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第二章

牢屋と男

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「ねぇ、お兄さん」

「何だ」

「僕、こんなに食べれないよ」

「あ゛?」

 目の前に用意されたただ焼いただけの芋を指差して朝日は言う。申し訳程度にかけられた塩が芋に負けていて、ほんのりとしか味はしないが、素材が良いのか案外美味しかったりする。

「一個しか食ってねぇじゃねぇか!死なれたら困るんだよ!食え!」

「うん、でもお腹いっぱいなんだ…」

 朝日は昨日出された皿にも残ったままの芋に視線を向けて申し訳なさそうに眉尻を下げて言う。

「仕方ねぇ、特別にバター乗せてやるから」

「本当?じゃあもう一個だけ食べようかな」

「あ゛?一個だ?全部食え!」

「僕、食べ過ぎで死んじゃうよ…」

「食べ過ぎで死んだ奴は見たことねぇ」

「だって、ここだと運動は出来ないから食べすぎたらぶくぶく太って、血中コレステロール値が増えて、肥満になって、更に動けなくなって…」

「その前に此処から出るから心配すんな」

 朝日はキョトン、とした表情で男を見つめる。状況が全く掴めていない朝日だが、此処から出れるとは全く思ってなかった。

「僕、捕まっちゃったんだよね?出れるの?何年くらい?」

「…二日後には出れる」

 朝日は、あ、詐称は軽微な罪だったんだね、と安心した表情で男を見る。

「反省してるから早く出れるの?それとも誰か釈放金払った人いるのかな?アイラさんとか」

「…何の話してんだ?」

 変わった子なのか、と明らかに話しが噛み合わない朝日を少し引いた顔で見つめる。

「刑務所のご飯ってみんなで食べるイメージだったけど、此処では牢屋の中まで運んでくれるんだね」

「…けいむしょ?」

「うん。ちゃんと罪を償って、刑期を満了します。ごめんなさい、凄く反省してます」

 そうして話の噛み合わない理由がようやっと分かった。何を勘違いしたのかは分からないが、彼が言う捕まったっと言うのは憲兵に突き出された、と同義のようだ。

「これからお前は依頼主の所へ行ってきっちりみっちり働くんだ。奴隷のように」

「うん!僕頑張るよ」

「…伝わらねぇ」

 脅しも勘違いした彼にとっては刑罰にしかならない。まぁ、そんなに大差はないだろうが。
 男は朝日のそんな所に鬱陶しさと若干の憐れみを持ち始めた。

「僕、刑務所がこんなに親切なところだとは思わなかったよ」

「親切だぁ?此処は“けいむしょ”とか言う場所じゃねぇーよ。どこを見たらそう思うんだ。ただの牢だろうが」

「親切だよ。だって、窓から外の光は入ってきて明るいし、お芋にはバター乗せてくれるし、ずっとお話相手してくれて、心配してくれる」

「…お前は本当に変わったやつだな」

「僕が?」

 はぁ、とため息をついた男は朝日に対して途端に怖い表情を見せる。
 ただそれを朝日は笑顔で返すだけで何の意味もない。バターの乗った芋をちまちまと食べながら本当に呑気な事だ。

「お前は誘拐されたんだぞ」

「誘拐?僕が?」

「そうだ、そして俺は人を殺した事もあるし、こうしてお前を誘拐している。これからお前を依頼主に差し出してお金に変える」

「でも、連れてきたのはお兄さんじゃないよ?」

「俺は見張りだ。表は普通の仕事をしている仲間が上手くやる」

「やっぱりお兄さんは親切だね」

「何を勘違いして…」

「だって僕にそんなこと説明する必要なかったよ」

 不思議な魅力のある子だとは思っていた。依頼主も多分この子を見たら、同じ事を思うだろう。
 見た目だけじゃない。言葉には表現出来ないが、この子の持つ独特の雰囲気に何故かとても惹きつけられる。本当に説明はできないが…。

ーーーコツコツコツコツッ

「おい、坊主」

「はい」

「最近何処かで剣を盗んだだろ」

「…ゼノさんの言った通りになっちゃった」

「ごちゃごちゃウルセェ。ぶつぶつ言ってないで今直ぐに出せ」

 石畳みを足早に歩いてきたのは朝日を此処へ連れてきたサンダースと言う男だった。
 牢屋の前にまで突き進んで来るとサンダースはといそいそ、と鞄に手を掛ける朝日を急かすように手を差し出しながらそう言う。
 朝日が淡々と言われた通りに鞄から剣を差し出し、サンダースはそれを分捕るように奪っていく。
 剣を確認した彼はフン、と片口を持ち上げながら鼻を鳴らして、また来た時と同じように石畳みを鳴らして足早に帰っていった。
 石畳みの通路のせいか奴の鼻歌も反響して聞こえてくる。バタンッ、と扉の閉まる大きな音が聞こえてきて朝日は質問をする。

