上 下
20 / 157
第一章

崩れた足元

しおりを挟む





「これ、まだ少ないな…」

「…」

「こればっかりは要らないんだけど…」

「…」

「あれ、これも必要なのかな…」

「…」

 ぶつぶつと独り言を呟く朝日に全員の視線が集まる。
 朝日は相変わらず宙を見上げているだけで誰も彼が何をしているのか知らないし、説明も貰えないのだからその視線は次第に疑念の色を濃くさせて行った。

「…あ、またあっ…た…」

「…あ、さひ…?」

「…朝日君!」

「…あれ…何か足に力入んないや…」

「大丈夫か!」

「何でだろ…足に、力が…入らなくて…」

 寄り添うように歩いていたルークの側で地面に倒れた朝日。それをトリニファー以外はただ見ているだけだった。

「団長さん…約束、ですよ。引きずって…でも、僕が良いって言うまで…」

「あ、あぁ。分かってる!分かっているから、君はもう話さなくて良い!」

 どれくらい経っただろうか。森を歩き出したのは日がまだ高い所にあって、今は辺りが赤く染まっている。
 普段から身体を鍛えている騎士達はまだ余裕があった。でも朝日は違う。幾ら慣れ親しんだ森とはいえ、休みなく歩き続けていればいずれこうなる事は予想できていた。
 更にただ出鱈目に歩いていただけだった事でで騎士達朝日に対しての不審感を拭えず、朝日が倒れ込んでも駆け寄るような素振りも見せない。寧ろ病を移されるのでは、と遠巻きにしているほどだった。
 トリニファーはそんな彼らに心底落胆した。確かに彼の思いを彼らは聞いていたわけではない。だから直ぐに動けなくても仕方がないのかも知れない。
 でも、彼は守るべき国民でまだ子供だ。その前提を忘れて助けようともしない。

「…団長、変わります」

「…!お前!」

「ルーク、慎重に頼む」

「はい」

「「「「「…」」」」」

 二人の行動にただ言葉をなくす騎士達。彼らは目の前で何が起きているのかが分かっていない。
 尊敬する団長が肩で息をして苦しんでいる少年をその背に乗せようとしたかと思えば仲間のルークもそれに続き、少年を背負って再び歩き出す。

「な、何故団長はその少年の為にそこまでするのですか!」

「お前達より信頼できるからだ」

「信頼?ふざけないでください!この数時間彼が何をしたと言うのです?ただただ出鱈目に歩き続けて挙句、疲れ果ててルークに背負われているだけではありませんか!」

「じゃあ、お前達は此処に来る前まで何をしていたんだ?」

「な、なにを…って門の警備や、仲間の治療を…」

「じゃあ、お前はそれに戻れ」

 突然団長からなくなった信頼の色。自分達が何もしてない、と吐き捨てられた言葉。全く理解出来ない。

「彼が何をしたというのですか!」

「先に説明していた筈だ」

「我々が聞いたのは彼が薬師様に頼まれた薬草を探すのを手伝うと言う話だけです。彼は一つも採取できてないではないですか!」

 我慢ならない、と一人の騎士が声を上げる。

「それも話した筈だ。彼は特殊なスキルを持っていてそれで探すのだと」

「では、集まっているのですか?地面にも触れず?」

「帰れ、と団長に言われたのが分からないのか」

「黙れ!ルーク!この《七光り》め!」

「…呆れた」

「呆れた?ふざけるな!団長にゴマスリか?七光のやりそうな事だ!お前だって少年が倒れた時、ただつっ立ってただけだろう!」

 睨みつける騎士にルークは視線を向けることすらせず、その歩みを止めない。

「確かに、私は彼が目の前から消えた瞬間、騎士としてあるまじき行為をしてしまった。だが、もうしないと誓おう」

「誓う、誓わないの話じゃないんだよ!」

「ヒルデル。お前は一市民の彼を今もなお助けようとしない。お前は騎士失格だ」

 ルークの発言に煮え繰り返ったヒルデルはワナワナと震えながら叫び続ける。

「七光の分際で俺に口答えするな!!」

「そんなに偉いお前は私が取った勲章の一つでも取った事があるのか」

「…な、七光で取った勲章を自慢されても悔しくなんかない!」

「では、私よりも爵位が上である侯爵家のお前が何故、未だに勲章の一つも貰えないのだろうな」

「「「「「…」」」」」

 普段なら聞き流し、反論もしないルークがわざとらくしヒルデルを煽る。それを見ていた他の騎士達は驚きを通り越して感心していた。
 彼らは何故いつもヒルデルに言われっぱなしにしているのか、とルークに対して憤りにも似た感情を持っていたのだ。

