31 / 157
第二章
密談
しおりを挟む次の日から二人の猛特訓は始まった。
初めは並べた2種類の薬草を近づいても“回収”しないという練習。近づいただけで姿を消す薬草をどうすれば良いかもわからない朝日にはとても難しい課題だった。
ゼノも聞いた事もないスキルで、教える事も出来ずただ見守るだけ。
もしものことを考えて宿屋で秘密の特訓をしていた二人はそれから数日間部屋から出る事はなかった。
宿の女将の献身的な支えもあり、練習は順調だったが、始めて一ヶ月経ったいまでも漸く少しコツを掴み始めたくらいだった。
「少し出てくる」
「うん」
練習中、こうして度々ゼノは宿を開ける事があった。直ぐ戻ってくる時もあれば、朝起きて横に寝ていた事もあったりとその帰りもまちまちだった。
その用事の内容は特には聞いていない。依頼を受けに行っているのかも知れないし、誰かと会いに行っているのかも知れないし、それは分からないが自分には知る必要のない事なのだと分かっていた。
何かあればきっとゼノから話題が上がる筈だし、わざわざ聞くような事でもないからだ。
「待たせたな」
「そんなに待ってないわよ」
部屋に入るなり、相手の目の前のソファーにドカッと腰を下ろしたゼノに相手はその顔を崩す事はない。
「朝日君の様子はどうだい?」
「問題ねぇ。ケロッとしてやがる」
「なら良かった」
「あれから一ヶ月も経ってるんだ。まだ何か心配事でもあるのか」
ニッコリ、といつもの彼らしい作り笑いを見てゼノははっ、と鼻で笑う。
何も変わらない。あの時から。
例え世界中から非難されようともゼノを守ってくれた恩人ギルバートのままだ。彼がいるからゼノはゼノのまま変わらず冒険者を続けられている。その感謝はいつ何時も忘れた事はない。
「いや、またいつ君に投げ飛ばされるか、と思うとついね」
(相当根に持ってやがる)
二人は不敵な笑みを浮かべたままお互いを見据えている。それをはじめに破ったのはアイラのため息だった。
「ねぇ?二人だけの世界に行かないでもらえる?」
「変な言い方はよして頂きたい。アイラくん」
「気持ちわるいこと言ってんじゃねーよ」
そしてアイラは再びため息を吐く。
お互いにお互いを信頼し合っている。ゼノは大恩人として、ギルバートは義兄弟として。なのにお互い全く素直じゃないからこうしていつまで相容れない。
「ねぇ、そろそろ来ちゃうんですけど」
「変な条件吹っかけてきたらぶっ飛ばすだけだ、気にすんな」
「ゼノ。ぶっ飛ばすのはやめて欲しいな。ギルドが壊れちゃうでしょ?」
ギルバートの執務室にて三人はとある人物を待っていた。三人での何度かの話し合いの結果、相手側からあった提案を飲むことにしたのだ。
「ロード様!お早くなさってください!」
「いやいや~、そんなに待ってないって~!ほぼ予定通りでしょ?」
部屋に入る前から何やら上の方が騒がしい。
こんな鼻につく話し方をする貴族は彼くらいだろう。堅苦しいよりは良いが、そう言う奴の方が何を考えているのか一番読みにくかったりする。
正直あまり相手にしたくない部類の人間だ。
「皆さん、話は纏まりました~?」
「出来れば、扉から入ってきて頂きたい物ですね」
「いやー、ごめんごめん!立場上あんまり人前に顔出せないのよ~俺」
出窓のヘリにヤンキー座りで手を振ってくる真っ黒な男に悪態をつきながらギルバートは仕方がなく窓を開ける。
「散々、ギルド内に潜り込んでおいてですか?」
「あれれ、バレてた?」
とぼけた様に言う彼に呆れる他ない三人は当たり前のように一人掛けのソファーへ座った彼に視線を向ける。後ろに控えるように壁になる侍従はペコリと頭を下げた。
「そっちの提案は受ける…が、条件は変える」
「何々?どんな感じがいい?そっちの要望は全て聞くよ~?」
このノリが軽い感じ。
相手に合わせているようで踊らされているような感覚。普通の人ならありがたい、と素直に受け入れるのだろうが、こう言った話し合いの場面で、尚且つお互い知った口だと不愉快極まりない。
「此方としては朝日君の情報を黒印の騎士団の方で全面的に隠してくれるのは有り難いです。此方で集めた情報によると宰相ドベニスクが動いているようですし、出来るだけ長く隠しておきたい」
「あらあら!流石、双子ちゃんの情報網!…んじゃ話しは早いと思うけど、早くしないと坊も巻き込まれちゃうよ?心配だなぁ~」
「…あぁ、確か面識があるんだったな」
「坊は本当に変わって子だよね?何より引きが強すぎ~!知り合いが最強騎士に腹黒伯爵、英雄ゼノとその元パーティーメンバー…って何の小説やねん!」
一人ペラペラと饒舌に話し、盛り上がるロードについてきた従者ですら無言のまま。
「まぁ、いいや。それで?条件って?」
「朝日の情報を守る代わりに朝日についての情報を渡す、って言うのは納得いかない」
「何で?知らなきゃ守りようも無いと思うけど?」
「アイツの情報を知っているのはアイツだけだから」
「要は今わかっている以上の話しは知られようが無いって事?」
「その通りだ」
ロードは少し考えたような素振りをして後ろに立っている従者をそのまま背中をソファーに預けたままに見る。そのダラシない態度に彼が貴族である事をつい忘れそうになる。
「どう思う?サーラス」
「…嘘はないですが、隠してる事はあります」
「んじゃ!その隠してる事だけ話してくれたら良いや」
サーラス。ロードがわざわざ彼女に意見を聞いた、と言うことは彼女の能力に起因するのだろう。
「隠し事ねぇ、特に無いんだが」
「だって、サーラス」
「…彼の能力について何か知っているようです」
彼女の顔は見えない。深々と被られた真っ黒のローブの帽子で口元以外は隠されている。
はじめに彼が言っていた通り、黒は人前に出ない。陰に潜み、影で動く。秘密部隊の名に相応しい。
隠し事、の検討も付けられているなら隠すのは難しいのだろう。朝日の能力を知らなければ話す必要もなかったのだろうが、知らなければそもそも頼ろうとも思ってなかったのだから不運な話しだ。
「朝日の能力については朝日に聞いて欲しい。やりたいようにやらせるのが俺らの仕事だ。俺らが朝日の人生について勝手に決める事はしない」
「まぁ、こう言うのって他人が勝手に言って良いものじゃ無いしね!分かった!じゃあそう言う事で!」
「失礼致しました」
「心配しないで!朝日坊の情報隠しと警護の件は任せてねぇ~。ちゃんと仕事はするよ~」
再び窓から帰っていくロードを追いかけるように黒いローブの彼女は礼儀正しく頭を下げてから同じく窓から出て行った。
「俺は帰る」
「ちょっと!そろそろ、朝日君連れて来なさいよ!」
「今聞いた通りだ。あの子が能力をうまく使えるようになるまで時間やってくれ」
朝日の為。そう言われてしまえば何も言えない。
「な、何よ…うぅ、もー!分かったわよ!」
「ゼノ、必要な物とか足りない物はないですか?」
「思い付いたら言う」
そう言って、いつものようにひらひらと手を振ってゼノは部屋から出て行った。
「何故情報が入ってこない」
「…如何やら誰かが手を回しているようです」
「そんな事出来る奴は限られているだろう」
深紅のベロア調の記事をふんだんに使用した木製の美しい椅子に綺麗な姿勢で座る男は肘掛けの流れるような美しい曲線を楽しむように手を這わせる。
冷静に報告を受けているように見えるが、こめかみには青筋が立っていて、その行動が気持ちを落ち着かせる為の行動なのだとわかる。
「当時の状況は聞いた。エターナルライセンスの薬師が音を上げた特効薬を直ぐに作ったとなるとそこには必ず何かあるはずなのだ」
「青騎士が動いた痕跡はあるのですが…」
「そもそも、ゼノはいつ大剣を取り戻したんだ。アレがなければ作戦はもっと円滑に…美しく…」
ガリガリと爪を齧り、男はこめかみの青筋を更に浮き上がらせる。
「…黒も動いた可能性もあると言うことか」
「…えぇ、私もそう思います」
「チッ…まぁ良い。アイツが上手くやるだろう。…聖剣は確保出来たのだろう」
「はい。そう報告を受けております」
執事の返答に少し気をよくしたのか、男は不敵な笑みを浮かべて、肘掛けに全身を預けた。
「とりあえず英雄ゼノの処刑は後回しだ。剣が戻ったのなら帝国に帰るだろう。仲間と合流すれば手が出しにくい。その前にもう一人の方を潰しておこう」
「では…アイルトンとエルドレッド…どちらに?」
「アイルトンだ。もう一つの件…オルブレンの始末も早く済ませておけ」
「かしこまりました」
森の中にひっそりと佇む屋敷。その屋敷の一室から漏れ出す男の不気味な笑い声は木々の騒めきに掻き消され、ほかに聞くものはいなかった。
0
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
スコップ1つで異世界征服
葦元狐雪
ファンタジー
超健康生活を送っているニートの戸賀勇希の元へ、ある日突然赤い手紙が届く。
その中には、誰も知らないゲームが記録されている謎のUSBメモリ。
怪しいと思いながらも、戸賀勇希は夢中でそのゲームをクリアするが、何者かの手によってPCの中に引き込まれてしまい......
※グロテスクにチェックを入れるのを忘れていました。申し訳ありません。
※クズな主人公が試行錯誤しながら現状を打開していく成長もののストーリーです。
※ヒロインが死ぬ? 大丈夫、死にません。
※矛盾点などがないよう配慮しているつもりですが、もしありましたら申し訳ございません。すぐに修正いたします。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる