、お久しぶりです、クリスさん」
馬車が到着したのは白日の騎士団本部。燕尾服に身を包んでいたのは白騎士達だったようで、挨拶時に気になっていたクロム達使用人と彼らの挨拶の角度の違いはそう言う事情だったのだと理解した。
「今日はユリウスさんはいらっしゃらないんですか?」
「団長は今、城に登城してんだ」
「そうなんですね…ご挨拶出来ず少し残念です」
「んじゃ、挨拶済んだし。俺は訓練に戻るわ」
クリスは後ろ手にひらひらと手を振りながら大きなあくびをしながら執務室を後にする。
それを見送るとセシルは朝日にも紅茶を淹れてくれた。それを一口紅茶を口に含むと微かな甘みが広がり、伏せていた目線を上げる。
視線を合わせたセシルは少し真剣な表情で何か言いたい事があるような、そんな少しの沈黙があった。
「朝日君ごめんね。本当は家に招くはずだったんだけど…少し仕事が残ってしまっててね」
「いえ!クリスさんにも会えましたし良かったで…す」
小さく微笑んだセシルのその顔がいつもと少し違うように感じ思わず言葉尻を濁す。
「朝日君は何か気になっている事はありませんか?」
「気になっている事ですか?」
朝日は質問を質問で返す。
曖昧な質問をするセシルは取って付けたような笑顔を見せる。
これが本来の彼であるのだが、朝日にはセシルに対してそのような印象はない。
「えぇ。何でも良いんですよ」
「ん~、と…」
だからその違和感にセシルが何かを聞いて欲しいのだと言う意味なのが直ぐに分かった。何を聞けばいいのかは分からないが。
ただ、心配はなかった。セシルの為人を知っている朝日からすれば、何を聞いても彼自身が聞いてほしい事へ上手く誘導してくれると分かっているのだ。
「僕は…セシルさんについて聞きたいです」
「私?」
「セシルさんは何で騎士になったんですか?」
「ふふふ、君は本当に良い子ですね」
首を傾げる朝日にいつも通り、美しいセシルは口元に手を寄せてお上品に笑う。
外からは相変わらず騎士達の掛け声が聞こえてきて静かとは言い難い執務室にはゆっくりとした時間が流れていた。
「私の家は少し変わっていて…クロムの昔の家業ご存知ですよね?」
「暗殺屋さん、ですよね?」
「とても可愛い表現ですね」
一呼吸置くように紅茶を手に取って、口を付けずにその透き通る琥珀色を見つけながら微笑みに表情を変える。
「その暗殺屋さんがハイゼンベルク家の裏の家業でして。クロムも現役時代はうち暗殺者として働いていたんです」
「セシルさんも?」
「いえ。私はあんまり其方には向いてなかったようで、家業は妹が継いでいます」
「妹さんが…」
「当然ながら暗殺者を雇う連中なんて後ろ暗い奴ばかりですが、うちはそんなのを相手にしません。国益に関わるような大きな仕事、と今は言っておきましょうか。なので、王家とはそれなりに関わりがあるんです」
そこまで話すとセシルはフッ、と小さく笑ってゆっくりと紅茶を口に含む。そしてゆっくりとカップを膝の上へ置き、また張り付けたような表情を朝日に向けた。
「王様に言われたら、仕事をするんですか?」
「いえ、我々も仕事は選びますよ。国益が関わることですので。だから騎士になったんです」
「…?」
「この国はほぼ騎士団の働きによって成り立っております。国防、王の警護、街の警務、裁判、情報管理…国の殆どの機関に騎士が所属しています。裏を返せば、騎士になれば何でも分かるんです」
そんな事が本当に出来るのだろうか、と朝日が考えていると何を考えているのかお見通しのセシルは出来るんですよ、と小さく笑って紅茶をまた啜る。
「情報って言うものは、隠そうとすればするほど漏れてしまうものなんです」
「セシルさんになら出来そうです」
「そうでしょう?」
ふふふ、と小さく笑って、紅茶を机に音を立てる事なく置く。
その所作の全てが優雅で美しく、思わず声を顰めてしまうほどだった。
「だから、本当は青騎士になりたかったんです。お誘いも貰ってたんですよ」
「セシルさんが青騎士?」
「えぇ。王に一番近い騎士ですからその分情報も入りやすいのです。でも、その王と関わりがあったばかりに上手く丸め込まれましてね」
「王様に白騎士になれ、って言われたんですか?」
「えぇ、ユリウスを…団長を上手く扱えるのは私くらいなものですから」
「…そうですね!」
そこまで言うといつも通りの笑顔を見せたセシル。ようやく、何かが終わったのだ、と朝日は質問を辞めた。
「君との会話はストレスがなくて良いですね」
「ストレス?」
「何でもないですよ。もういつも通りで大丈夫ですから」
無意識に力の入っていた拳に気付き、緊張していたことに朝日は漸く気付いた。
「ごめんね、付き合わせてしまって」
「僕に何かお手伝い出来ることがあれば何時でもどうぞ!セシルさんに…必要とされるのは嬉しいので…」
「ふふふ、お泊まり会ではもっと楽しい話をしましょう」
「はい!」
セシルはそう言うと立ち上がり、徐に窓へと近寄る。窓の外を少し見た後、何かを確認したセシルは窓に背を向けて楽しそうに笑う。
窓から差し込む高く上がった陽光が後光のようにセシルを照らし、その表情を暗く隠す。
ーーーくるるる…
「ご、ごめんなさい」
「ふふふ、もうお昼ですね」
そう言って笑うセシルは今までで一番優しく笑う。
それに朝日は少し頬を赤く染めて顔を伏せた。
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