「…ごめんなさい。あと少しで…集まります。あと少しで…」

「だ、そうだ。ヒルデル」

「…ック」

 何が何だがわからない。
 その間にもたくさんの人が死にかけていると言うのにあと少しだと?冗談を聞いている暇などないと言うのに。
 そんな感情を隠すことなく全面に出しているヒルデルにトリニファーはもう一度言う。

「貴族の嗜み。ヒルデル、お前そんな大事な事も忘れているのではないか」

「…貴族たる者、如何なる時も国民の血税で贅沢をさせてもらっている事を忘れず、その地位にいる者として国民を守る為の行動を直ちに行え…」

「なんだ、言えるじゃないか」

「…すみません。頭が冷えました」

「彼を信用できないのなら兵舎に戻れ。…いても邪魔なだけだ」

 朝日の背を撫でながら歩くトリニファーと背負ったまま歩き続けるルークの言葉に騎士達全員が足踏みをする。
 ヒルデルは別としても、騎士達には別の話で疑問しか出てこない。どうしてそんなにまで彼を信頼できるのか、何故もっと詳しく話してくれないのか、と。
 それでも兵舎に戻る選択肢は彼らにはなく、少し離れた所からただ出鱈目に歩き続けている二人を見ていた。
 他の騎士達が三人の後を追うのを見てヒルデルは大人しく踵を返した。

 朝日から終わった、と掠れた言葉が漏れたのは夜が耽った頃だった。星が燦々と輝き、作戦の成功を祝ってくれているように朝日には見えた。

「…とりあえず、ですが…これで全種類みたいです。この黄色いお花とかは…数が足りるかどうか…」

「それはドリプラルと言う花だ。珍しい花だがあの薬師ならそれなりに在庫を持っているだろう。安心しろ」

「…団長さん、騎士さん達は、大丈夫そうですか?」

「大丈夫だ。気にするな」

「…今…一体、何処…から…この花を…?」

 トリニファーは近づいてきた騎士達を一瞥しただけでその質問に答える気はないとばかりに歩き出した。
 朝日は身体の痛みや疲れから意識が遠のいて行くのを今はまだダメだ、と体に鞭を打ち、必死耐え続ける為にトリニファーやルークに話しかけ続けていた。
 身体は辛いだろうに、気丈に振る舞うその健気な姿に後ろにいた筈の騎士達も朝日の意識を持たせようと朝日が求めた話を面白おかしく話し始めた。

「…それで、そのウサギは、如何したんですか?」

「あぁ、そのウサギはピーと名付けて家で飼っている。娘の良き友人だ」

「良いなぁ…」

 騎士達は途端に自分達の言動の軽率さを悔やみ、胸が苦しくなった。
 こんな状態になりながらも誰かの為に行動できるその強さを彼らも認めざる終えなかった。

 やっとの事で兵舎にたどり着いた頃には全員満身創痍で、出迎えたヒルデルも何があったのか、と心配していた程だった。

「朝日くん!」

「…メイリーン、さん?」

「そうよ!…って貴方大丈夫なの?!」

「うん、僕…ちゃんと…」

「うんうん!分かってるわ!私が責任を持って薬は作るから貴方はしっかりと休んでなさい!」

「…ギルドの皆んなは…?」

 メイリーンは一瞬間を置いて静かに話す。
 彼を安心させてあげる為に。

「…大丈夫よ。さっき魔物の討伐成功の報告がギルドに来てたわ」

「良かったぁ…」

「朝日君…」

 ルークの背中にも伝わるほどに冷え切った身体は動かす事もままならず、凍り付いたかのように朝日は背負われた時のままで腕も上がったまま。膝を伸ばす事も出来ず座らせる他に朝日を休ませる方法がなかった。

「メイリーンさん…お願い、します」

「…安心しなさい。私を誰だと思ってるの?最強の薬師、メイリーン様よ!」

「…ふふふ」

 薬師メイリーンが兵舎内に用意していた急拵えの研究室に急ぎ薬を作りに行った後、朝日は意識を手放した。

 ベッドに運び入れても手足は上がったままで血の巡りが悪くなるからと結局ベッドに座らせるしかなく、騎士達は彼から離れる事なく寄り添っていた。

 みんなの思いは同じだった。何故彼はそんな状態なのに、それでも尚他人を心配出来るのだろうか、と。
 そんな朝日を騎士達は感心するよりも寧ろ痛ましく思うのだった。
 

 








 

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。 息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。 壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。 茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。 そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。 明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。 しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。 仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。 そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

処理中です...