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第二章
報告
しおりを挟む落ち着きの払った室内とは打って変わり、門前は少し騒がしい。長らく調査に出ていた一行が戻ってきたからだ。
一応内密な調査という事で今回は少数精鋭での出立だったが、その隊を率いていたのがクリスなので、寧ろいつもより騒がしい。
「あー、報告は後でもいいか」
「何言ってんっすか!団長とセシルさんに殺されますよ!」
「お前なぁ…。俺が何日まともに寝れてないと思ってんだ」
「確かに…隊長は続けての出立でしたが、それとこれとは…」
「仕方がねぇ。お前行ってこい」
「お、俺ですか…?」
そうしてやってきたセシルの執務室。
ブルブルと震える彼を絶対零度の笑みで迎え入れたのは勿論セシルだった。
彼が震えている理由は見るも明らかだ。
窓から差し込む日差しがまるで後光のように執務席に座るセシルに当たっていて、いつものように穏やかそうな表情を浮かべてはいるが、その逆光のせいでその表情がどす黒く見えてしまっている。
そして更に彼の予想外の事態。
執務室の真っ黒な皮張りのソファーに団長のユリウスも座って待ち構えていたのだ。
「…それでクリスは疲れたから君に報告を押し付けた、と?」
「…い、いえ!私が志願させて頂きました」
(何で俺がこんな役回りしないと行けないんだ…!)
慄然。
兎に角全身の震えが止まらない。同時に声の震えも止まらない。震えのせいか段々背中や手から汗が吹き出し、どんどん体温を奪っていく。
「ファビオ君だったかな?クリスを連れてきて貰えますか?」
「は、はいぃぃぃ!」
部屋を飛び出してクリスを呼びに行く。
『狂乱の鬼』クリスも怯えるほど怖いが、あの二人に比べればなんて事ない。鬼を引きずってでも連れて行くくらいの覚悟をしてセシルの執務室から然程遠くない場所にあるクリスの私室に飛び込む。
「隊長!やっぱり無理です!行きますよ!」
「あ゛ぁ?無理だって言ってこい」
「無理です。俺まだ死にたくありません」
「死ぬ訳ねぇだろ」
「いえ、本当に死にます」
自室にて着替えを済ませて、ベッドで横になっていたクリスの服を鷲掴みにして引っ張りおろす。
「仕方ねぇな…」
そう言いながらも立つ気はないクリスを引き摺りながら向かう。
「本当にお願いしますよ…。隊長、鍛え過ぎで重いんですから自分で歩いてください…」
「あー、無理。まじで無理」
こんな時だけ殺風景なこの詰所が有り難い。障害物が無い分引き摺りやすい。
そして、ようやく辿り着いた禍々しい空気が漂うドアをノックする。
「よぉ~。お前ら人使い荒すぎ」
「普段仕事してないのだから、こんな時に使うしかないでしょう?」
「あそこまで運んでくれ」
「…え?」
(ここにはいれ、と?)
「し、失礼…します…」
ファビオは恐る恐る恐怖の執務室へ入室する。クリスに言われた通り、ユリウスが座るソファーの対面にまで彼を運ぶ。
鍛え抜かれたクリスを運ぶのは一苦労だ。
「報告って何処までした?」
「黒騎士の…」
「ファビオ君も座りなさい」
さっきもここまで話したところでこの空気になった。一体全体黒騎士と何があったんだ、と再び震え始めるファビオはクリスの横にほぼ空気椅子状態で座る。いつでも退室出来るようにだ。
「クリス、魔物については何が分かった」
「発生源はメディスの瀧。そこから北西部に進行。西は英雄の丘の辺りまで。お陰で英雄の丘は積み荒らされていたな」
「メディスの瀧からか」
「周辺には至る所に足跡もあった。大体クリスタルフロッグの足跡に消されていたから、下見してたんだろうな」
「運んた方法は分からないのか」
「滝壺に妙なぬめりけのある物体があった。生態についてはあの薬師に聞いた方が早いだろうが、多分あそこで繁殖したって言うのが俺の見解だ」
魔物を孵化させる技術があるとでもいうのだろうか。しかも急成長させる方法もある。緊急の調査命令が出たのも納得できる。
「…そのぬめり、とやらは採取してきたのだな?」
「あ!はい。一応、此方に…」
「クロム」
「御意にございます」
何処から現れたのか、急にセシルの後ろに現れた老執事にファビオは思わず変な声を出してしまう。足跡もなく近づいてきたその老執事はファビオが持っていた小瓶を両手で丁寧に受け取ると、また音もなく部屋を出て行った。
