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第二章
手助け
しおりを挟むギルド内依頼掲示板前。眉間に皺を寄せて睨みつけている3人組はうんうん、と唸りながら依頼書の内容を吟味している。
「これは?」
一人が指を刺して促すが、二人はまたうんうん、と、唸って先に進まない。
「ゼノさん?」
「これかこれなんだが…」
「待って、トレントはまだ早いわよ」
「いや、トレントならファイヤーアローで対処できる」
「いいえ、まだまだ早いわ!」
「じゃあ、なんだ?またスライムかウサギか?」
二人は今とても真剣に朝日の依頼を何にするか揉めている。朝日の実力を測りたいゼノは少し苦戦するくらいの敵と戦わせたいのだが、アイラはまだ経験を積むべきだとそれを反対する。
ただ冒険をしたい朝日からすればどちらでも構わないのだが、ゼノの選んだ依頼はアイラが全然受理してくれないし、ゼノも毎回依頼を吟味するので折角防具を揃えたというのにスライムか一角ウサギの討伐依頼か薬草や魔草の採取依頼しか受けていない。
正直同じ事ばかりでは退屈だが、冒険に出れるならまし、と朝日は二人の攻防を見ながら思っていた。
それもこれも全部自分が危険に飛び込んで皆んなに心配をかけた事へのお仕置だという事も理解している。
「…これ?」
「…」
二人に挟まれている朝日の上からスッと入り込んできたラースは一枚の依頼書を手に取り、朝日の頭の上に置く。
ラースの方へ振り向くと彼は親指で受付を指さす。確かに受付の人はアイラだけでない。
ギルドに住み込みで働いているアイラは休みの日であろうと朝日が来た時だけは職員服を身に纏い、ギルド内の業務を他の者にはやらせない、譲らない。
「あ、朝日くん!」
「おい、そろそろまともに冒険させてやれ。アイツが大好きな冒険を我慢してまでお前に何も言わなかったのは反省しているからだ。我慢させるな」
後ろで見ていたガットは駆け寄ろうとするアイラの手を引き、呆れたように言う。
心配になる気持ちは分かるが過保護に世話してやるのが、朝日の為になるとは思えない。
「…」
「アイツも冒険者なんだ」
「…分かってるわよ」
ラースの起点でやっと冒険に出れそうだ、と受付に駆け寄った朝日。ゼノはラースが選んだんなら大丈夫だろ、と特に気にしていなかったが、アイラはそれを号泣しながら見ていた。
依頼内容云々ではなく、朝日が他の職員の受付にいるのが兎に角嫌だったのだ。
なんとか依頼を受ける事が出来た朝日はゼノと二人で森へ向かっていた。今回は朝日の実力がどれほどなのか見極めるためだ。
当然それは朝日も分かっていて、肩に力が入ってしまっている。だから門までの道のり、朝日は依頼書の内容を深く読み込む。依頼書はとても重要だ。魔物のランクや特性、生息地なども良く書かれていて、とても親切なのだ。
ただ読む為なのか、不安なのかは分からないがギルドを出てからずっと朝日はゼノの服を掴んだままだった。
武器を扱うのは難しいからと魔法を何個か覚えた朝日はそれを駆使してスライムや一角ウサギくらいなら倒せる。
勿論依頼も何度もこなしている。
「んで、なんの依頼受けた」
「《エラコブラの討伐依頼》だって」
「まぁ、丁度良いか」
ただ今回は初めての魔物の討伐依頼。緊張してしまうのも無理はないだろう。
ーーー聞いたか?“聖剣”の話
ーーーあぁ、聞いたさ。盗まれたんだろ?
