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第二章

足取り

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「ねぇ、朝日君は?」

「あ?来てねぇのか?」

「来てねぇーよ。昨日も依頼報告来なかったし」

 正直、今回朝日が受けたペット探しの依頼は数日かかる予定なので、依頼が終わるまでギルドに顔を出さないというのは普通のこと。
 単純にアイラは朝日不足、だと訴えているだけなのでゼノは相手にしていない。今日は何の依頼を受けようか、と依頼掲示板を見たまま答える。

 数日前、商業区の広場にて貴族による一般市民への興行があったととても話題になった。またまたそこに居合わせた冒険者の話によるとそこには朝日の姿があって、ハイゼンベルク家の馬車に一緒に乗り込んだらしい。
 アイラもそれを知っているはずなのに、こう駄々を捏ねるなら無視するのが一番だ。

「あの依頼、特別依頼だったのよね」

「…何?」

「特別依頼。貴族からの推薦の指名依頼だったのよ。ただ、依頼人はあの町外れの廃れた薬師の店で、当然店主も平民でそれが不思議だったのよね」

「…」

 アイラは呑気に語っているが、これはどうもきな臭い話になっているのでは、とゼノは視線は掲示板に向けたままだが、意識は其方に向いている。
 朝日にはハイゼンベルク家の護衛が付いているし、黒騎士との取引である程度だが、貴族の目から遠ざける事も出来た。
 本来なら何も心配する必要はない筈なのだが…。
 妙な胸騒ぎがしたのだ。

「少し出てくる」

「依頼は?」

「休業だ」

 何言ってんのよ、と足早にギルドを後にしたゼノの背中にアイラが声をかけたが返答はなく、代わりに扉が閉まる大きな音がした。

(杞憂だったらいいが…)

 少し焦った様子のゼノは外に出ると、徐ろに屋根の上を観察する。
 ゼノが探しているのは双子の姉妹。ハイゼンベルク家が朝日に付けている護衛だ。
 彼女らを見つけるのは至難の業。高ランカーのゼノを持ってしても簡単に背後を取られしまうほどに彼女らが一旦気配を消せば、目で追うのも困難なのだ。
 ただゼノも冒険者としての経験値はかなり高い。例えどんなに難しく、厳しい状況でも何とかする応用力のようなものは彼女たちよりも上だろう。

 まるで空でも確認するように辺りを見渡して立ち止まると、数秒同じところを見つめて、また少し進む。そしてまた辺りを見渡し、凝視する。それを延々と繰り返す。

「何かあったのか」

 ふと、声がかかる。
 相手はラースだった。朝日のポシェット紛失騒動から彼とは割と交流はある。彼が活動する時間帯と朝日が活動する時間帯が被らないので中々合わないが、顔を合わせれば挨拶程度はするくらいになった。

「ラース、朝日がまた厄介ごとに巻き込まれた可能性があってな。俺の取り越し苦労ならいいんだが…」

「…街の中でか?」

 ラースの言いたい事は分かる。
 王都内は治安もこそまで悪くないし、人の目も多いので比較的安全だ。なのにまた、と言いたいのだろう。

 二人は足早に歩きながらも状況説明や、情報共有を行う。当然、その間も無駄にはしない。多分一番事情に詳しいのは彼女達で、その次に詳しいのはセシルだろう、
 朝日の常宿に寄って、戻ってきていないかを確認しつつ、貴族門へ向かう。

 何となくの感覚に過ぎないが、彼女らは近くには居ないような気がした。完全に感だが。

「ハイゼンベルクに行くのか」

「あぁ。今、朝日にはあそこの護衛がついてるからな」

「…仕方がないか」

 あんなに嫌がっていた貴族街へついてくるつもりらしい。ゼノの取り越し苦労だと彼も思っていないのだろう。

「こういう時に使ってこそ、だな」

「あ?」

 何が言いたいのかわからないまま二人は貴族門に到着した。
 門まで来ると、門番がぶっきらぼうに要件を聞いてくる。冒険者が相手だと彼らは途端に態度を少しだけ悪くする。
 門番は騎士でも傭兵でもなく、平たくいえば、貴族たちの使用人だ。彼らを管理しているのはフォレスト子爵家という武官出身の由緒ある貴族家で彼らはそれに誇りを持っている。
 貴族の使用人と言っても家督の継げない次男や三男坊達で元は貴族達だからプライドも高い。そんな彼らと親しげに話す朝日は言わば、特別な存在と言える。

