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第二章
興行
しおりを挟む商業区、住民憩いの噴水のある広場。
その広場からは正門まで一直線の大通りがあり、とても見通しの良い場所だ。
とても広いので馬車の乗り入れも便利でよく他国から来た商人達が珍しい食材や香辛料からアクセサリーや武器などありとあらゆる露店を出して賑わっている。
ララットの店からは少し離れているが、セシルの案を実行する為にはそれほどの広い場所がないと難しい。
「なんか、思ってたより大掛かりになっちゃった」
「メロディバードを集めるならこれが一番効率的だよ」
まぁ、セシルのと言う通りだとは朝日も思う。だけども急にオーケストラはやり過ぎだと誰もが思うはず。なので朝日は一つ提案をした。
以前お世話をしてくれていたお手伝いさんが話していてとても気になっていたものがあった。その再現をこの際見てみたいなぁ、という自身の思惑もあった。
「とても面白い案ですね」
「こんな事お願いしてもいいのかな…」
「旦那様も楽しそうです」
「始めますよ~旦那様」
噴水の前でいつものキラキラをあの手この手で頑張って隠したはずのセシルは未だにキラキラしている。余りに美しすぎる顔立ちが見えないように俯く。
そんな中で始まったセシルの一人演奏。
楽器は高く、貴族が嗜むか、貴族が支援している楽団ぐらいしか持っておらず、その音色を聴くことも少ない。中でもセシルが演奏している弦楽器は更に高い。
だから尚更人々の目に、耳に止まる。一斉に視線が向けられるが、セシルからすればそれはいつもの事で気にはならない。
そして一人の老人がセシルに近づいて行く。
徐ろにセシルが背にしている噴水の淵に座り込み、胸元から金属の棒を取り出し、吐き始める。
二つの楽器の音色が響き合い人々はうっとりと酔いしれ立ち止まる。
そんな人混みの中からまた一人彼らに近づくと手にかかえていた樽のような物を叩き始める。
優しい響きの中に重厚感のある響きが重なり合い透き通るようなメロディが胸に響く。
少しすると何処からともなく軽やかな音色が聞こえてきて、人々は今度は何処からだ、と見渡し始める。広場に面した一件の窓から顔を覗かせて金色の何か大きな物を抱えている女性を見つけると誰からともなく声が上がり、皆が注目する。
すると今度は反対側のカフェの方から甲高い音が聞こえてくる。カフェのテラス席を陣取って床まで伸びる大きな笛を吹く男。
ある時は人混みの中から。ある時は近くの窓辺から。またある時は近くの店から。何処からともなく綺麗な音が聞こえてきて、その音色が折り重なって壮大な音楽が完成して行く。
「…来た」
その音に釣られるように1匹、また1匹と小鳥が広場へ降り立つ。薄黄色だけではなく、赤や青などの色とりどりの美しい鳥が羽を休めて噴水に集まっているのだ。
ただやはり薄黄色の鳥だけは演奏者の肩に止まったり、窓辺に寄り添ったりと、いろんな場所に散らばっている。多分好みの音色に擦り寄っているのだろう。
演奏が佳境に迫る頃には人々が広場にごった返し、馬車なども近くに止まっていて、一切通行が出来ない状態になっている。
しかし、誰も気にしない。
今はこの音色に誰もが酔いしれて、先に進もうと思っていないからだ。今この広場には小さな水のせせらぎと素晴らしい音楽だけしかない。
終わらないでくれ、と誰もが望む。そんなひとときだった。
「ご静聴ありがとうございました」
セシルがそう言うと、皆が別れを惜しむように大きな拍手で彼らを称える。
突然始まった演奏会に感謝と感激、そして賛辞だけしか聴こえてこなかった。
「貴族は国民に対して数ヶ月に一回必ず支援を行います。孤児院だったり、新しい事業を始める者にだったり、楽団のような組織にだったり、様々な方法で支援をします。これはマンネリ化した支援に対して風穴を開ける画期的な支援方法です」
「これも支援になるの?」
「興行も一つの支援の形ですが、普段はホールなどで行います。なので観覧費が取られ、一般には還元されません。無料で最高の音楽が聴ける、これはとても素晴らしい事です」
「喜んで貰えたのなら嬉しいけど」
「喜ぶ、なんてものではありませんよ。普通では見れないオーケストラを普段は有り得ない演出も込みで見られたのですから。この噂は瞬く間に広がるでしょう。貴族は見えと建前で生きていますからね。これからこぞって真似をする者が増え、旦那様の名声も上がることと存じます」
朝日に持ち込まれた小さな依頼が何故か大掛かりになってしまい、居た堪れない気持ちがあったが、それが誰かのためになったり、喜んで貰えてたらしい。
「それなら良いんだけど…。依頼はダメそう…」
「そうですね。メロディバードは何匹か見れましたが、羽に赤い紋様が付いた個体は現れませんでしたね」
「うん…」
わざわざセシルに協力して貰い、ハイゼンベルク家総出で此処まで手の込んだ事をして貰った手前、依頼の失敗は正直悔やまれるところだ。
ただ、ハイゼンベルク伯爵家ほどの家が朝日のこんな小さな依頼のために動いたのにはそれなりの事情もあったのだ。
初めは見てみたいなぁ、と呑気だった朝日も流石に他の方法に悩む。そんな朝日の元に大仕事を終えたセシルが近づいてきた。
「だ、旦那様、お早く馬車へ。人々に囲まれてしまいますよ」
「朝日くん、一緒においで」
年若い従者がセシルを責っ付いて馬車へと促す。セシルは渋々、といった感じで朝日を呼び込み馬車へ乗り込む。
この興行の興行主が誰なのか、この馬車とセシルを見れば一般庶民でも流石に分かる。感極まる民達は口々にセシルへの賛辞を飛ばしていた。
「どうだった?」
「セシルは美しすぎます」
やや、怒った表情の朝日にセシルは慌てふためく。当然何に怒っているのか分からないセシルはどうすることも出来ず、クロムに視線で助けを求める。
「あ、朝日くん?メロディバードは…その顔は見つからなかったんだね」
「すみません、飛んだ無駄足な事をさせてしまって。せめて、興行として成功して本当に良かったです」
「興行?」
セシルは朝日をじっと見つめた後、ゆっくりとクロムを見る。あぁ、と納得したセシルはそれ以上何も言わず、ゆっくりと朝日の頭を撫でる。
「僕、一旦ララットさんに報告してきます」
「送るよ」
セシルがそう言うとクロムは背後の壁を数回叩き、御者窓が開く。御者と少し話すと馬車は方向を変えて走り出した。
セシルは朝日の頭をゆっくりと撫でながら、他の方法は、と頭を捻る。こう言うことの方が得意なセシルは選択肢を絞りながら新たな案も思案する。
その手の心地良さに朝日が目を細めるのも見逃さない。柔らかな毛がセシルの手によって優しく扱われ、サラサラと朝日の額を撫でる。色んな意味でくすぐったいような感覚に朝日はゆっくりと目を閉じる。
「セシルさんといると落ち着くけど、ドキドキする」
「…大変光栄ですね」
「それにふわふわする」
「ふわふわ、は良い意味でしょうか」
「うん。お兄ちゃん、ってこんな感じなんだろうなぁ、って」
「弟にはこんな事しませんが」
え?、とセシルを見つめる朝日にセシルはクスクスと上品に笑う。相変わらず動いていた手がするりと朝日の頬まで降りて、小さな朝日の鼻を突く。
「私、普段は結構怖がられているんです」
「セシルさんが?」
「どうやら、君には優しく出来るみたいで」
「僕に、だけ?」
「私もビックリしてるんですよ?」
まるまると見開かれたビー玉の目を向けられたセシルはどうしてでしょう、と朝日に問いかける。
「僕…また…」
ゆっくりと言葉尻を濁した朝日にセシルは困った顔をする。直ぐにニッコリと笑ってみせた朝日はガタッとタイミングよく止まった馬車をふわりと降り立つ。
「セシルさん!クロムさん!ありがとう!」
「お気を付けて」
「今度はゆっくりあそびにおいで」
「うん!」
(また?)
心の中でそう呟きながら窓から手を振って朝日を送り出す。その言葉の意味は分からないが、セシルは言葉を誤ったのだと言うことだけを理解した。
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