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第一章

顛末

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 太陽の陽光で自然と目覚める。あまりに清々しい陽気に思わず目を細める。鼻を擽ぐるコーヒー香りがして近くにゼノの存在を感じる。
 もう身体は痛くない。もう、あの苦い薬は飲みたくはないが感謝だ。

 ゼノは窓の外を見つめている朝日の様子を見て、もう大丈夫そうだ、と安堵する。そして子供だから治るのも早いのだろうか、と小さく笑う。

「おはよ」

「あぁ」

「今日は冒険出来るかな?」

「動けるならいんじゃないか」

「うん」

「だが、その前に…」

 昨日は目覚めてくれた安心感からか、ただ嬉しいだけだったが、一晩考えてみると、その軽率な考えと危険な行動の意図が異常に気になりだした。

「何があったのか説明出来るな」

「うん」

 目覚めるまでの間、ずっと熱に侵され、一週間寝続けていた。今は平然としているが、相当辛かった筈なのだ。
 でも彼はそれを承知でその危険に自ら飛び込んだ。死ぬかもしれない覚悟をして危険に飛び込み、見ず知らずの他人の為に一生懸命になる。普通の少年にそんな事が出来るだろうか。
 いや、その前に彼がやる必要があったのか、何故そんなに無理をしたのか。説明してもらわないと何も納得出来ない。

「みんな心配してたんだ」

「うん、ごめんなさい」

「説教が必要だな」

「お説教…?」

 それからポツリポツリ、とギルドから冒険者達がいなくなった後からのあらましをゆっくりと話し始めた朝日の声に耳を傾ける。その声はか細く、恐る恐ると言った感じで、よほど説教と言う言葉が効いたようだ。

「僕が出来る事って少なくて…」

 柔らかい言葉尻と想像を遥かに超える程の過酷で苛烈な内容にゼノはただ黙って聞いていることしか出来なかった。
 ただ碧血の騎士達に対する怒りはなくなりはしないが、わざわざ乗り込む気はなくなっていた。

「それで門まで戻ってきたら、ヒルデルさんとメイリーンさんが待っててくれてて材料を渡したんだ。そしたら急に眠たくなって…」

「…」

「騎士さん達が手伝ってくれたから何とか上手くいったけど、結構迷惑かけてしまったから怒ってるかも」

 所々を掻い摘んで話された話は大切な所は全部省かれていて、朝日が彼らが不利になるような内容は話していないのだろうとゼノは悟った。ただ例えそうだったとしても、冒険者として朝日がやるべき事をして、彼らはそれを尊重し、手助けしてくれた、と言う事実だけは変わらない。

「…お前にしか、出来ない事だったんだな」

「うん。それが僕が出来ること、やらなくちゃいけない事だったんだ」

「…朝日」

「はい、」

 今までずっと優しい口調でいたゼノが急に声色をかえた事で説教が始まるのだと思わず身構える朝日。ベッドの上で行儀良く正座をしている朝日を見て、ゼノは途端に怒る気を削がれてしまった。
 何故なら朝日のその悲しそうな表情がもう反省し尽くしていたからだ。

「怒られると分かってたんだろ?」

「…うん」

「じゃあ、もっと別の方法を考えるべきだった」

「…うん」

「次はないぞ」

「…うん」

 ただただ素直に返事をする朝日に対する怒りは完全に沈下してしまって、後に残ったのは朝日を怒ったことへの罪悪感だけだった。

「皆んなに会いに行きたいなぁ」

「行けばいいだろ」

「じゃあ、ゼノさんのお説教は終わり?」

 ゼノの顔色を伺うように覗き込む朝日は上目遣いで、そのビー玉の目をうるうるとさせて訴えかけてくる。
 説教を終えるには早かったか?と少しだけ頭の中をよぎったが、ゼノさんの、と言う言い回しでギルドに行けば皆んなにも怒られる覚悟をしているのだと悟り、そんな健気な朝日の態度にゼノはもうただただ甘やかしてやりたい、そう思ってしまう。

「大丈夫だ。誰も怒ってない」

「誰も?」

「あぁ、寧ろ感謝してたな。俺も含めて」

「そっか…」

 いつものように頬を緩ませて嬉しそうに笑う朝日にゼノも笑顔を向ける。

「行くか」

「うん!」

 勢いよくベッドから抜け出した朝日は枕元に綺麗に畳んで置いてあった服をスポッ頭から被り、準備をする。一緒にあったピカピカのポシェットを肩からかけてまだ優雅にコーヒーを啜っていたゼノの前にならう。

