スキル【自動回収】で人助け〜素直な少年は無自覚に人をたらし込む〜

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第一章

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「やっぱり、その子を此方に引き込むのは難しいのでしょうか?」

「まぁ、無理ではないと思いたいわね」

「でも、戦闘は出来ないのですよね?素材集めだけしかしていないのならこっちでも出来ます。いえ、寧ろ此方の方がその子にも都合が良いはずです!」

 部屋の中での立ち話。
 鬼気迫るような雰囲気で詰め寄る男の顔を全力で押し返しながらメイリーンははぁー、と深いため息を吐く。
 口早に語る彼はメイリーンの弟子のセドリック・ハースメント。歳は彼女よりやや上で元々優秀な薬師として活躍していたが、メイリーンと出会い、自身の技術力の低さを感じて弟子入りをした。
 ただの小間使いとして良いかと思い、弟子になりたい、と言う彼の申し入れを受け入れたのだが、やる気が強い分空回りをするのもしばしば。融通の効かないところもあり、メイリーンはかなり苦労をかけられている。
 ただ彼女にだけは忠実でとても優秀な弟子ではあるので、未だに手元に置いているのだ。

「そうもいかないのよ…」

「何かいけないのですか!」

「だって、ギルがその子のこと大切にしてるの…。ギルだけじゃないわ、ゼノやアイラ、ガッドら冒険者達も彼をとても大切にしてる。批判で済めばいいけど」

「…厄介ですね」

「そうなのよ、だから諦め…待ちなさい」

 やっと少し勢いが弱まったかと思い、腰を落ち着けようとソファへ移動しようとしていたメイリーンの前を横切り何処かへ向かおうとするセドリックの腕を掴み制止する。

「厄介ですが、本人がしたいと言った事は流石の彼らも止めはしないですよね?」

「…何処にいるか分かってるの?」

「え?ギルドにいるのでは無いのですか?」

「はぁ…いないわ。ゼノがどっかに連れてってしまったの。居場所は誰も知らないわ」

「誰もって事あります?」

「それがあるのよね」

 どうしてそのような事が可能なのか、までは言う気のないらしい。頭を抱えているメイリーンをセドリックはじっと見つめる。何かを探るようなその目にメイリーンはまたため息を吐いた。

「私も知らないわ」

「では、明日約束の薬を取りに来た時に後を付けます」

「辞めときなさい。そんな事したらアンタ確実に死ぬわよ。今アイツに近づくのは辞めといた方が良いわ。気が立っていて手が付けられないもの」

「…あのゼノが人の世話なんて、出来るのでしょうか?」

「頼れる人がいるのかも知れないけど…。朝日君のためならやるかもね」

 長い付き合いのゼノがどう言う人間かくらい分かっているし、彼を苦手だと思ってしまう程度にはセドリックもこの工房やギルドで何度も顔を合わせている。
 だからとても信じられないのだ。
 戦闘以外に自ら何かをする事はなく、泊まる宿屋の手配から食事、洗濯、掃除…衣食住の全て他人任せ。そんな奴に人の世話が出来るのだろうか、と考えてしまうのは仕方がない事だろう。

「そんなに…」

「えぇ、そんなになんです」

「「…」」

「私もやらせて貰えるならやりますよ?」

「いつの間に…」

「たった今です、盗み聞きはしてませんよ?」

 突然考えを巡らせていたセドリックの背後から聞こえた声に二人はピクリと反応する。声の主が誰なのかは見なくても分かる。その独特な話し方、声、必要に消された気配。

「薬師様、少々お時間を頂けますか?」

「…アンタに逆らえる訳ないわよ」

「そうですね」

 ニッコリと笑う彼に困惑を隠さないメイリーンはついて行こうと立ち上がったセドリックに一瞥して、残るように視線で止める。
 セドリックはそれに素直に従い、震える手をどうにか抑えようと強く握りしめるが全く意味をなさなかった。

 メイリーンを連れた一行の進む先では…

「また会えなかった」

「彼は我々の命の恩人だと言うのに…お礼も言えないなんて…」

「あのギルドマスターどうにかならないですか。いつでもギルド前に立っていて近づくことすら出来ません」

 仕事の報告で集まっていた部下達は恩人への思いを口々に呟く。作戦に参加した団員も実際に救われた団員も皆彼に感謝しても仕切れないほどの思いを抱いていた。
 勿論彼自身もその一人である。
 何度門前払いを受けようとギルドに赴くその姿は街で噂になる程だった。
 
「ただ、彼方の気持ちも分からなくはない。大勢の命を救う為とは言え…我々は危険な状態のまま彼を連れ回したのだから」

「でも団長!それは彼が…」

ーーーバンッ!!

 会話の途中で開け放たれた扉の向こうに佇んでいた男がすごい形相で此方を睨みつける。
 既に怒り狂った男の姿に殆どの団員が身じろぐ中、ただ一人それを見据えたままの男は眉を顰める。

「ノックくらいしたらどうだ、ユリウス」

「何があったのか全て説明してもらおうか。トリニファー」

「説明?彼に聞いてないのか」

「目を覚ましていない」

「…それは大変申し訳ない事をした。お見舞いに行かせてもらいたい」

 関係ないであろう、ユリウスに対してそう言ってでも御礼をしたいと言う気持ちと執務中であるのにも関わらずそれを全て後回しにしてお見舞いに行こうとする気概は同じ団長として感心に値するが、彼と合わせたいとも思わない。

「自分達の手柄になればどうでも良いという事か」

「そんなつもりは無い。国王への報告書にも彼の献身なる行いの全てをありのまま記した」

「…そんな報告をしたら彼がどうなるのか分からない程の馬鹿だったか」

「分かっているが真実だ。真実を求めるのはお前たちの領分ではないか。何が不満だ」

 その報告書を見れば何があったのかはハッキリするだろう。嘘をつく奴ではない。それには彼の言う通りにありのままの真実を記しているのだろう。
 ただ今だけは真実などどうでも良い。
 彼が病に伏せっているのに勝手にいろいろ動かれては困る。彼の意思に反する事は絶対にあってはいけない。国王に報告など言語道断。彼への干渉が酷くなることはこの男も承知の筈。
 それなのに、感謝していると言っていたのに、その様な報告をするこの男が理解できない。

「何がしたいのだ」

「彼は英雄だ。英雄はどうあっても英雄。待遇面には私も口を出すつもりだ。その方が彼の為になるのではないかと私は考える」

「なる訳ないだろう。以前からお前とは相容れないと思っていたが…。これではエルドレッドの方がマシだな」

「ほぉ…殺し合いが望みだったか」

 睨み合う二人。険悪な雰囲気は加速的に増していき、周りはただ怯えるばかり。団同士に上下関係は無いと言われてはいるが、仕事柄、王都のみに駐在して王と王都を守る為にある碧血の騎士団は他の団と余り関わることは少ない。
 ただ、白と青の団長同士の確執は昔からあった。
 騎士の黄金の世代と言われた同期同士が騎士団団長になった。勿論全員能力に申し分はないが、一斉になった訳ではない。
 初めに団長の職についたのはユリウス。次いでトリニファーだった。完璧主義の彼にはそれが人生で唯一の汚点だと感じていたのだ。

ーーーパンッパンッ

「此処で貴方達二人が暴れたら私を含めて此処にいる団員全員死にますよ。まぁ、それくらいで済めば良いですけどね」

「どうだった」

 残念そうに首を振るセシルを見てチッ、と舌打ちをしたユリウス。彼の肩にわざとらしく取ってつけたような笑みを浮かべて手を乗せたセシルは耳打ちのポーズを取る。
 何かを耳打ちしたセシルにユリウスが同意するように頷く。

「…そうか」

「皆さん、大変お騒がせしました」
 
 丁寧に頭を下げるセシルの態度にトリニファーは怒りを露わにする。セシルも彼らと同期でトリニファーは自信が団長になった時にセシルを次席に、と誘ったのだ。しかし彼は丁重に断り、収まったのが最も敵対視しているユリウスの隣だった。

「それは…」

「トリニファー…これ以上僕を怒らせないでくれる?僕は今にも君を殺しそうなんだ」

「…」

 セシルは顔を伏せていて直接はその表情を伺えない。しかし、周りに広がる重く息苦しい空気感が彼がどんな表情をしているのかを彼らに理解させた。
 いつも同じ穏やかそうな顔を貼り付けているセシルが雰囲気だけでもそのように崩したことはない。
 何をするにも動じず、常に周囲とは一線を引き、懐には常に暗器を忍ばせているような男で、誰かに興味を持つ、感情を持つなんて事は一度もなかった筈だ。
 どんなに近しい相手にもそのスタンスを崩すことのない彼が何故あの少年には心を開き、気に留め、手助けをし…こんなにも固執しているのだろうか。
 自然な流れでトリニファーに近づいて来たセシルは彼が書いた報告書を手に取り、パラパラと捲りながら静止しようとする彼に言い放った。
 ユリウスにはまるで動じなかったトリニファーだが、本当に恐ろしい相手が誰なのかをよく知っている。持ってかれるのが片腕だけならマシだろう。
 全く指ひとつ動かすことが出来ない。

「本当にこんなことするつもりだったの?彼が国に囲われたらどうなるか想像も出来ない?そんな事したら、僕が王を殺しちゃうでしょ?」

「…あぁ、分かってる」

「じゃあ、初めから辞めてください」

 同期だから、と崩されていた言葉が突如代わり、それと同時にいつも通りの貼り付けた微笑みを向けてくる。
 トリニファーと同じくセシルも嘘をつかない。いや、正確には意味のない嘘はつかない。だから、この不敬と取れる発言も本気で言っているのだ。そして彼は言った事は必ず実行する。
 それがセシル・ハイゼンベルクという男だ。

「あ、あと一つ。朝日君を引き入れようとか馬鹿な事は考えないで下さいね?殺します」

 捨て台詞のようにそう言い残し、2人は嵐のように去って行った。
 彼らが開けたままにした扉を騎士達は保けた面で何時迄もそこを見ていた。








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