「他にも何かありましたか?ファビオ君」
「あ、一応ですが、メディスの滝周辺の木や草花などとその滝壺の水、それから聖剣が収まっていた石の台座のカケラやクリスタルフロッグ以外の魔物達の生息地分布を記しておきました」
「君は中々優秀ですね。今度から君が伝令で良いですよ」
「おー、ラッキー。報告とか面倒だからな」
「お前も参加ぐらいはしなさい」
「チッ」
なんだか褒められたみたいだが、この恐怖の時間がこれからもあると思うと素直に喜べない自分がいる。それに…。
「んで?何でこんな調査を俺らがやらないといけなかったんだ?」
クリスの言う通り、これは本来自分達の仕事ではない。情報収集に特化した黒騎士の仕事なのだ。
さっきの様子から察するに黒騎士とは何かがあったのは察した。勿論聞くことは出来ない。死にたくない。
「…冒険者ギルドからの依頼だ」
「…ギルバートか」
クリスはその名前を聞くと眉毛をピクリと動かし、静かに呟いた。
ギルバート・シュベルツ。世界最強パーティーと呼ばれていた『剣聖』のリーダーだった男。そのパーティーに参加していたメンバー全員が魔剣を扱う魔剣士。パーティーには含まれていない下部組織もあり、そのメンバーもAランク以上の精鋭揃い。
それが一年前の事件をキッカケに解散した事でとても大騒ぎになった。
「薬師の話だと魔物の胃の内容物に『蛹海老』を使った料理があったらしい。魔物の足跡で人間の足跡が消されていたのなら魔物を先導出来るという可能性も出てきた。もし羽化を促す方法があるのなら、これから幾らでも何処からでも今回のような事件を起こせると言う事だ」
「待ってください!じゃあ、今回のは一年前と同じく人災なのですか!?」
「そうだ。だから調査に君達特攻隊を送ったのだが?」
「あ、説明してなかったわ」
「ちょ、隊長…」
(この適当な隊長の下で働くのもう、ヤダ…)
見えない涙を流すファビオの心の声はこの三人には届かないのだった。
フェスタの屋敷からの帰り。
貴族門まで送られた二人はそのままギルドに赴いていた。
と言うのも前日偶々二人宛の指名依頼が入っていて、その依頼受理をして貰いに戻ってきたのだ。
「それじゃあ、朝日君はララットさんのペット探し。ゼノはリトルグリフォンの討伐ね」
「ありがとう、アイラさん」
「そういえば、宿屋はどんな感じ?慣れてきた?」
「だいぶ慣れてきたよ。何かセシルさん本当にすごくところを紹介してくれたみたいで、ご飯も好きな物を選べて、部屋は豪華すぎるし、お風呂まで付いてるんだ」
「…流石ね」
「でも、一人は…」
ゼノをチラリと見ようとした朝日だったが、荒々しく動くゼノの手によって遮られる。
実はゼノの滞在していた宿はとても人気なようで空き部屋がなく、ポシェット事件のすぐ後にはそのセシル紹介の宿に移る予定で、荷物も移していた朝日。
しかし、その後疫病事件の際に倒れた朝日を看病する為にゼノが女将に無理を言って一人部屋に一緒に宿泊させていたり、スキルの練習と表して黒騎士の情報操作が終了するまでの間匿まっていたり、と中々其方に移る機会がなかった。
女将はそのままいつまでもいてくれて構わない、と言ってくれたが、だからと言っていつまでも女将の行為に甘える訳にはいかない、と朝日はようやっとあの祭りの後、新しい宿屋に移ったのだった。
「お風呂か~。良いわね~」
「今度入りに来る?」
「いいの?!」
「朝日、辞めとけ」
朝日の発言に興奮するアイラをゼノは慣れた様子で
止める。腕一本で止めたゼノに朝日はいつものように尊敬の眼差しを向ける。
「あんなところに庶民は出入り出来ねぇ」
「え?僕、庶民…」
「ぽくねぇ」
「え!僕、本当に…」
「ほら、行くぞ」
ゼノは此方もで慣れたように上手く誤魔化す。この数ヶ月で二人の扱いが格段に上手くなっているようだ。アイラの猛攻も上手く受け流しギルドを出る。
「暗くなる前に依頼を終わらせろよ」
「あ、うん!ゼノさん討伐依頼頑張ってね!」
「お前もな」
そしてお互い手を振り合ってギルド前で別れる。
ゼノは正門へ。朝日は依頼人ララットの家へ。
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