「準備できた!」

「ったく。髪ボサボサじゃねぇーか」

「…ふふふ、イテッ」

 朝日のサラサラの毛を直してやる。嬉しそうに朝日が笑うのでゼノは照れ隠しでおでこを小突いた。




「朝日くーーーーーん!!!!!」

「アイラさーーーーーん!!!!!」

 感動の再会か、と突っ込みを入れたいところだが、本当にそうなのだから敢えて誰も言わない。
 二人がギルドについてすぐ、今の今まで騒いでいたアイラの変わり身の速さといったら。高ランカーの実力ゆえの素早さは感心に値する。
 この一週間アイラを抑えるのに奮闘していた冒険者達も朝日の登場にホッと胸を撫で下ろした。
 皆、抱き合う二人を微笑ましく見守る。今回ばかりはゼノも彼女の好きようにさせてやる。気持ちは分かるからだ。

「朝日、俺らにはないのか?」

「ガットさん!」

「そうだぞ、俺にも飛び付いていいんだぞ~!」

「ラルクさん!」

 側に立っていた二人を見て目を輝かせる朝日。途端に立ち上がった朝日をアイラは手放したくない、と力を入れようとするが、するりとすり抜けて行く。
 そのまま二人に飛びついた朝日の勢いに二人は後ろにのけ反りつつもしっかり受け止めた。

「本当にありがとな。カーナも初期のうちに薬を飲んだから大事にならなかった。お前のお陰だ」

「本当に良くやったな!お前がこの王都を救ったんだぞ!」

「…うん!」

 少し涙目のガットはそれが朝日に見えないように頭をガシガシと乱暴に撫でる。ゼノの言う通り誰も朝日を責めない、寧ろ褒められて褒められて褒められすぎて頬をゆるゆるに緩ませていた。
 その後ろでゼノが“朝日を責めるんじゃねぇよ”という無言の圧力を発しているとは知らずに。

「無事、回復して…本当によかった…」

「あぁ」

 常に強気なアイラがこんなにも弱々しくなっている姿を見るのはこれでニ度目だ。一度目は言わずもがな1年前のあの時。
 ゼノはそんなアイラから英雄だ!と皆んなにちやほやされている朝日に視線を移す。

「でも、あのダラシない男で有名なアンタがこんなにも甲斐甲斐しく他人に世話を焼くとはね」

「甲斐甲斐しく…なぁ」

「…アンタ、まさか気づいてないの?」

「何をだ」

「…呆れた」

 アイラは馬鹿らしい、と捨て台詞のように吐いて近くの壁に寄りかかる。

「彼をまるで自分のものかのように扱っておいてそれはないんじゃない?」

「…」

「武器や防具、アクセサリーや魔法習得の世話まで焼いて?冒険にも付き添って?そうやって過保護に構い倒してたでしょ!それ他の誰かに出来る?」

「…」

 あぁ、これはもう認めるしかないな、と。
 朝日が可愛いくて仕方がないのだと。照れもするし、胸のあたりがこう、ムズムズしてくるし、それでも朝日に関わる事を辞めなかったのは【朝日】と言う人間に惚れ込んでしまったからなんだ、と。
 初めはただの子供で、冒険者になりたての新人で、それが何ともそそっかしくて、危なっかしくて、ついつい手を出してしまって、それが今ではもう側にいるのが当たり前のように感じている。
 後ろをちょこまかとついて来て、たまに礼儀正しくて、たまに馬鹿で、そしてとても優しい子だ。誰にでも分け隔てなく接して、怖いものは怖いと素直に反応して、好きなものは好きと全力で表現する。
 そして何より英雄だからとか、光魔法使いだからとか、家柄云々でしか人を見ることの出来ない人間達とは違い、何も知らないでただ純粋に人に好かれる事の心地よさ、満たされるような多幸感、そして満たされていく充足感。
 朝日は他に代え難い存在になった。
 だから、傷付いた表情を見た時の憤り、倒れた、と聞いた時の絶望感と焦燥感。いなくなってほしくない、と言う執着にも似た強い願望。

「自分がどんな事してたのか、わかった?」

「…あぁ」

「やけに素直ね…気持ち悪い」

「…」

 気付けたきっかけがアイラなのが如何も納得いかないが、と思いつつも無くす前に気づけて良かったとも思う。今はアイラに何を言われても全て許せる。
 朝日が望む事ならば何でもしてやりたいし、何でもさせてやりたい。何なら大鷲亭の《スタミナたっぷりフォレストボア焼き》も食べさせてやりたいし、やりたいだけ依頼をたくさん受けさせてやりたいし、毎日ふかふかのベッドに寝かせてやりたい。そして全力で守ってやりたい。
 もうこれは愛情だ。

「朝日、冒険行けなくなるぞ」

「え、やだよ!」

「早く選べ」

「うん!」

 この笑顔を見続けられるのなら、何だってやってやる。何からでも守ってやる。例えそれが悪人だろうが、国だろう、魔物だろうが。










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