「雇い主って商人の人?」

「…いや、違う。貴族だ。誰かは言わねぇ」

「ありがとう、やっぱりお兄さん優しいね」

「俺が優しいとか言ってる暇か?明後日にはお前は死んだ方がマシな生活を送るんだぜ」

「そんなの慣れてるよ。ずっと死んだ方がマシだと思ってたから」

 一体どんな経験を積んできてこんなことを判然と言えてしまうのか。自分が辛いのは普通の事だ、とでも言い出しそうな雰囲気に思わず男は生唾を飲む。
 そしてそんな事を笑顔で言うのだ。
 どうしたら人間こんな風になるのだろうか。
 素直に人を信じて、人を褒める事も出来、そして、自身の罪にも真摯に向き合う。
 どうしたら人間、こんな素直に育つのだろうか、と朝日を掛けていた椅子からチラリと盗み見る。
 これが青年…人は見た目じゃない、とはよく言ったものだ。

 依頼を受けたのは10日ほど前のことだ。
 とある名のある貴族が極秘に16歳の青年を連れ去ってきて欲しいと言う。いつもは慎重に受ける依頼を選ぶ組織が、その依頼金の破格さに直ぐに頷いたと言う。
 組織から命令を受けた時に聞いた話では、彼はその貴族に対して何かを仕出かしたらしい。その時はそれ以上詳しくは聞かされなかった。
 その後その青年について調べる為、動いていたが情報収集は難航。なんとなくだが、開けてはいけないものだったのでは、と少し詳しく話を聞かなかったことに後悔した。
 分かったのは名前と歳と職業くらいで彼の過去、所謂出身・出生、家族について、生い立ち、などの情報や噂すら何も出てこなかったのだ。
 強いて言うなら、先日の疫病騒ぎの時に発生した魔物退治の際、英雄ゼノの無くした剣を見つけ出し、その戦闘においてとても助かった、と言う話くらいだった。
 そう全て此処、王都に来てからの彼のことしか分からなかったのだ。
 その他にも色々調べたが、受けている依頼は低ランクばかりで薬草などを売って稼いでいる。
 その点は少し宿が豪華すぎでは、と疑問点はあったが、今回の活躍で英雄ゼノとの関わりから同じ宿を取っているのは特に差し支えない範囲だろうと判断した。
 
 今回は兎に角情報が少ない。少ないが、やるしかない。組織の命令は絶対なのだ。
 今回の相方は名前も知らない、傭兵をしている男で情報収集は手伝ってくれないが、それなりに実績のある男らしい。
 連れてくることさえ出来れば何の問題もない、そう思っていたんだ。

「…誘拐されたんだぞ」

「うん、仕方がないよ。僕は元々戦う能力無いし」

「それでももう少し足掻いたり、弱音を吐いたり、俺を罵倒したり、なんかあるだろう!」

「そんなことしても意味ないよ。だって僕はその貴族さんに奴隷にされるでしょ?」

「…それでも人間自分が一番大切だから命乞いをしたり、悲観的になって泣いたり、苛立ちで此方を責め立てたり、するもんなんだよ。普通はな」

 朝日は特に何も言わずにそのまま、また芋を食べ始めた。すっかり冷め切っているであろう芋をとても美味しそうに食べる朝日にもう語りかけるのはやめよう、と男は近くにあった本を読む為に眼鏡を手に取る。

「心配しなくていいよ。僕は何がこの世で一番辛い事を知ってるから、そんなことで苦しくならないよ」

「…そんなこと?奴隷になるよりも辛い事なんでないだろうが。飯はまともに食えないし、休憩もなく一日中働き続けて、罵倒され、蹴られ、殴られ…」

 苦しそうに言う彼を朝日は覗き込む為に牢屋の柵に身を寄せる。

「うん。辛いことって人それぞれなんだ。お兄さんには奴隷になること。僕には窓のない部屋でずっとこの世に居ないものとして生きること。僕はそれ以外なら何でも出来るよ」

 初めて見せた辛そうな顔でそう言った朝日は再び溶けかけのバターの乗った芋をちまちまと食べ始めた。







 


 
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