39 / 157
第二章
報告
しおりを挟む落ち着きの払った室内とは打って変わり、門前は少し騒がしい。長らく調査に出ていた一行が戻ってきたからだ。
一応内密な調査という事で今回は少数精鋭での出立だったが、その隊を率いていたのがクリスなので、寧ろいつもより騒がしい。
「あー、報告は後でもいいか」
「何言ってんっすか!団長とセシルさんに殺されますよ!」
「お前なぁ…。俺が何日まともに寝れてないと思ってんだ」
「確かに…隊長は続けての出立でしたが、それとこれとは…」
「仕方がねぇ。お前行ってこい」
「お、俺ですか…?」
そうしてやってきたセシルの執務室。
ブルブルと震える彼を絶対零度の笑みで迎え入れたのは勿論セシルだった。
彼が震えている理由は見るも明らかだ。
窓から差し込む日差しがまるで後光のように執務席に座るセシルに当たっていて、いつものように穏やかそうな表情を浮かべてはいるが、その逆光のせいでその表情がどす黒く見えてしまっている。
そして更に彼の予想外の事態。
執務室の真っ黒な皮張りのソファーに団長のユリウスも座って待ち構えていたのだ。
「…それでクリスは疲れたから君に報告を押し付けた、と?」
「…い、いえ!私が志願させて頂きました」
(何で俺がこんな役回りしないと行けないんだ…!)
慄然。
兎に角全身の震えが止まらない。同時に声の震えも止まらない。震えのせいか段々背中や手から汗が吹き出し、どんどん体温を奪っていく。
「ファビオ君だったかな?クリスを連れてきて貰えますか?」
「は、はいぃぃぃ!」
部屋を飛び出してクリスを呼びに行く。
『狂乱の鬼』クリスも怯えるほど怖いが、あの二人に比べればなんて事ない。鬼を引きずってでも連れて行くくらいの覚悟をしてセシルの執務室から然程遠くない場所にあるクリスの私室に飛び込む。
「隊長!やっぱり無理です!行きますよ!」
「あ゛ぁ?無理だって言ってこい」
「無理です。俺まだ死にたくありません」
「死ぬ訳ねぇだろ」
「いえ、本当に死にます」
自室にて着替えを済ませて、ベッドで横になっていたクリスの服を鷲掴みにして引っ張りおろす。
「仕方ねぇな…」
そう言いながらも立つ気はないクリスを引き摺りながら向かう。
「本当にお願いしますよ…。隊長、鍛え過ぎで重いんですから自分で歩いてください…」
「あー、無理。まじで無理」
こんな時だけ殺風景なこの詰所が有り難い。障害物が無い分引き摺りやすい。
そして、ようやく辿り着いた禍々しい空気が漂うドアをノックする。
「よぉ~。お前ら人使い荒すぎ」
「普段仕事してないのだから、こんな時に使うしかないでしょう?」
「あそこまで運んでくれ」
「…え?」
(ここにはいれ、と?)
「し、失礼…します…」
ファビオは恐る恐る恐怖の執務室へ入室する。クリスに言われた通り、ユリウスが座るソファーの対面にまで彼を運ぶ。
鍛え抜かれたクリスを運ぶのは一苦労だ。
「報告って何処までした?」
「黒騎士の…」
「ファビオ君も座りなさい」
さっきもここまで話したところでこの空気になった。一体全体黒騎士と何があったんだ、と再び震え始めるファビオはクリスの横にほぼ空気椅子状態で座る。いつでも退室出来るようにだ。
「クリス、魔物については何が分かった」
「発生源はメディスの瀧。そこから北西部に進行。西は英雄の丘の辺りまで。お陰で英雄の丘は積み荒らされていたな」
「メディスの瀧からか」
「周辺には至る所に足跡もあった。大体クリスタルフロッグの足跡に消されていたから、下見してたんだろうな」
「運んた方法は分からないのか」
「滝壺に妙なぬめりけのある物体があった。生態についてはあの薬師に聞いた方が早いだろうが、多分あそこで繁殖したって言うのが俺の見解だ」
魔物を孵化させる技術があるとでもいうのだろうか。しかも急成長させる方法もある。緊急の調査命令が出たのも納得できる。
「…そのぬめり、とやらは採取してきたのだな?」
「あ!はい。一応、此方に…」
「クロム」
「御意にございます」
何処から現れたのか、急にセシルの後ろに現れた老執事にファビオは思わず変な声を出してしまう。足跡もなく近づいてきたその老執事はファビオが持っていた小瓶を両手で丁寧に受け取ると、また音もなく部屋を出て行った。
「他にも何かありましたか?ファビオ君」
「あ、一応ですが、メディスの滝周辺の木や草花などとその滝壺の水、それから聖剣が収まっていた石の台座のカケラやクリスタルフロッグ以外の魔物達の生息地分布を記しておきました」
「君は中々優秀ですね。今度から君が伝令で良いですよ」
「おー、ラッキー。報告とか面倒だからな」
「お前も参加ぐらいはしなさい」
「チッ」
なんだか褒められたみたいだが、この恐怖の時間がこれからもあると思うと素直に喜べない自分がいる。それに…。
「んで?何でこんな調査を俺らがやらないといけなかったんだ?」
クリスの言う通り、これは本来自分達の仕事ではない。情報収集に特化した黒騎士の仕事なのだ。
さっきの様子から察するに黒騎士とは何かがあったのは察した。勿論聞くことは出来ない。死にたくない。
「…冒険者ギルドからの依頼だ」
「…ギルバートか」
クリスはその名前を聞くと眉毛をピクリと動かし、静かに呟いた。
ギルバート・シュベルツ。世界最強パーティーと呼ばれていた『剣聖』のリーダーだった男。そのパーティーに参加していたメンバー全員が魔剣を扱う魔剣士。パーティーには含まれていない下部組織もあり、そのメンバーもAランク以上の精鋭揃い。
それが一年前の事件をキッカケに解散した事でとても大騒ぎになった。
「薬師の話だと魔物の胃の内容物に『蛹海老』を使った料理があったらしい。魔物の足跡で人間の足跡が消されていたのなら魔物を先導出来るという可能性も出てきた。もし羽化を促す方法があるのなら、これから幾らでも何処からでも今回のような事件を起こせると言う事だ」
「待ってください!じゃあ、今回のは一年前と同じく人災なのですか!?」
「そうだ。だから調査に君達特攻隊を送ったのだが?」
「あ、説明してなかったわ」
「ちょ、隊長…」
(この適当な隊長の下で働くのもう、ヤダ…)
見えない涙を流すファビオの心の声はこの三人には届かないのだった。
フェスタの屋敷からの帰り。
貴族門まで送られた二人はそのままギルドに赴いていた。
と言うのも前日偶々二人宛の指名依頼が入っていて、その依頼受理をして貰いに戻ってきたのだ。
「それじゃあ、朝日君はララットさんのペット探し。ゼノはリトルグリフォンの討伐ね」
「ありがとう、アイラさん」
「そういえば、宿屋はどんな感じ?慣れてきた?」
「だいぶ慣れてきたよ。何かセシルさん本当にすごくところを紹介してくれたみたいで、ご飯も好きな物を選べて、部屋は豪華すぎるし、お風呂まで付いてるんだ」
「…流石ね」
「でも、一人は…」
ゼノをチラリと見ようとした朝日だったが、荒々しく動くゼノの手によって遮られる。
実はゼノの滞在していた宿はとても人気なようで空き部屋がなく、ポシェット事件のすぐ後にはそのセシル紹介の宿に移る予定で、荷物も移していた朝日。
しかし、その後疫病事件の際に倒れた朝日を看病する為にゼノが女将に無理を言って一人部屋に一緒に宿泊させていたり、スキルの練習と表して黒騎士の情報操作が終了するまでの間匿まっていたり、と中々其方に移る機会がなかった。
女将はそのままいつまでもいてくれて構わない、と言ってくれたが、だからと言っていつまでも女将の行為に甘える訳にはいかない、と朝日はようやっとあの祭りの後、新しい宿屋に移ったのだった。
「お風呂か~。良いわね~」
「今度入りに来る?」
「いいの?!」
「朝日、辞めとけ」
朝日の発言に興奮するアイラをゼノは慣れた様子で
止める。腕一本で止めたゼノに朝日はいつものように尊敬の眼差しを向ける。
「あんなところに庶民は出入り出来ねぇ」
「え?僕、庶民…」
「ぽくねぇ」
「え!僕、本当に…」
「ほら、行くぞ」
ゼノは此方もで慣れたように上手く誤魔化す。この数ヶ月で二人の扱いが格段に上手くなっているようだ。アイラの猛攻も上手く受け流しギルドを出る。
「暗くなる前に依頼を終わらせろよ」
「あ、うん!ゼノさん討伐依頼頑張ってね!」
「お前もな」
そしてお互い手を振り合ってギルド前で別れる。
ゼノは正門へ。朝日は依頼人ララットの家へ。
0
お気に入りに追加
210
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜
山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。
息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。
壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。
茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。
そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。
明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。
しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。
仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。
そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。
家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる