28 / 157
第二章
聖剣
しおりを挟む周りは森に囲まれていて、穏やかな日差しが心地よい陽気。一応、街とは言われているが、周りの村より少し人や物が多いだけでほぼ村だ。
道は舗装されていないし、店も露天ばかり、街の周りも田畑ばかりで、娯楽施設なんてない。
それでもやっぱりここで生まれ育った人たちからすればここは故郷で心地の良い場所だ。
つい先日疫病に汚染され、苦しみ、悲しみの涙が流れてしまったが、それでも此処が一番住みやすい場所なのだ。
だから今は何としても生きていかなければならない、と空元気ではあるが、少しずつここにも活気が戻ってきた。
「行ってくるよ」
「トロン無理しなくて良いんだぞ!」
「いや、これは俺の家の仕事だから。父さんが誇りを持ってやってた仕事だから、俺がやらないと行けないんだ」
「…そうだな。行こう」
「うん」
彼の家は他三家と共に昔からこの街が街になったきっかけでもある“聖剣”の管理をしていた。
この“聖剣”には遠い昔、ここがまだただの小さな村であった時、ある英雄がこの地に溢れかえっていた魔物の大群を一人で退けてくれた。しかし、その英雄はその戦いで膝を突き、闘えない代わりにこの村を守れるように、とその“聖剣”を残していった、と言う伝説が残されている。
彼らはその伝説の“聖剣”を守り続けているのだ。
「この辺もかなり荒れてるな…」
「そうだね、マルクスの木の辺りまで魔物が来ていたらしいから」
「…ん?」
「如何したの?」
二人は歩き慣れた森の中の荒れ果てた姿に眉根を寄せる。持っていたナタで草木を薙払いながら進んでいたが、見慣れているはずのそこは彼らの知らない場所へと変わり果てていた。
「…トロン!」
少年は連れ立っていた連れの制止を振り切り、慌てて駆け寄る。
幼い頃に大好きな父に連れられて何度も足を運んできていた筈のその思い出の場所は見るも無惨な状態だった。
森の真ん中にぽっかりと空いたそこはいつもなら太陽の優しい日差しが差し込み、暖かなその日差しによって“聖剣”は神秘的な光を放っていた。
それが今は英雄が大岩を切り裂いて作ったと言われていた台座は粉々に砕け散っていて、木々の間から差し込む暖かな日差しの先には“聖剣”の姿はなくなっていた。
「魔物の仕業か…」
「いや、違うよ」
「違う?」
「だって…あの聖剣は魔物には毒で、人間には抜けないんだ」
「じゃあ…」
二人は砕け散っている石を払い除けながら、辺りを探す。例えそれで手に血が滲もうとも、気にせず探し続ける。
「…ない」
「…ないな…」
「多分、抜けないから岩を砕いて持ってったんだよ…」
「…皆んなに知らせよう」
守っていた筈の“聖剣”が無くなったしまったと言うのに二人はとても冷静だった。
痛む手に布を巻いて、元“聖剣”の丘に背を向けて再び歩き出した。
ーーーこの聖剣がこの地を離れる時 神子が再び英雄を選ばれる その英雄達によってこの地には再び平穏が訪れるだろう
村の者達だけに伝えられている英雄の最後の言葉。持って行ったのが誰であったとしても、その言い伝え通り英雄が…本物の英雄が現れるのだ、と彼らは信じているのだ。
「何か、騒がしいね?」
いつものように依頼を終えて王都の正門を潜る朝日は見慣れた顔に挨拶代わりの質問を落とす。
「あぁ、“聖剣”が盗まれたらしい」
「“聖剣”?」
「ん?お前知らないのか?ほら、この前の疫病が出た街の有名な観光名所、聖剣の丘だそ?」
「ヒルデルさんって色んなこと知ってるんだね」
「へ?あ?何言ってんだ、よ…」
褒められ慣れてないヒルデルは顔を伏せてもう、行った行った、と手でシッシッと朝日を追い払う。
「遅かったな」
「ゼノさん!ちょっとヒルデルさんとお話ししてて」
「話し?」
「うん。何かさっき並んでる時にね、後ろの人も前の人も噂話してて」
ゼノはそれにピン、ときたのか、何も言わずに歩き出す。
ゼノは朝日が青騎士達と話しをするのはあまり良く思っていないようだ。でも青騎士は王都の警備隊で良く顔を合わせてしまうので話さないわけにもいかず、ゼノもはっきり辞めろとは言わないので、朝日は気にしない事にしている。
「気になるのか?」
「盗まれたらしいよ?」
「らしいな」
ゼノも当然その話は知っていたようだか、余り興味を持っていないようだ。
「“聖剣”見てみたかったな~」
「あ?あんなの…いや」
「…?」
あんなの誰だってみた事あるだろ、そう言いかけて辞めた。朝日が特殊な生まれなのは何となくこれまで共に過ごしてきた間に察した。
聞きたいが、本人が言う気があるならもう話している筈だ。聞いて欲しくなったら自分から言ってくるだろう。そう、ゼノはその手の話を自ら振る事を辞めた。
「行くぞ」
「どんな感じになってるのかな?」
「要望出してたんじゃないのか」
「え?ゼノさんが決めたんじゃないの?」
お互いにえ?と顔を見合って驚いた顔をする。
「あの店主、センスいいと良いな」
「大丈夫じゃないかな?」
店までの道のりは朝日の笑い声が絶えなかった。
「あぁ、お待ちしてましたよ」
ニコニコと笑いかけてくれる優しい店主に二人はやや苦笑いだ。と言うのも朝日が一週間も寝込んでいた、と言うのが言い訳にならないほどに受け取りが遅れてしまったからだ。
寝込んでいる間に防具は完成したと連絡が入っていたのだが、ゼノも朝日もそれどころではなく、最近は疫病の件の後始末やら、朝日の挨拶回りやらで大変忙しくしていたので中々取りに来らなかったのだ。
「悪かったな」
「いえいえ、冒険者の皆さんがお忙しくしているのは私も知っておりました。ゼノさんも大変活躍なさったようで」
「そうなんだよ!僕、見れなかったんだけど…まっっっしろな光で綺麗だったんでしょ?」
「そうなんだよ。私は此処から見ててね、本当に綺麗だったよ」
「良いなぁ」
朝日の活躍の話は伏せられている。薬草の件に関わっていたのは青騎士とギルドだけだったので情報を止めるのは簡単な事だった。
まぁ白にも少し手伝わせたが。
当の朝日は勿論それを自慢する事もひけらかす事もしない。ゼノの剣を見つけてきた事で皆んなから散々褒められて満足しているらしい。
だから特に何も伝えていない。自分が凄いことをした、とは思っていないようだ。
「着せてもらえ」
「うん!」
「では、此方に」
朝日は着替える為に店主と共に奥へと歩いていく。ゼノの話で盛り上がっているようなので、少し居心地が悪くなり、着替えを促したのだ。
「…ねぇ、ゼノさん。…如何かな?」
「…まぁ、良いんじゃないか。少し強そうに見える」
「本当!?」
やったぁ!と嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている姿を見ると、出会ったあの日を思い出す。
アイラを心配してぴょんぴょんと飛び跳ねる美少年。何とも可笑しな絵だった。この時何故自分があんな行動を取ったのか、今更ながらに不思議に思う。そして、その時に行動した事をこんなにも良かったと思う自分が何ともむず痒い。
「ちょっと」
「良いかしら」
「…何だ」
そんなゼノの心の中の葛藤を知ってか知らずか、忍び寄ってきた二人組。ゼノの背後を取れる人間なんて本当に数えるくらいだろう。それがあのセシルの家の者ばかりなのが、如何も納得いかないが、真実だ。
朝日が店主に防具の機能などの説明を受けている間に話しかけてきたのはあの双子の姉妹。
「報告よ」
「とりあえずは落ち着かせた、って」
「…分かった」
「それにしても可愛いわ、朝日」
「あら、いつから呼び捨てにしたの?私もそうしようかしら」
「お前らの主人ですら呼び捨てにしてないのに良いのか?」
「だって、貴方が呼び捨てなのよ?」
「あ?」
「ゼノさん」
機嫌が悪そうにゼノがそう言いながら振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
「終わったか」
「うん、これ何か凄すぎて…落ち着かない」
白地にコバルトブルーと灰色の刺繍が朝日の空色の髪と灰色の瞳を彷彿とさせていて、目立つその髪を隠せるようにローブにはフードが付いている。
中はシンプルに白を中心にブルーやグレーを使った柔らかな配色で防御力はそのままに軽く動きやすい伸縮性のある生地で仕立てられている。
腰と腿にはカスタム自由な革製のバンドが巻かれており、ナイフや携帯食、ポーションなど直ぐに使う物の収納にも便利になっている。
そしてその全てに暑さや寒さを抑える為に外気温度調節機能と自動修復機能まで付いている最高級仕様。
他にも色々と機能はありそうだ。中々気の利いたことをしてくれる。
「他にも受け取る物が残ってる、行くぞ」
「あ、うん!」
「またお待ちしております」
朝日はペコリとお辞儀をして店を先に出て行ったゼノを追いかけた。
0
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。
なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。
しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。
探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。
だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。
――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。
Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。
Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。
それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。
失意の内に意識を失った一馬の脳裏に
――チュートリアルが完了しました。
と、いうシステムメッセージが流れる。
それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる