スキル【自動回収】で人助け〜素直な少年は無自覚に人をたらし込む〜

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第二章

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 ふわっと香った新緑の色香。
 セシル特有の香りに朝日は安心したような表情でふにゃっと笑って見せる。しかし、セシルは朝日とは対照的に心配の色を隠さない。
 朝日の目の前に女神のようにふわっと舞い降りたかと思えば、額を隠す柔らかな前髪を左右に分ける。生え際まで様々と見終わると、顔全体をじっくりと眺め、顎をスッと丁寧な優しい手つきで持ち上げる。首周り、横を任せて耳周り周辺を左右。勿論長めの髪の毛を掻き上げることを忘れない。
 それが終わると下瞼をクイッと優しく降ろして目を見つめる。危ない薬を盛られていないか、栄養状態はどうか、瞳孔や目の下の角膜や網膜まで確認する。

「朝日君、ご飯は?」

「お兄さんがお芋にバターまで乗せてくれて、たくさん食べました!」

 そこまで聞くと、セシルは確認作業を再開する。
 今度は手首足首の確認。縛られて鬱血、もしくは擦り切れて血は滲んでいないか。そして何も無いことを確認すると服の上から朝日の手や足、お腹や背中を押したり、握ったり。その間視線は朝日の顔にあって、痛がったりしないかを見る。
 流石にこんなところで脱がす趣味は無かったようだ。
 全身隈なく触り、頸や腰など隠しながら見える辺りは目視で確認し、最後に全体的に観察する。

「セシルさん…その、大丈夫…ですよ?」

「いえ、擦り傷でもあれば問題大有りです」

 セシルがこんなに心配性だとは思っていなかった朝日は驚きながらも嬉しそうに笑う。

「皆さんも、わざわざありがとうございます」

「わざわざ、も何も君を守る大人として当然であってだな…」

 ラースが辿々しく使い慣れていない気遣いの言葉を発すると、朝日は更に笑顔になる。
 こんなに怖いことがあったのに彼は何故こうも笑顔なのか、この場にいる全員が不思議に思う。ゼノを残して。

「朝日。まさか助けに来ないと思ってたのか」

「…?なんで冒険者の僕を皆んなが助けてくれるの?」

 確かに危険の多い職業だと冒険者自身が自覚していて、その分身入りが良かったり、一攫千金も狙える夢のある職業だ。
 だから、冒険者達は背中を預けられるパーティーメンバーを信頼して仕事をするが、その分他のパーティーには無関心なことは多い。
 朝日はパーティーを組んでいないから、ギルドで誰かと話すことはあれど、頼ろうとはしない。
 更に言えば騎士達が冒険者を助ける、なんて事はもっと無い。先の疫病の時のように協力体制を取っていれば話は別だが、普段から犬猿の仲のお互いに対して情け容赦無い。
 そんな事も分からず、気付かずそばにいたのか、とゼノは自分自身に心底呆れてしまった。

 ゼノは朝日の肩に手を置き、朝日の前に跪く。少し悲しそうな瞳を向けられて朝日はちくりと痛む胸に手を当てた。
 目線の高さがあった二人はお互いを真っ直ぐに見つめ合い、ゼノは少しだけ微笑む。

「朝日、よく聞いて答えろ。俺はお前が、アホでドジで無鉄砲な馬鹿だと思ってる。そして誰にも頼らず、ひとりで生きようとしているのも尊重はするし、その頑張りも認めている。だが、そんなお前が誰よりも一人が嫌いで極度の寂しがりやだと言うことを一緒にいた俺が気付いてないとでも思ったか」

「その…ごめんなさい。……僕、こんなに大切にされたの、初めてで…」

 朝日はその大きなビー玉の瞳を更に大きく見開き、必死に雫が落ちないように唇を一文字に結ぶ。
 ゼノはそのキラキラと輝く瞳を見ていられなくて、あやすかのように優しく抱きしめて背中をぽんぽん、と叩いてやる。
 少しでも落ち着くように、大切にしていると伝えるように。

「分かったのなら良い。無理に大人になる必要もない。これからは素直に頼れるようにならないといけない。分かるな?」

「はい、ごめんなさい…」

「もう泣くな、謝らなくて良い」

「ゼノさん…大好き」

 ゼノはフッ、と小さく笑って顔を胸に押し付け吐息を押し殺す朝日の頭を優しく撫でてやる。グスグス、と小さな揺れが治るまでただただ撫で続けた。

 朝日が少し落ち着いてきた頃、セシルは近くにしゃがみ込み、ゼノに張り付いたままの朝日に真剣な顔を向ける。

「朝日君、私との約束は忘れてませんね?」

「…お泊まり会!」

「はい、そうです」

 くしゃくしゃに泣き腫らした顔を向けてふにゃり、と微笑む。

「これまであった、楽しかったこと、嫌だったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと。全部話しましょう。朝日を大切にしたいと思っているのは彼だけじゃないんですよ」

「…僕、あの時…ロードアスターさんに言われた事…よく考えてみたんです」

ーーー君って本当迷惑かける天才だよ

 ロードアスターのその言葉が朝日の肩に大きくのしかかっていた。どうしたら良いのかが分からない。
 自分では気づかないほどに、周りに頼りきった生き方をしていた。そう自覚した瞬間から上手く行動できなくなってしまった。
 自分が動けば動くほど悪い方向に進んでいくような気がして手足が硬直したように動かない。
 迷惑をかけていると分かっていながらも、拒否しない優しいゼノに甘え、手を差し伸べてくれるセシルに甘え、気にかけてくれるアイラに甘え、話を聞いてくれる冒険者達に甘え…。
 大人にならなきゃ、迷惑をかけないように、邪魔しないように…と。でも上手くいかない。
 
