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第二章
招待
しおりを挟むフェスタからの招待状が届いたのはそれから一週間後の事だった。如何にも貴族らしい新品の紙の良い香りがする封筒と物々しい封蝋。
きっとこの封蝋を調べればどこの家紋かぐらいはすぐに分かるだろうし、セシル辺りに聞けば尚更情報は仕入れられるだろうが、ゼノは敢えて何も調べなかった。
此処で調べると言うことが彼方に興味を持っていると思われる可能性があるからだ。少しでもの気遣いか、面倒を見ていると言ったからなのか、招待状はゼノ宛に届き、連名での招待を受けた。
内容はとてもシンプルで、先日のお礼に昼食をしましょう、と言うだけの手紙。
ただやはり此処も貴族らしく回りくどく、分かりにくく、解読しないと読めないような文言が並んでいた。
貴族のマナーやルールに疎いゼノは手紙が届くまでの一週間、実は忘れているのでは?社交辞令ってやつだったのか?と思っていたが、これでもとても早く動いた上での招待だったりする。
最も、そこまで重要な食事ではないのだから、此処まで時間がかかったと言うのはそれなりに大掛かりな準備をしたと言う事と相違ない。
だから、会食程度を予想していたゼノは表情こそ変わらないが、内心肝が冷えている。
「…正餐ってやつか」
「え?正餐ならもっとたくさん人集まるよ」
「…そうか」
「僕、中世の物語は割と好きだったんだ」
当然、とばかりに言う朝日にやっぱり貴族出身だったか、と妙に納得したゼノだったが、朝日が続けた言葉でたまに出す本の知識だったか、と再び納得する。
「君は本当に博識だね。正餐ではないからマナーとかは気にしなくて良いよ」
運ばれてきた料理を見て食べる気が起きないほどに煩わしく思う。真っ白い皿にちょこんと乗ったサラダ、カクテルグラスに入ったカラフルな何か、まだ暖かい焼き立てのパン、具の無い不透明なスープ、生焼けの肉の上に乗ったフルーツのソース、甘ったるすぎる砂糖漬けフルーツのスポンジのケーキ。
不味いわけでないが、ちょこちょことか出てこなかったり、遅かったり。味は薄かったり変わっていたり。テーブルマナーも何もかも煩わしい。
「ゼノさん、気にしなくて良いんだって」
「あのな、そう言いながらもきちんとしないとだな…」
「本当に気にしなくて良いよ。此処には我々しかいないしね」
あー、なるほど、とゼノは口を拭きながらスーッと目を閉じた。要は屋敷に招いたのはマナーを守れるか分からない冒険者を高級店には連れてけないと言いたいのだろう。それは店にも迷惑をかけるし、当然フェスタ自身にも貴族の汚点となりかねない。外では出来なさそうな話しだったっという建前も上手く利用した。その詫びとして賓客相当のもてなしをしてくれているのだろう。
そう考えるゼノは相当ひねくれた考えをしている。
「あのね、ルールは守らないといけないけどそのままやるのは成り上がりのすることなんだよ?」
「…それも本の知識か」
「うん」
「その通り、テーブルマナーや社交界のルールは基本新参者や成り上がりを排除する役割を持っているのです。完璧にルールを覚えた上で敢えて自分なりに、崩して優雅に見せることが本物の貴族の在り方なのです」
「なるほどな」
当然、気にしなくて良いと言うのはゼノの言う通り、しなくて良いと言うわけではない。完璧にこなそうとしなくていいと言う意味だったらしい。
「朝日君と言ったかな。本当に君は冒険者にしておくには勿体ない。多くの知識を蓄えていて、貴族、社交界についても見識が深い。そしてその知識を応用して扱うことも出来る」
「僕褒められてる?」
「それは分からないのか…」
「如何だろ。君ぐらいの冒険者なら社交の場に連れて行っても問題はない。私に囲われるの方が効率よく稼げると思うのだが」
(早速来たか…)
ゼノは思わず身構える。ニコニコと笑顔を崩さないフェスタを良く見据える。そのフェスタは朝日を見据えていて、朝日はゼノの様子を伺っていた。
「…?僕は冒険がしたいんです。冒険を自由に出来ますか?」
「本当に欲のない子だ…。大体の冒険者は此処でいくら出すのか聞いてくるか、一度謙遜をして引いたふりをして値段を釣り上げようとすると言うのに」
「聞いた方がいい?」
