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第二章
利用価値
しおりを挟む相変わらずちまちま、と芋を突いている朝日に男が声をかけようと椅子から立ち上がる。
その石畳の空間では声がよく響くため、声を顰めて男は朝日に問いかけた。
「お前、一体お貴族様に何を仕出かしたんだ」
「ん?僕、何にもしてないと思う」
「何もしてねぇのに、ど偉いお貴族様が生捕を頼むなんてあるか?」
「何にもしてないとは言い切れないんだけど…ほらさっきの剣は悪い人から“回収”しちゃったんだ。でも多分ね、生捕の理由は僕がちょっと変わったスキル使えるからだと思う。ゼノさんもそう言ってたし」
男は朝日の簡単な説明に邪険な表情を向ける。
朝日が言う事が本当ならば、彼は犯罪奴隷でも借金奴隷でもなく、能力を欲した欲まみれの貴族に食い物にされそうになっている、ということになる。
彼にとって貴族は忌避の存在。
金銭目的に近づくことはあっても、決して心を許すことはない。
何故なら彼自身もこうして貴族に食い物にされているからだ。
貴族がこうしたお願いをすることは基本的に彼らの特製上良くないことだ。貴族は国民から税金、と言う形で搾取する代わりに彼らを守る。それが彼らの矜持だからだ。
そんな彼らが危険を犯してまで組織に頼る。それだけこの組織が大きい、と言うことだけははっきりさせておこう。
「…お前は…」
男は何かを言いかけて止める。
何故なら再びあの足音が此方に近付いて来ていたからだ。
「…おい、小僧。これは何の真似だ」
「?」
朝日は男が突き出して来た剣を見て首を傾げる。さっき渡した時は紛れもなく聖剣そのものだった。なのに今は錆びてボロボロの薄汚いただ形に流しいてれ作られた量産型の鉄剣のような風貌になってしまっている。
明らかに変わり果てた姿に思わず違う物を持って来たのでは?と思ってしまうほどだ。
「急に錆び始めて、魔法石も何処かに消えてなくなった。こんなの使い物になるわけねぇだろうが!偽物出しやがって。この俺を舐めてんのか?あ゛?
「偽物?そんな筈ないですよ。だって持って行く前に貴方も確認していたではありませんか」
「ウルセェ!生意気な口聞いてんじゃねぇよ!」
「おい!生捕の契約だって上から言われてただろうが!」
「ウルセェ!多少傷つけたって何も言われねぇよ!いいからお前は裏方として見張りだけやってろ!」
いくら男が持っている剣が錆だらけのなまくらだったとしても、その屈強な体格から振り下ろされれば、当たりどころが悪ければ当然怪我では済まない。
男は必死に抑えているが体格に差があり過ぎて、それも時間の問題なのは言うまでもない。
幸いにも朝日は牢の中にいて、その剣が届かない。ただその牢に今にも手がかかりそうだが。
「いや、コイツを傷付けずに持って行った方がいいかも知れないんだ!」
「何言ってやがる!俺を付けた時点で傷物になるのは上もわかってる筈だ。そんな事なら初めっから俺を指名しねぇ!」
「いや、話が変わったんだ。あの貴族は彼の能力を欲しがっている。使い物にならなかったら、どんなとばっちりが来るか!」
「…コイツの能力ってなんだ」
いくら馬鹿でもスキルの有用性はよく分かっていたようだ。それもその筈彼もスキルのお陰でこの悪どい組織の中で此処までのし上がったからだ。
「…僕、その剣をスキルで奪ったんです」
敢えて奪った、と表現した朝日は男が何を考えているのかを察したようだ。
ただ数日、誘拐犯と被害者の関係であったのに、どうして朝日がこんなにも自分を信頼しているのか、とにかく不思議だった。
それでも今はそうして貰うしかない。
それしか、この無垢な少年を助ける手立てが男にはなかった。
「この剣を?…確かに…あの胡散臭い商人、これがなくなって焦ってやがった。酒屋で話しているのを聞いて…さぞいい剣なんだろう、と思って俺が使ってやることに決めたんだがな。この様子じゃ使い物にならねぇ。…おい、お前そのスキルでもっといい剣を奪ってこい。そしたら許してやる」
「此処から勝手に出す訳にはいかない!明日あの貴族が来るんだぞ!」
「お前、さっきから生意気だぞ!闘えねぇ雑魚が!お前みたいなのは言われた事だけやってれば良いんだ!」
「何処の誰のどの剣が良いか言ってくれれば」
「ほぉ。飲み込みが速いじゃねぇか。…そうだな、英雄から、それが良いな。あの黒刀、アレは俺にこそ相応しいだろ」
「英雄、黒刀…」
