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第三章
新たなスタート
しおりを挟むーーコツコツ
身体を目覚めさせるために朝晴れの少しカラッとした空気を部屋へ入れる。
「おはよう、今日は寝坊しなかったよ?」
窓を叩いていた主にパンを差し出して、啄む様子を眺めながら、朝の挨拶を交わす。
「ピッ」
「あ、昨日はこれが増えたんだ」
窓際にあるチェストの上には変わったものが並べられている。それらは全て朝日の思い出の品である。
宿屋で借りた青白い陶器のコップに生けられたマーテル草、ピカピカに輝く小金貨と銅貨、透明な殻を被った海老、真っ二つに切り裂かれている円陣が書かれていた紙、セシルに語った童話の本、コバルトブルーの液体が入った小瓶、黄緑色の木の実一粒、一部が欠けてしまった鋭い牙、押し花になっている純白の花が添えられた封筒、建国祭名物聖剣肉串の聖剣のような木串、封が切られた指名依頼状、薄黄色の鳥の羽、まだ薄ら土が残る芋、道端でよく見る灰色のなんて事ない石。
そして、そこに追加されたのは緑と赤のポーションだ。
他、様々なガラクタから高価なものまで関係なく置かれている一角だ。
「綺麗でしょ?」
「ピピッ」
小鳥からの可愛い返答を貰い、朝日は更に笑顔になる。最近出来た小さな小さなお友達だ。
「おはようございます、朝日くん」
「おはようございます、エライアスさん。ご飯ですか?」
「えぇ、ご一緒に如何でしょう?」
「はい!」
パタパタと足早に階段を降りる朝日に優しい声がかけられる。ペコリと挨拶交わした二人は微笑み合い、一緒に食堂へ向かう。
食堂には疎らに人が集まっていて、各々好きな物を優雅に食している。
「今日はどちらに?」
「今日も練習です」
二人はニコニコと楽しそうにウェイターが持ってきたトロトロのオムレツにナイフを入れながら会話を楽しむ。
エライアスとはこうして良く食事を共にしていた。
一人で夕食を摂っていた朝日にエライアスが声をかけてくれたことが始まりだった。
彼と会話しながらの食事は楽しく、朝日は日頃の出来事を彼に良く話していた。
「ご順調そうで何よりです」
「奥深くて面白いです。やりたい事が多すぎて…昨日も帰るのが遅くなってしまいました」
「いやはや、楽しい事をしている時はあっと言う間に時がたつと言うものです」
サラダにフォークを伸ばしながら言うエライアスは優雅で彼がどんな人物なのかをよく表していた。
「今夜は如何ですか?」
「はい!楽しみです!」
エライアスは時間がある時はこうして積極的に朝日に声をかけていた。
と言うのも、エライアスとの約束がない日は朝日の帰りが遅くなる事がしばしばあり、宿の従業員達が報告した方が良いのでは…、とハラハラしているところを彼はよく見かけていたのだ。
「朝日様、お手紙が届いております」
食事を終えた朝日のところにウェイターが一枚の封筒を銀のお盆に乗せて運んできた。
朝日がお礼を言って受け取ると、にこり、と笑い小さく頭を下げて踵を返す。
「私はお先に失礼するよ」
「あ!僕も急がなきゃ!」
朝日は丁寧に席を戻し、慌てた様子でエライアスに別れを告げて颯爽と宿屋を後にする。
エライアスをその後ろ姿をニコニコと楽しそうに見送っていた。
「今日も薬屋かい?」
「うん!もう歩いて大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫さ!また何かあったら頼むよ」
「うん!」
大きな大通り。
石造の綺麗に整備された歩道を少し足早に歩く。
度々かかる声に丁寧に答える朝日に誰もが良い印象を持っていることだろう。
「朝日ちゃん、この前はありがとうねぇ」
「うん!ミミちゃん元気?」
「そうさね!ほら、あいさつおし!」
「あ、朝日くん…おはよう。朝日くんの為にミミ、クッキー…焼いたの」
「ありがとう!美味しそうだね!」
「その、形は…でも味は美味しいってママが…」
「うん、とっても美味しいよ。ありがとう!」
「あっ…」
魚屋のおじさん、花屋のおばさん、食堂のお兄さん、大工のおじさん達、学舎へ向かう可愛いお友達も沢山増えた。それら全てに朝日は手を振りながら目的地へ急ぐ。
「おはようございます!」
「はい、おはようございます」
薄暗い店内に明るい声が響く。
朝日の登場にとても嬉しそう返事を返すララットに朝日も嬉しそうににこりと笑う。
「昨日の続き教えて下さい!」
「ええ、何処までやりましたかな」
薄暗い店の奥に歩きながらララットはコツコツと杖を突く。
「昨日はね、乾燥とすり潰し、それから不純物の仕分けもやったよ」
「では、後は調合と錬成ですね」
「これで青色ポーションが出来るんだよね?」
「そうですね」
「これで緑色と赤色、そして青色が完成だね!」
ララットは指折り数える朝日にニコニコと楽しそうに頷く。
朝日はあの誘拐事件後。
「朝日くんは可愛いから直ぐに誘拐されるのよ!」
と、このような具合に豹変したアイラの猛攻に合い、アイラが厳選した依頼しか受けさせて貰えていない。
と言うのも、朝日が外部依頼(ギルドを通していない依頼)を受けようとして攫われた、ということを何処かから聞きつけたようで、問い詰められた朝日は何があったのかを全て正直に話してしまったのだ。
それからというもの、いつも通りの採取依頼に加えて、こうして運搬作業や迷子探し、落とし物探し、など様々な街の人達の依頼を受けていた。
尤もアイラの目的は街の人達に顔を覚えられれば、誘拐は未然に防げたというギルバートの助言あっての事なのだが。
そんな中、ララットからベルが遊びに来た、と連絡を受けた朝日はその日のうちに薬屋を訪れた。
遊びに来た、の言葉通り、ベルはララットがフルートを吹いていると、何処からともなく現れて彼の肩に止まる。しかし、フルートを止めるとまた何処かへ行ってしまうのだ。
「ベルも家族が出来たのかも知れないね。こうして遊びに来てくれるのだから、引き留めたりはしないよ」
とララットが言うので朝日も納得して時折、遊びにきたベルと共にララットのフルートを聴いていた。
そんな穏やかな日々を過ごす中で朝日は一度だけポーション作成の助手の手伝い、と言う依頼を受けた。
手際良くポーションがポンポンと出来ていく様を見て興味を持った朝日はその話をララットにした。
「君さえ良ければ、やってみるかい?」
「…ポーション?僕も作れるの?」
「勿論出来るよ。沢山勉強しないといけないけどねぇ」
「僕!お勉強得意だよ!」
そうして始まったポーション、薬作りの講習会。
最近では仕事の合間を縫ってポーション作りに勤しんでいたのだ。
「この良く乾燥させてから砕いたマーテル草を純水につけて濾す。水の方に良く色が付いてきたら、だよ」
「…濾すのは少し荒めの布で…マーテル草は…紫色になるんだね」
「そうしたら、今度は1日かけて純水につけて濾したエーテル草の薬液を混ぜる」
「あ!青になった!」
「でも、これじゃあまだ青過ぎるからね。鍋に移して根気よく熱するんだよ。この時焦げないように混ぜ続けないといけないよ」
「何で緑と赤のポーションは先に加熱するのに、青は後からなの?」
「エーテル草は単体で熱すると透明な薬液から赤茶色になってしまうんだ。すると薬効は抜けてただの紅茶になんだよ」
「…お茶?」
透明な薬液を見つめながら呟く朝日にニコニコとララットは微笑む。
きちんとメモを取り、注意しないといけない事には丸をつけ勉強熱心、分からないことは躊躇なく質問してやる気も十分、分量や乾燥具合などの面倒臭い作業も丁寧にこなすし、使い終わった物を洗ったり、片付けたりと手際もいい。
更にこんなに可愛いく素直な弟子だと言うこともララットの自慢だ。
「そろそろいいころじゃないだろうかねぇ」
「他のポーションと違って青はぽこぽこしてこないね」
「そうですね。それが重要ですよ。煮立たないくらいの弱火でゆっくりと湯気が出るまで、ですねぇ」
「はい!師匠!」
額に汗が滲みながらも楽しそうに鍋を一生懸命に掛け混ぜている朝日にララットはふふふ、と小さく笑っていた。
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