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第二章

遠い目

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「実は、オレリアと俺友達でね?」

「オレリアさん?」

「あれ?オレリア知らない?」

 もう一つの目的、朝日が所持しているであろう魔石について知る為にそう単純な嘘をついただけだったロードアスターは困ったなぁ、と顎に手を当てながらダラダラと歩く。
 それを知らない朝日はロードアスターが言う事を真剣に考えていて、ロードアスターは仕方がなくそのままその嘘を続ける事にした。

 オレリアというのは先日朝日が白日の騎士団本部前で出会ったあの門番の騎士のことだった。
 ロードアスターの説明によると彼はオレリア子爵家の長男リチャード・オレリアというそうで、家位を上げるために白騎士に入ったとてもな青年なんだそう。
 そんなな彼は朝日からもらった“ボールストーン”をセシルに言われた通り大切にする為に家宝として国に登録した。
 その“ボールストーン”の出処をとある貴族に問いただされた時になあまり彼は朝日の名前を出してしまったのだという。

「そのなオレリアが言っちゃたんだよね?」

「うん」

「“ボールストーン”は別名魔法石と言ってね、“高値の花”と一緒でとても貴重で希少なものなのね?」

「うん」

「で、それを他人にホイホイと君はあげちゃった訳」

「うん」

「…あれは一個で小さな街買えちゃう訳ね?」

「うん」

 何だろう、この伝わってない感。
 真面目、と言う言葉をわざとらしく強調して話しても貴重なものだと、希少なものだと説明してもなにも響いていない。これが凄くまずいことなのもまるで伝わってないし、それで周りがとても苦労している、という事も全く分かってない。
 ゼノが口止めしなかったのも、そもそも出来ないって事なのだとしたら、少し可哀想だけど言い方を変えなくてはならない。
 困ったなぁ、と再びロードアスターは頭を抱え、ため息をつく。
 そのため息に怯えたような表情をする朝日。

「…僕、悪い事したんだね」

「やっと理解した?君はそれでゼノやギルバートに多大な迷惑をかけている。もちろんシルにも」

「…迷惑」

「そう、迷惑。君のせいでね」

 調子のいい表情を仕舞い込み、へらへらとした話し方も辞める。朝日が自分に対しての危機感を持たないなら、大切な人達が、友達が苦しんでいると伝えるしかない、と無表情を取る。
 ロードアスターの言葉一つ一つにショボン、と落ち込んでいく朝日。
 そのビー玉の目が涙で濡れているようにも見える。しかし、たじろいでる暇はない。元々そう言うタチでもない。
 多分今までこれを見て誰も何も言えなくなってしまったのだろう、とロードアスターは彼らの行動に呆れ、低い声を出す。

「君はそうして守られてれば良いと思ってるのかも知れないけど、守られる側はさぁ?守られる側なりの行動があると俺は思ってるんだ」

「…僕は守られてばかりだもんね」

 そして、ロードアスターは頭の中で組み立てていた言葉が出てこなくなる。

「だから、君はちゃんと…」

 言葉が詰まる。こんな事が今まで一度でもあっただろうか。
 彼は全て分かっていて、どうにかしたいと思っていて、その為に己を諌めることが出来る人間で。
 多分、このまま攻め続ければ彼はもう二度と誰の前にも現れることはないのだと、理解した。

「僕はいつもそうなんだ。ごめんなさい」

 どうしてロードアスターがそう思ったのかは彼の表情を見れば分かるだろう。
 ニコニコといつものように笑いながらも、何処を見ているのか分からないような遠い目。丸く大きなビー玉の瞳は涙に濡れたようなのに決してそれが溢れることはない。
 全てを諦めたように、何も写してないように、その灰色の瞳が白く濁っていく。

「誰かの役に立ちたいって思っても、結局迷惑かけちゃったし」

「あれは君のせいじゃないと思うけど」

「じゃあ、どうしたら良いのかな?あー、僕いなくなった方がいいよね」

 そんな寂しいことをいつも通りの笑顔を向けながら平気か顔で言う。
 それはロードアスターが思うように一人になりたい、誰とも関わりたくない、と思っての発言ではない事くらいは分かる。
 一人になりたくない、皆んなと一緒きいたいと思いながらも、その人達の迷惑になるなら、と自分の気持ちを押し殺した結果からの発言。
 どうしたらそう言う発言に至るのか、ロードアスターには理解が出来なかった。
 自分は一人になる為に、周りと深く関わらないようにする為に、わざと飄々とした態度を取っている。そうする事で軽薄そうに見られたり、責任感がないように捉えられて、関わるのはやめようと周りが勝手に引いていくからだ。
 そして同時にそれを仕事に利用している。そうしていると近寄ってくるのは軽薄で責任感のない犯罪者ばかりだからだ。
 それが自分勝手な事なのも分かっているしで、その事で他人が困ったり、傷付いたりする事なんて本当にどうでも良くて、寧ろそうする事で自分を保っている。
 だから、朝日の反応に無性に腹が立ってくる。
 まるで自分のしていることが幼稚だと言われているようで。

「そう言えば、いなくならなくていいって言ってもらえるとおもってるの?」

「団長!」

「君って本当迷惑かける天才だよ」

「団長!!!」

「本当にすみませんでした。そんな事で同情を引くなんて子供のする事ですね。色々教えてくれてありがとうございました。サーラスも…サーラスさんも本当にありがとうございました」

「団長!流石に言い過ぎです!朝日君に謝って!」

 全く表情も声色も変える事なく頭を下げて謝る朝日に心苦しくなる。
 自分の幼稚さが余計に露呈して、聞き分けの良い子に当たり散らすなんて、こっちの方が子供だ。でもロードアスターは謝ることはしない。それが全てを認めることになるから。

「これ、依頼のお花です。ありがとうございました」

「ま、待って!朝日君!」

 心を閉ざす、あぁ、これがそれなのか。
 こんなに簡単な別れがあるのもなのか。もう二度と会えないのか。まだ目の前にいるのに遠くにいるような、心の距離。彼が作った壁がとても高すぎて、サーラスには繋ぎ止める言葉が見つからない。

「団長!お願いします!今すぐ朝日君に謝って下さい!」

「…言っただろ。消す事も考えてるって。自分から居なくなってくれるなら寧ろ良いんじゃない?」

「そんな子じゃないって分かったって言ってたじゃないですか!なんで?何でなんですか!!!!!」

 叫ぶ言葉にも聞く耳を持たないロードアスターに彼女の怒りは沸点を越える。

「謝らないから…仕方がないのよ」

「サーラス、辞めとけ。死ぬだけだぞ」

「私は!私は!!!」

 大きな叫び声と共に交差した手を前に突き出し、ロードアスターに向ける。彼女を纏うオーラが強まり、攻撃体制に入いる。そんな様子にも冷静に淡々と答えるロードアスター。

「貴方凄いわね。私貴方のこと嫌いじゃないわ」

「…な!」

「…お前は…」

「お久しぶりね、朝日君」

「…」

 突然現れたシナに視線こそあれど登上に対しては何の反応も見せない朝日。シナは首を傾げて朝日の様子を伺う。

「どうしたの?朝日君?私よ、シナよ?」

 平然と話しているが、その片手はサーラスの両腕を持ち上げていて、もう片手は朝日の腰を抱いている。

「シ、ナさん?」

「えぇ」

「シナ…まさかお前が付けられてるとはな」

「あら、彼に誰もついてないと?そんな事がある訳ないわ。旦那様を舐め過ぎよ?」

「そうだな、気配がない時点でお前たちかクロムだと疑うべきだった」

「当然よ」

 二人が淡々と会話する中、え?あれ?と急に慌て始める朝日。そんな朝日に相変わらず無表情のシナだが、その手は彼の頭の上で優しくゆらゆらと動いている。
 お互いそれ以上何か話すわけでもなく、サーラスも腕を持たれたまま動かない。いや、動けなかった。
 お互い何かの登場を待っているかのようにただひたすら無言でその時を待つ。

「…やっと殺す名目が立ちました」

「セ、シルさん…」

「さぁ、朝日君。こっちにおいで。あの“兄貴狂い”に八つ当たりされて怖かったですね」

「セシルさん!」

 抱きつきたい、と言う気持ちとは裏腹に足が一歩も進まない朝日。そんな彼にセシルは更に悲しそうな顔を見せた。

「何と言われたんですか?そうだ。もう一度お泊まり会しましょう。そこで悲しかった事全部聞きますよ」

 全力で首を横に振る朝日にセシルは笑顔だが、発せられているオーラはとても暗く、重く、針に刺されたような痛みを周りに与える。

「シナ、朝日君の目を覆いなさい」

「はい、旦那様」

 シナは頭の上で変わらずゆらゆらと動かしていた手で朝日の目を覆う。朝日は驚き少し体勢を崩すが、シナの身体に倒れ込んだだけで、頭には柔らかなものを感じていた。

「…セシルさん?」

 真っ暗な視界の中で唯一の情報の音さえも不自然な程に聞こえてこない。当然返事も帰ってこない。
 朝日は途端に恐怖で体が震え始め、何度もセシルの名前を叫び…そしてそのまま意識を飛ばした。








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