「そうだ。ゼノ、とか言う冒険者の剣だ。はぁ、楽しみだ。アレがあれば俺は最強になれる」
どれだけ自意識過剰なのか、と朝日は笑いそうになるのを抑える。あの剣が似合うのはゼノ以外には考えられない。
こんな野暮ったいただの傭兵が持ってても宝の持ち腐れだ。
そんな事を思っているとは梅雨知らず、これまでの武勇伝を男が語り始めたその時。
ーーーガシャーン
何処からともなく大きな何かが割れる音がこの石畳の空間に響き渡る。音の反響が凄すぎて何処から鳴った音なのかが分からない。
「チッ。お前、その坊主を出せ。同業かもしれねぇ」
そんな筈は無いだろう、と男は思うが、このまま朝日を牢に入れておく訳にもいかない。
山の奥の奥にあったただの廃屋である此処は、さっきのような衝撃を何度も受ければ崩れて来かねない。
このまま朝日を入れておけば生き埋めになってしまうだろう。
男は此処は素直に従うことにして朝日を牢から連れ出そうとする。
しかし、朝日はそれを拒んだ。
「…お兄さんは此処に一緒にいた方が良いよ」
「…?」
もう一人の男に聞こえないように配慮された小さな囁きに首を傾げる。此処にいた方が安全だ、と言うことなのだろうか。
隅の方で蹲る朝日に掴まれた腕が小さく震えているのを見て彼を抱き抱えるようにして頭を守る。
「とりあえず、暫くじっとしてろ」
「うん…」
小さく頷いた少年を見届けた彼はこれから何が出てくるのか、を予測しようと暫く耳を澄ませる。
一度大きな音を聞いたきり、他には特に音は拾えず、向こうも崩れる可能性を察したのだと分かり少し安堵する。
しかし、二度目の大きな音が響いて来た。
「…朝日いるか」
「うん。僕は此処にいるよ」
「…これが一緒にいた、って言う傭兵か?」
「何者だ」
ラースはそう言いながら明らかに男よりも大きな具体を折り曲げて、音と共に出来上がった石壁の穴を潜る。一緒に潜って来た瓜二つの顔と鬼の形相が三面。
分が悪いと感じた男は、ハッ、と小さく笑ってジリジリと後ろに下がる。
「おい、ガキを連れてこい!」
「アホか!傷付ける訳に行かないって言っただろ!」
言い訳にもならない言い訳を平然と言って退ける男をギロッ、と睨みつけた。
「怪我ないか」
「ないよ!」
「早くガキ、連れて来い!」
元気に返事をする朝日に皆一瞬表情を緩めたが、男の声で再び戻る。相変わらず双子だけは無表情だが、それはそれで恐ろしく見えるのだろう。
ラース達は誰も近付いていないのに、男はジリジリと後ろに下がる。さっきの壁破壊の一撃でできた鉄格子の歪みの隙間から器用に体を入れると抱き抱えている男から朝日を奪い取ろうと朝日に近付く。
「待った。それ以上進むと死ぬわよ」
いつの間にかその間に立っていた双子は今にも男の喉元に当たりそうな距離にあまり見慣れない短刀のような物を構えている。
男がゴクリ、と生唾を飲むと、少し掠っていたのか、男の喉元から少しだけ赤い雫が流れた。
「依頼者を吐けば、楽になれるわよ?」
「依頼者を言ったら殺す気だろ」
「当たり前じゃない。でも言わなかったら死ぬよりも辛い方法で痛ぶりながら少しずつ殺すわ」
「…俺は話をきちんと聞いてなかった。…本当だ。普段からそうしてる。嘘じゃねぇ」
「コイツが言っていることは本当です。私から話しても?」
「良いわよ。話が聞ければなんでも良いわ」
男は小さく頷くと、朝日から身を離して立ち上がる。この男に戦闘能力の無さと戦闘の意思の無さを感じたのか、二人は彼に対しては剣を抜かなかった。
「我々が言われたのはこの少年がとある名のある貴族に何かやらかして、生捕にして欲しい、と依頼があった、と言う事だけです。その貴族には会いましたが、顔を隠していて、名前も恐らく偽名だったのではないかと思います。引き渡した後は彼を奴隷にして罪を償わせる、と言っておりました」
「罪については何か?」
「いいえ。特には何も」
「そうですか」
「話したから良いだろ!それにまだ何か思い出すかも知れねぇ。生かしておいた方が良いぞ!」
「ホント馬鹿ね。それならこっちだけ活かしておけば良いじゃない。アンタ全く必要ないのよ」
「…な、や、辞めろ!辞めてくれ!!!ぎゃああああぁぁぁ…」
自己申告で何も知らない、聞いていなかった、と言っておいて今更そんな話は罷り通る筈がない。
ふわりと良い匂いが朝日を包み込み、男が泣き叫ぶような無様な声を上げる前に朝日の視線はセシルに奪われていた。
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