「ハイゼンベルク家に用がある。朝日について聞きたいことがあってな」

「…朝日君に何かあったのか?」

「あった可能性があるから確認しに行くんだ」

 その言葉に反応したのは目の前の門番だけではなかった。彼のその奥の方で何らや書類のようなものに向かっていた男が近づいてくる。

「…朝日に何かあったって?」

「可能性の話だ」

「ちょっと待て。確かに朝日君は数日前に伯爵家に行き、伯爵と共に此処を出たが戻っては来ていない。此処には居ないぞ」

「…いいから通せ」

「「えっ」」

 ゼノの後ろでラースが何かを見せた瞬間、門番二人の表情が途端に固まる。微動だに動かない二人を置いてラースは近くに止まっていた馬の手綱を握る。

「これ借りるぞ」

「あ、おい。ちょっと待て」

 ゼノも慌てて近くの馬に手をかける。
 ヒヒーーン、と馬の前足を上げて走り出したラースを静かに見送った二人はその馬の持ち主がこれから来る手筈になっていた事を思い出し、顔を青くさせて向き合った。



「ハイゼンベルク家が何処にあるか知ってんのか」

「あぁ、何度か行ったことがある」

「まじ、なにもんだよ。お前…」

「フッ。タメ口聞いてた事を後悔するぞ」

「あ゛?」

 冒険者で馬に乗れる事自体珍しい(普通はパーティーで動く人が多いから馬車が主流)のに二人は普通に乗りこなしている。だが、それ以上にラースの手綱捌きは異常で、ゼノは必死にならないと追い付かない。

 門番から連絡があったのか、あの家の見張りが二人の存在に気付いたのか、真っ直ぐ駆け抜ける二人を邪魔しないように遠くの方に見える門がゆっくりと開いていくのが見えた。
 二人はそのまま門を突っ切り、屋敷の玄関先まで馬で乗り付ける。急に猛スピードで走ったことで興奮状態のままの馬を無言で受け取る男二人組は何事もなかったかのように馬の手綱を引いてそのまま再び門の方へ走り去る。
 歓迎されている雰囲気ではないが、此処では割とこれが普通でハイゼンベルク家の特異さがよくわかる。

 ラースは当然のようにノックもせずに扉を開け放ち、これまた当然のように聞いた事もない大きな声で叫ぶ。

「クロム。セシルを呼べ」

「はい、殿下。今此方に向かわれております」

「朝日に何かあったという話は?」

「えぇ、此方もその件で少しバタついておりまして。ご説明いたします」

「続けろ」

 ゼノは二人の様子を後ろに立って見ていた。

(殿下だぁ?そう言う話は先にしとけ…)

 本当にラースの言葉通りに後悔し始めるゼノ。当人が身分を隠していたのだから罪に問われる事は無いだろうが、この様子じゃあ、他のギルドで問題を起こしてって言うのは身分を隠すための設定だったのだろう、とゼノは思う。

「朝日君は数日前にとある貴族と会食後、特別依頼を受けました。その依頼自体は達成には当たりませんでしたが、問題は解決した、と言う事で達成依頼報告をギルドに提出する為戻ろうとした時、とある傭兵を名乗る男に呼び止められ依頼人の元へ戻ろうとしている時、シナが外部から妨害を受け朝日君を見失いました。直ぐにユナが朝日君の追跡、薬師の店に向かいましたが、主人は居らず…未だに朝日くんの行方が分かっておりません」

「あのシナが妨害?そんな馬鹿な話があるか。話させろ」

「…それが、眠ったままなのです」

「どう言う事だ」

「我々も分かっておりません。状態異常の回復に効果のあるものは全て試しましたが効果はありません」

「…幻術か」

「…幻術?」

 後ろで会話を聞いていたゼノが呟く。
 それすら聞き逃さないクロムの凄さに若干引いていたゼノは説明しろ、と言う二人の視線から逃れることは出来ず、乱雑に頭を掻いて口を開く。

「あー、魔物が使う魔法みたいなもんだ。よく使うのはメイジトレントとかラフレシアプラントあたりの植物系の魔物だな。術にかかると気を失ったように眠り、夢を見ているかのように幻想世界を彷徨う」

「…魔物に疎かったのが仇となったのですね」

「お前らは対人、だからな」

 敢えて全ては言わない。
 厄介なことに関わるのはごめんだ。
 とにかく、今のクロムの反応を見れば、思い当たる節があるようだし、護衛の一人は幻術にかかっている可能性が高い。

「解く方法は簡単だ。話聞きにいくぞ」

「あぁ」

 ラースも冒険者だ。その辺の事は分かっていたようだ。
 クロムの案内で彼女が寝ている部屋へ急ぐ。
 朝日に何かあったのは確定しまった今、何よりも優先すべきは情報を集める事。
 二人のその足取りは重く、身体は焦りで熱くなっていた。
 
 







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