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第二章
密談
しおりを挟む次の日から二人の猛特訓は始まった。
初めは並べた2種類の薬草を近づいても“回収”しないという練習。近づいただけで姿を消す薬草をどうすれば良いかもわからない朝日にはとても難しい課題だった。
ゼノも聞いた事もないスキルで、教える事も出来ずただ見守るだけ。
もしものことを考えて宿屋で秘密の特訓をしていた二人はそれから数日間部屋から出る事はなかった。
宿の女将の献身的な支えもあり、練習は順調だったが、始めて一ヶ月経ったいまでも漸く少しコツを掴み始めたくらいだった。
「少し出てくる」
「うん」
練習中、こうして度々ゼノは宿を開ける事があった。直ぐ戻ってくる時もあれば、朝起きて横に寝ていた事もあったりとその帰りもまちまちだった。
その用事の内容は特には聞いていない。依頼を受けに行っているのかも知れないし、誰かと会いに行っているのかも知れないし、それは分からないが自分には知る必要のない事なのだと分かっていた。
何かあればきっとゼノから話題が上がる筈だし、わざわざ聞くような事でもないからだ。
「待たせたな」
「そんなに待ってないわよ」
部屋に入るなり、相手の目の前のソファーにドカッと腰を下ろしたゼノに相手はその顔を崩す事はない。
「朝日君の様子はどうだい?」
「問題ねぇ。ケロッとしてやがる」
「なら良かった」
「あれから一ヶ月も経ってるんだ。まだ何か心配事でもあるのか」
ニッコリ、といつもの彼らしい作り笑いを見てゼノははっ、と鼻で笑う。
何も変わらない。あの時から。
例え世界中から非難されようともゼノを守ってくれた恩人ギルバートのままだ。彼がいるからゼノはゼノのまま変わらず冒険者を続けられている。その感謝はいつ何時も忘れた事はない。
「いや、またいつ君に投げ飛ばされるか、と思うとついね」
(相当根に持ってやがる)
二人は不敵な笑みを浮かべたままお互いを見据えている。それをはじめに破ったのはアイラのため息だった。
「ねぇ?二人だけの世界に行かないでもらえる?」
「変な言い方はよして頂きたい。アイラくん」
「気持ちわるいこと言ってんじゃねーよ」
そしてアイラは再びため息を吐く。
お互いにお互いを信頼し合っている。ゼノは大恩人として、ギルバートは義兄弟として。なのにお互い全く素直じゃないからこうしていつまで相容れない。
「ねぇ、そろそろ来ちゃうんですけど」
「変な条件吹っかけてきたらぶっ飛ばすだけだ、気にすんな」
「ゼノ。ぶっ飛ばすのはやめて欲しいな。ギルドが壊れちゃうでしょ?」
ギルバートの執務室にて三人はとある人物を待っていた。三人での何度かの話し合いの結果、相手側からあった提案を飲むことにしたのだ。
「ロード様!お早くなさってください!」
「いやいや~、そんなに待ってないって~!ほぼ予定通りでしょ?」
部屋に入る前から何やら上の方が騒がしい。
こんな鼻につく話し方をする貴族は彼くらいだろう。堅苦しいよりは良いが、そう言う奴の方が何を考えているのか一番読みにくかったりする。
正直あまり相手にしたくない部類の人間だ。
「皆さん、話は纏まりました~?」
「出来れば、扉から入ってきて頂きたい物ですね」
「いやー、ごめんごめん!立場上あんまり人前に顔出せないのよ~俺」
出窓のヘリにヤンキー座りで手を振ってくる真っ黒な男に悪態をつきながらギルバートは仕方がなく窓を開ける。
「散々、ギルド内に潜り込んでおいてですか?」
「あれれ、バレてた?」
とぼけた様に言う彼に呆れる他ない三人は当たり前のように一人掛けのソファーへ座った彼に視線を向ける。後ろに控えるように壁になる侍従はペコリと頭を下げた。
「そっちの提案は受ける…が、条件は変える」
「何々?どんな感じがいい?そっちの要望は全て聞くよ~?」
このノリが軽い感じ。
相手に合わせているようで踊らされているような感覚。普通の人ならありがたい、と素直に受け入れるのだろうが、こう言った話し合いの場面で、尚且つお互い知った口だと不愉快極まりない。
「此方としては朝日君の情報を黒印の騎士団の方で全面的に隠してくれるのは有り難いです。此方で集めた情報によると宰相ドベニスクが動いているようですし、出来るだけ長く隠しておきたい」
「あらあら!流石、双子ちゃんの情報網!…んじゃ話しは早いと思うけど、早くしないと坊も巻き込まれちゃうよ?心配だなぁ~」
「…あぁ、確か面識があるんだったな」
「坊は本当に変わって子だよね?何より引きが強すぎ~!知り合いが最強騎士に腹黒伯爵、英雄ゼノとその元パーティーメンバー…って何の小説やねん!」
一人ペラペラと饒舌に話し、盛り上がるロードについてきた従者ですら無言のまま。
「まぁ、いいや。それで?条件って?」
「朝日の情報を守る代わりに朝日についての情報を渡す、って言うのは納得いかない」
「何で?知らなきゃ守りようも無いと思うけど?」
「アイツの情報を知っているのはアイツだけだから」
「要は今わかっている以上の話しは知られようが無いって事?」
「その通りだ」
ロードは少し考えたような素振りをして後ろに立っている従者をそのまま背中をソファーに預けたままに見る。そのダラシない態度に彼が貴族である事をつい忘れそうになる。
「どう思う?サーラス」
「…嘘はないですが、隠してる事はあります」
「んじゃ!その隠してる事だけ話してくれたら良いや」
サーラス。ロードがわざわざ彼女に意見を聞いた、と言うことは彼女の能力に起因するのだろう。
「隠し事ねぇ、特に無いんだが」
「だって、サーラス」
「…彼の能力について何か知っているようです」
彼女の顔は見えない。深々と被られた真っ黒のローブの帽子で口元以外は隠されている。
はじめに彼が言っていた通り、黒は人前に出ない。陰に潜み、影で動く。秘密部隊の名に相応しい。
隠し事、の検討も付けられているなら隠すのは難しいのだろう。朝日の能力を知らなければ話す必要もなかったのだろうが、知らなければそもそも頼ろうとも思ってなかったのだから不運な話しだ。
「朝日の能力については朝日に聞いて欲しい。やりたいようにやらせるのが俺らの仕事だ。俺らが朝日の人生について勝手に決める事はしない」
「まぁ、こう言うのって他人が勝手に言って良いものじゃ無いしね!分かった!じゃあそう言う事で!」
「失礼致しました」
「心配しないで!朝日坊の情報隠しと警護の件は任せてねぇ~。ちゃんと仕事はするよ~」
再び窓から帰っていくロードを追いかけるように黒いローブの彼女は礼儀正しく頭を下げてから同じく窓から出て行った。
「俺は帰る」
「ちょっと!そろそろ、朝日君連れて来なさいよ!」
「今聞いた通りだ。あの子が能力をうまく使えるようになるまで時間やってくれ」
朝日の為。そう言われてしまえば何も言えない。
「な、何よ…うぅ、もー!分かったわよ!」
「ゼノ、必要な物とか足りない物はないですか?」
「思い付いたら言う」
そう言って、いつものようにひらひらと手を振ってゼノは部屋から出て行った。
「何故情報が入ってこない」
「…如何やら誰かが手を回しているようです」
「そんな事出来る奴は限られているだろう」
深紅のベロア調の記事をふんだんに使用した木製の美しい椅子に綺麗な姿勢で座る男は肘掛けの流れるような美しい曲線を楽しむように手を這わせる。
冷静に報告を受けているように見えるが、こめかみには青筋が立っていて、その行動が気持ちを落ち着かせる為の行動なのだとわかる。
「当時の状況は聞いた。エターナルライセンスの薬師が音を上げた特効薬を直ぐに作ったとなるとそこには必ず何かあるはずなのだ」
「青騎士が動いた痕跡はあるのですが…」
「そもそも、ゼノはいつ大剣を取り戻したんだ。アレがなければ作戦はもっと円滑に…美しく…」
ガリガリと爪を齧り、男はこめかみの青筋を更に浮き上がらせる。
「…黒も動いた可能性もあると言うことか」
「…えぇ、私もそう思います」
「チッ…まぁ良い。アイツが上手くやるだろう。…聖剣は確保出来たのだろう」
「はい。そう報告を受けております」
執事の返答に少し気をよくしたのか、男は不敵な笑みを浮かべて、肘掛けに全身を預けた。
「とりあえず英雄ゼノの処刑は後回しだ。剣が戻ったのなら帝国に帰るだろう。仲間と合流すれば手が出しにくい。その前にもう一人の方を潰しておこう」
「では…アイルトンとエルドレッド…どちらに?」
「アイルトンだ。もう一つの件…オルブレンの始末も早く済ませておけ」
「かしこまりました」
森の中にひっそりと佇む屋敷。その屋敷の一室から漏れ出す男の不気味な笑い声は木々の騒めきに掻き消され、ほかに聞くものはいなかった。
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