エラコブラの生息地は街から少し離れたところにあるので今回は初めて馬車に乗る。冒険者だけではなく、旅人や街に物を売りにきた人、出稼ぎ労働者なども乗っている。
車内では未だに“聖剣”の話しが飛び交っている。
それだけ大事件だと言う事なのだろうか。
「“聖剣”見つからないの?」
「らしいな」
やはりゼノは興味なさそうで適当な相槌を繰り返すのみ。それがゼノが扱うような大剣じゃないからなのかな、と朝日は考えを巡らすがその表情からは何も伺えない。
朝日はもやもやしたままだったが、馬車は予定通り目的地に到着する。此処では降りるのは二人だけだったようで、朝日達を降ろした後馬車は直ぐに走り去って行った。
「じゃあ、倒してみろ」
「…うん!」
真剣な面持ちで《エラコブラ》相対する。
シューッと威嚇してくる《エラコブラ》に朝日は何とも場違いな声をかける。
「魔物さーん、こっちだよー」
「…」
「【フォールシールド】」
「…」
「慎重に…慎重に…」
「…」
「ふぅー」
「…」
見てられない。討伐、と言うより捕獲。上手く捕まえられた、と喜ぶ朝日にトドメを刺す気は感じられない。
ゼノの急いで朝日が一応対抗する為に持っていたナイフを取り上げて朝日が鷲掴みにしていた胴を切り裂いた。
「…ごめんなさい」
「分かっていた事だ」
《エラコブラ》はその名の通りエラがある。そのエラから猛毒を出して相手を死に至らしめるEランクの魔物だ。危険そうな魔物なのに何故Eランクなのか、疑問に思うだろうが、その猛毒は当然、エラ袋にあり、そこを切り落とせば他の攻撃手段は噛み付くだけなので、こうして戦闘に不慣れな朝日でも捕獲できるような然程強い敵ではない。更にその猛毒を彼らは生涯一度っきりしか出せない。そのため、死を覚悟した時にしか出さないのだ。
薬にもなる毒はとても重宝されているので毒を吐き出す前に胴体とエラのある頭部を分断する必要があるのだ。
「知識が足りない。それは仕方がない事だ。…まぁ、闘いは諦めろ。さっきのように動きを止めたりして逃げるんだな」
「…うん」
朝日には分かっていた事だが、最近はスライムや一角ウサギに遅れをとる事も無くなって少し自信がついていた。Fランクなら大丈夫なんじゃないか、と朝日も思っていたのだ。
でもそれは知識があってこそ。どんなに弱い魔物であっても、《エラコブラ》のように奥の手を持っている魔物も多い。だからたとえ高ランカーであろうと、知らない魔物の相手にすることは避けるし、それに挑むなら下調べをきちんと行う。
「いや、元々お前は戦闘するつもりはなかったんだったな。討伐依頼は今まで通りスライムや一角ウサギ、エラコブラ辺りにしておけ」
「分かった」
「それ以外は例え弱そうに見えても、知らない魔物なら逃げる事」
「うん」
ゼノからすれば多少残念な気もする。朝日は大変珍しい魔法属性を3つも持っている人物だ。魔法使いになればそれなりに大成する事だろう。だとしても戦闘中において殺傷を躊躇う、と言うのは魔法使いとしても、剣士としてもかなり致命的。
今でも充分生活は出来ている。薬草や素材の買取に収入は偏ってはいるが、朝日は冒険が出来れば良いのだからそれはそれで良い。
「帰るか」
「うん」
「少し歩くぞ」
「お散歩だね」
まだ冒険を終えるきは早い時間だが、依頼は達成したし、少し歩くがこのまま街に戻るのも良いかも知れない。
十数回ほど朝日と依頼を共にしたが、彼が薬草や素材を拾う姿は見た事がない。ただその間に気づいたこともある。彼は移動距離が長ければ長いほど、買取に出す薬草や素材の量が多いという事。
原理は全く分からないが、アイテムボックスの何らかの機能なのだろう、と検討を付けて何も言っていないし、聞いていもない。
鼻歌混じりで歩く朝日をチラリと視線を送ったその時、ゼノはピクリ、と反応し、足を止める。朝日は足を止めたゼノに視線を向ける。
「あぁ~!!そこの人!避けて、避けて!!!危な~い!!」
遠くの方から物凄い爆音と共に現れたのは、馬車を引く焦り顔の男。どうやら魔物に追われているようで、魔物に驚いた馬が急に猛スピードで走り出してしまったのだろう。
「助けはいるか」
「はい、もう~幾らでも払いますから~!お願いします~!!」
「じゃあ、金貨5枚だ」
「金貨5枚ですか~!?…いえ、命には変えられませ~ん。お願いします~!」
「交渉成立」
そう言うとゼノは馬車が横を通り過ぎると同時にその背中に背負っていた大剣を軽々と振り下ろす。
「はい、じゃあ金貨5枚な」
「…は、はいぃ~」
ものの一瞬でバタバタと倒れた狼ぽい魔物達。商人風の男はゼノが相当な冒険者なのだと分かり、諦めたようにポケットに手を突っ込む。
しかし、彼はその顔を次第に青ざめさせていく。
「…あ、あの…。み、店にはあるんです…」
「じゃあ、そこまでお供しようか。その分はマケてやる」
護衛という名目を手に入れて堂々と彼の馬車に乗り込むゼノ。歩く必要がなくなったのは大変喜ばしい。
このままその商人の店まで行って金貨も貰えるのだから一石二鳥だ。
「じゃ、じゃあ…魔物の素材は…って…あれ?」
「回収したよ!」
ゼノが討伐した大量の魔物素材を運ぶついでに少し分けて貰おうと思っていたのか、馬車の後ろの方に視線を移した商人は忽然と消えた狼っぽい魔物の死体がない事に驚く。
朝日はそれにポシェットを見せながらちゃんと仕事したよ!とでも言うように笑顔で答える。落ち込む商人にゼノは思わず小さく笑ってしまった。
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