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第二章
閑話 なんてことない石の思い出
しおりを挟む気晴らしに行こうか、とゼノが急に言い出したのは秋晴れの清々しい陽気の冒険日和な日だった。その日はたまたまゼノの依頼と朝日の依頼の目的地が近かったことから一緒に行くことになったのだ。
お互い依頼を済ませ、あとはギルドへの報告のみとなった夕刻前にゼノが突然そう言い出した。
「気晴らし、って何するの?」
「良いところに連れてってやる」
朝日の質問にも簡潔に答えるだけで、全く答えになっていない。でも朝日は楽しみだなぁ、とニコニコ笑うだけだった。
今報告に行けばギルドはガラガラに空いていて楽だろうが、今日の目的地から程近いところにその気晴らしがあるそうで、朝日はゼノの後ろを付いて歩く。
割と険しい森だが、ゼノが歩きやすいように背の高い草や木の蔓などをあの見事な大剣を惜しげもなく使って叩き払ってくれているので朝日は快適に歩けている。
「これ持ってろ」
「石?」
ふと、ゼノが立ち止まって足元の手柄な石を拾い上げると朝日に投げてよこす。何かに使うのだろうか、と朝日は割れないように、と優しく扱う。
それからどれくらい歩いただろうか。
森の奥へ進んでいるのに次第に険しさは落ち着いてきて、木と木の間から空が少しだけ見える。
森の暗さであまり気づかなかったが、もうだいぶ夜も耽っていて朝日は隙間から少し見える綺麗な夜空に思わず見惚れる。
「星だ…」
「大分暗くなってきたな」
「ねぇ、ゼノさん知ってる?流れ星に3回お願いごとをしたら叶うんだよ」
「あ?流れ星に3回なんて無理だろ」
「そうなの?僕、流れ星見たことないの」
「…後でやってみろ」
「うん!」
上を見上げて続けている朝日の腕を引いてゼノは再び歩き出す。朝日が前を向いて歩こうとすると、好きなだけ見てろ、と優しく囁いた。
ゼノの掴む手が優しくて暖かい。緩む頬が透けて落ちてしまわないように朝日は空いている方の手でしっかりと抑えた。
「ついたぞ」
それから首が取れてしまうのでは、と思うほど夜空の星を見上げる続けた朝日にゼノの挟められた声がかかる。
森を切り抜いたかのような開けた場所。
静寂なそこには大きな泉があって、泉の端っこに周りとはひと回りもふた回りもそれ以上に大きな木がニ本聳え立っている。
二本と言っても元は一本の木が二股に分かれているのだが、その二本がグルグルと巻き付き合っていて、登ってください、とばかりに太い枝が色んなところから伸びている。
その枝を手すりにしてグルグルと登っていくと二股に別れた部分には座りの良さそうな鳥の巣のようなものが置いてある。
「カップルに喜ばれそうだね」
「…俺が置いた」
如何やら此処はゼノのお気に入りの場所で他の人は知らないのだろう。
促されるがままに鳥の巣に腰を下ろすと、泉を一望する事が出来る。
風通しの良い高台に居るためか夜の冷たい風が朝日の頬を攫う。小さく身震いした朝日を見たゼノがマジックバックから柔らかく暖かいブランケットのようなものを取り出して、朝日の肩にそっとかける。
初めに見た時はよく分からなかったが、中心辺りからぽこぽこと水が沸き出ている場所があり、水面に映る月がゆらゆらと揺れている。
「もう少しだ」
何かを待っているゼノはぽそり、とそう溢すと水面を見つめたまま黙り込む。
朝日は小さく頷いて、同じく水面へ視線を向けた。
少しずつ進む月がその水が湧き出ているところに差し掛かった時にゼノが何を見せたかったのか朝日には分かった。
大きな黄色の丸が波紋にゆれて黄色い輪をいくつも作り出しては消えてゆくのだ。
「…綺麗だね」
「流れ星も探して見ろ」
「石は?」
「また見たくなったら投げ込めばいい」
「じゃあ、いいや」
朝日はなんて事ないただの石をポシェットに大切そうに仕舞い込んだ。
「僕、ずっと何をお願いしようか迷ってたんだけど、此処に来たら分かっちゃった」
「何だ」
「秘密!」
朝日は楽しそうに月に照らされて輝いている瞳で空を見つめている。ぷらぷらと投げ出した足を揺らし、不思議なメロディの歌を口遊む。
その変な曲を聴きながらゼノはゆっくりと空を見上げた。
「…ねぇ、ゼノさん」
「…なんだ」
途端に少し湿っぽい声が聞こえて、ゼノはあえて空を見上げたまま返事をする。
「こう言う感動した気持ちとか、嬉しかったり、楽しかったりした記憶とか、想いとかっていつか欠けたり、傷ついたりするのかなぁ」
「…俺がいるのに不安なのか」
「全然!」
流れてこない星を探して、いつまでも飽きずに二人は空をずっと見上げていた。
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