「聞かなくていい」
「君も一緒に如何かな?」
「分かってんだろ」
「二人とも是非養子に迎えたいほどだ」
「…」
「旦那様…」
「あぁ、すまない。ちょっとした冗談だよ。今日は本当にお礼をしたいだけなんだ」
その言葉の通り、この後は例の如く朝日の変装アドバイスや彼の知識の源である本の話しなどで程よく盛り上がった。
「それでね、フェスタさんが着てた服、かなり質素っぽく見えるけど、しっかりとアイロンがかけられていて綺麗すぎなの。庶民は余程のことがない限りアイロンをかけない。あと生地がいい物すぎるの。庶民の服はアイロンをかけてもあんな光沢は出ないよ」
「なるほど、執事。彼の言う通りの物を」
「かしこまりました」
貴族でありながら物腰が低かったり、朝日のアドバイスによく耳を傾けて直ぐ取り入れようとしている辺りもかなり好感が持てた。貴族に詳しくないゼノでも彼が善良な貴族に見える。これが演技なのだとしたら騙されてもいい気がする程の男っぷり。
「そう言えば、さっきの“中世”の話だが…」
「旦那様、お次のご予定が…」
「あぁ…そうだったな」
「…あ、僕たちもこの後予定があって」
「あぁ、行くか」
「追い出すみたいですまないね。またお誘いしていいかな?今度は何処かお店に行こう」
ゼノが何を考えていたのかは全てお見通しとばかりににっこりと笑う。ゼノはその様子に悪かったな、と言わんばかりに広角を片方だけ持ち上げて執事が開けた扉から出て行く。ゼノの後に続いて朝日も一旦部屋の外に出るが、ふと立ち止まりまだ部屋に残っていたフェスタに振り返る。
「何かな?」
「今度はお礼じゃないもんね?」
「そうだね。友人、というのは如何かな?こんな老ぼれは嫌かな?」
「全然嫌じゃないよ!でもね、冒険者は敬語使わないんだ」
「私は友人には敬語は使わないよ」
決して、貴族への尊敬を忘れたわけではない、と言いたいのかな?とニコニコと笑顔を返すフェスタに朝日は少し意を決したような面持ちで向き合う。
「僕、大人になりたいんだ。年齢的な話しじゃなくて…フェスタさんみたいな大人に」
「お友達のお願いなら聞かない訳にはいかないね。何でも聞きにおいでいつでも待っているよ」
「うん!」
そして今度は笑顔で手を振ってゼノに追い付くために駆け足で部屋を出て行った。
「なんとも純朴な少年ですね」
「あれは汚れて欲しくないね。困ったなぁ、本当に孫に欲しい」
「…ミラト様が何とおっしゃるか」
「ほぉほぉほぉ。我が家に入れてはいけないよ、あんな優しい子をどうしたら…」
「…?」
「あれは、無垢すぎる。どこかに閉じ込めて置かなければあぁはならないだろう」
「ま、まさか…」
いつもの笑顔は成りを顰め、真剣な面持ちで話すフェスタ。まだ年若い執事がお茶を入れ直しながら、少し憐れむような表情でポットの蓋を押さえた。
「…次も行くのか」
「うん、なんかね…説明するのは難しいんだけど、何か大切な事を見逃している気がするんだ」
「大切なものねぇ…」
「もう少しで分かりそうなんだけど…」
フェスタが用意した馬車に乗り込む。フェスタの屋敷の門から貴族門までのはそれ程遠くないが、屋敷から門までがかなりの距離があり、彼の資産の凄さを物語る。馬車がないと流石に行き来は難しいだろう、それくらいの距離がある。
そんな馬車の中で朝日が普段見せないほどに何か真剣な面持ちで考え事をしているのでゼノも何かあったか、と出会いから今日までの出来事を思い返す。
出会いはこちらから。食事は彼方から。どちらも自然なことで特に可笑しな点はない。
「失礼します!商談に参りました!」
「旦那様は奥でお待ちです…が、いつもの方とは違いますね?」
「失礼致しました。担当のアイゼンは体調不良で急遽私、ダライアスが参りました。突然だったので…事前のご連絡が出来ず申し訳ありません」
「まぁ、馬車もその免状も本物なのは確認できているから問題はないが、これきりにして貰いたい。以降は事前連絡を必ず貰いたい」
「かしこまりました」
門前で守衛と話し合う商人。二人は貴族門までフェスタが用意してくれた馬車でその横を通り過ぎる。
二人も彼も気付かない。お互いの存在に。
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