 あれからそんな考えが常に朝日の頭を埋めていた。
 だから、セシルに言われた“必要”という言葉が救いだった。

「ここに来て皆んなが良くしてくれて嬉しかったです。でも僕は甘えてばかりで…これからは迷惑をかけないように、邪魔しないように、って“大人”って言葉に執着してました」

「分かってる」

「えぇ、分かっています」

「「大丈夫よ」」

 一緒に膝をついて朝日を真剣に見つめる四人に朝日は困ったような笑顔を向ける。

「でも、結局僕は一人では何も出来なくて、ずっと護られてて、…皆さんに助けられてて…気付かないふりしてたんです。一人で生きてる、生きれてるって思いたかった。僕、ゼノさん言う通り…馬鹿、ですね」

 朝日の言葉に皆んなゆっくりと視線を落とす。

「朝日君がどう思おうとも、私達は君の味方で、助けたいと思っています。私達も君の冒険を邪魔したいわけじゃ無い。君がいつものように笑顔で楽しそうに冒険者が出来る様に守りたいんです」

 朝日が良い子なのは分かっていた。
 ひとりで頑張ろうとしていた彼を勝手に護っていたのはこっちで彼が罪に思う必要は全く無い。

「迷惑、だと思いませんか?」

「思った事ない」

「はい、私達もです。寧ろ楽しいくらいです」

「もう、一人部屋に閉じ込められるのは嫌なんです」

 朝日はぐっ、と全身が硬直するくらい力を入れて、こぼれ落ちそうな雫を落とすまい、と踏ん張る。
 そんな朝日をセシルは抱き寄せて顔を隠してやる。
 朝日が言う言葉の意味は誰にも分からない。でも、それが常に笑顔の彼をこんなに悲しませる程の苦しさだったことだけはわかる。

「大丈夫、みんな君のこと大好きだよ」

「…僕も大好きです」

 彼が自分の事に頓着しないなら、私その分私が彼を大切にしてあげたい。
 彼は自覚しなければならない。
 自分がどれだけ美しく、どれだけ人の目を惹き、どれだけその純粋さで人々を癒やしているのかを。
 そして、その危うさを。

 もう彼が不安にならないように。ずっと幸せでいられるように。セシルは朝日を抱きしめながら思っていた。


「人ってこんなにも純粋なまま成長できるのだな」

「そのようですね」

「お前は行かなくて良いのか?」

「殿下こそ、宜しいのですか?」

 全ての成り行きを後ろから見守っていたラースとユリウス。微笑ましそうに見ているラースに対して、ユリウスは何とも奇妙な顔をしていた。

「お前、変な顔してるぞ」

「変な、顔ですか?」

「行きたいなら行けばいいだろう?どうしてそう自分を抑え込む。お前は昔から変な所で潔癖だな」

「…理解されようとは思わないんです。他人が何と言おうと気にしません。ただ、これが自分を保つための…何と言えばいいのか」

「まぁ、お前が辛くないのなら構わないが」

 そう言うとラースは近くに転がったままの男をじっと見つめる。

「クロム、牢に入れとけ。聞きたいことがある」

「かしこまりました、殿下」

「おい、双子」

「何よ。私、貴方のこと嫌いなの」

「私も嫌いよ」

「そこにいるコイツの仲間も牢に入れとけ」

「ま、待って!ラースさん!」

 赤くなってしまった目元で慌てながらもキリッと力強く見つめてくる朝日に視線を移してじっと見つめる。
 ラースはスタスタ、と朝日の元に歩いていき、目線を合わせる為に腰を落とす。

「コイツはお前を連れ去った奴の仲間だ」

「…僕、この人いなかったら死んでた」

 我儘を言いたいわけではなく、恩人だから見逃して欲しい。そう言う意味だろうか、とラースは朝日をじっと見つめる。

「だか、お前の他にも何人もの人間がコイツに酷いことをされてるんだ。お前は助けられたかもしれないが、他の奴らが聞いたらどう思う?」

「あ、だから…その、お兄さんの組織って大きんだって!」

「そうだな」

「だからね、お兄さんに協力してもらって…駄目かな?」

「いや、とてもいい考えだ」

「本当!?」

 全く、情け容赦ないとこを平然と言って退ける彼はそれがどう言う意味か分かっているのだろうか、ラースはお兄さん、と呼ばれる男に視線を向ける。

「…協力はします。ただ貴方の言う通り、私は大変な罪を犯していますので…罪は償います」

「だ、そうだ。どうする?」

「えっと…お兄さんって凄いんだよ!僕を誘拐する為に色々と情報収集してたみたいなの!」

「…それが?」

「誰も気づかなかったでしょ?凄いよね!」

 ラースはその発言に目を見開き、黙り込む。
 確かに、かのハイゼンベルクが徹底的に護衛している要人を攫う算段を整えて、更にその警戒網を掻い潜り情報収集を行う。中々の腕前だ。

「成程、交渉成立だ」

「やった!良かったね!お兄さん!」

「…だが、俺は何処にも行く当ては…」

「大丈夫だよ!僕と一緒に冒険者やろ?それか、お兄さんの腕なら黒騎士も務まると思うけど」

「まぁ、色々考えてみろ。要望だけは聞いてやる」

「いや、そう言うことなら俺の思いは決まってる」

「そうか、是非成功させて貰いたい所だな」

「…やってやるさ」

 決意の固い彼の言葉にラースフッと小さく笑って、ガシガシ、とぶっきらぼうに頭を撫でるラースに嬉しそうに朝日は笑顔を向けた。



 
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