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第一章
捜索
しおりを挟む冒険者達がいなくなったギルドにてギルド長ギルバート、エターナルライセンス保持者薬師アイリーン、碧血の騎士団団長トリニファーの三人を説得もそこそこに後にした朝日はトリニファーと打ち合わせをする為に青騎士達が詰めている門へと向かった。
門前は相変わらず騒々しく、王都内に入れず止められている隣町の住人達の悲痛な叫びが響いていた。
「彼らに詳しい説明をしなかったのは止められると思ったからか?」
「…うん」
「私は止めないと?」
「うん」
トリニファーは門横に併設されている兵舎に入るや否や質問してきた。ハッキリと頷いた朝日に思わず溜息が出る。
確かに早く薬が出来ればそれだけ多くの人が助かる。でもそれは薬師に任せておけば大丈夫な筈だ。少々時間はかかるかも知れないが、それは仕方のない事。そう割り切っている。だから何をそこまで、と言う気持ちを拭い切れない。
「あのね、ガッドさんは凄く奥さんを大切にしてて、帰りが遅いと怒られても必ず家に帰るんだ。あと、ラルクさんは最近彼女が出来てラブラブなんだって!ギルド職員の人だから秘密らしいんだけど…」
「…助けたい、その気持ちは分かる」
「うん。団長さんに言われた通り、僕は街で悪さをする人を捕まえたり、倒したりも出来ない。僕は闘えないから、皆んなが強い魔物と闘っている間、皆んなの代わりに家族や大切な人達を僕が守らないといけないんだ」
「…そうだな」
並行して歩いている二人は目は合わせてはいないが、お互いどんな表情をしているかは見なくても分かる。
「して、どうするのだ」
「詳しくは言えないんだけど、僕…ちょっと良いスキルを持ってて。でもその為には多分まず鞄の中を空にしなくちゃいけなくて…」
「部屋をひとつ用意しよう。そこに荷物を置いていってくれて構わない」
「それと力持ちの人が必要かも」
「用意しよう」
兵舎の中は騒がしかった。
その中でも飛びっきりバタバタと騒がしい部屋が数部屋あり、先程から扉が開いたり閉まったりを繰り返している。
その度に中から治癒師達だろうか、患者達に声をかけたり、必要な物を頼んだり、と必死に彼らを救う為に働いている人達が慌ただしくしていた。
その部屋の一つから出てきた男と目が合う。
「…君は」
「あ!門の騎士さん!」
見知った顔に思わず笑みが溢れる。
「何故君が……団長、お疲れ様です」
「…私よりも彼に先に気付くとはな」
少し含みのある言い方をするトリニファーは決して嫌味で言っているわけではない。彼がどんな人間か知っているからこそ、その行動が面白いと思ったのだ。
「大変失礼致しました。仕事に戻ります」
「ルーク。この後森に出る。お前も来い」
「かしこまりました」
「ルークさん。宜しくお願いします」
「…君も来るのか?」
不思議そうに言った彼に朝日は真剣な表情で頷く。
「…私が君の役に立つのか分からないが、最善を尽くそう」
「…?」
「あぁいう奴なんだ。気にするな」
足早に去っていく彼の後ろ姿を見送って、二人は再び歩き出す。
「他に必要な者はあるか」
「うん、僕がその病気にならないといけない」
「…なに?」
冗談は嫌いだ、と言いたいところだが、真面目な表情で前だけを見据えている。
そしてトリニファーはあまりの衝撃的な発言にスタスタと歩いていく朝日から一瞬遅れをとってしまった。
「…待て!」
朝日はトリニファーが制止するよりも先に目の前の扉を開ける。中は忙しそうに行き交う人達でいっぱいだ。
「「…」」
目の前に広がる光景はまるで地獄絵。
言葉が出てこない。そこには苦しそうにもがく人も呻き声をあげる人もいない。ただ青白い顔をした死人のような人達が横たわっているだけ。
「…団長さん、勝手に巻き込んでごめんね。貴方も…罹るかもしれない」
「気にするな。その方が気が休まる」
「そっか」
朝日は一番近くにいた患者らしき隊服を着た男の近くにしゃがみ込む。そしてその頬に触れ、ひんやりとした手の感触に思わずビクリ、と身体を揺らす。
そしてぽそり、大丈夫だよ、と言葉を漏らしたのをトリニファーは聞き逃さなかった。
それから用意した部屋に荷物を置きにいった朝日が部屋から出てくるのまでトリニファーは今後の指示を出したり、騎士を集めたりと奔走していた。
朝日が準備を終えて部屋を出るとトリニファーはそこで待っていた。
「終わったか」
「うん」
一瞬の気の迷いも感じない毅然とした態度で歩く朝日にトリニファーはただ続くことしかできなかった。
門横の騎士専用の入り口前には十人ほどの体格の良い男達が集まっていた。
「団長さん。約束して欲しいんだけど」
「…なんだ」
「もし僕が倒れてもそのまま良いって言うまで歩き続けて欲しいんだ」
「…分かった」
「それでもしかしたらあの人たちも病に…」
「大丈夫だ。伝えてある」
「良かった」
少し安心した表情を見せた朝日にトリニファーは苦悶の表情だった。何故彼はこんなにも勇敢なのだろうか、と。普通の少年ではないにしても大人でも尻込みするような状況で他の者を心配する余裕まである。どうしたらそんな人間になるのだろうか。不思議に思う。
「あ、良かった。思った通り薬草集まりそうですよ」
「…そうか」
ただ歩いているだけの少年とその後ろをついていくだけの騎士達。とても変な図だ。
そして彼は本当に歩いているだけで止まることもなければ、しゃがむこともない。本当に大丈夫なのか、と心配になる部下達に多少は同意せざる終えない。
「朝日、と言ったか」
「うん、ルークさん」
「何故君が此処にいる」
「薬師様が薬草がなくて困ってるからだよ」
「それは団長から聞いた。君は危険なのだ」
「じゃあ、ルークさんは何で此処にいるの?」
「…仕事だからだ」
「うん、僕もこれがお仕事なんだよ。おんなじだね」
ルークは質問の意図を理解して貰えなさそうだ、とそれ以上何かを言うのを辞めた。
「君は冒険者だろう」
「ルークさんは騎士さんだね」
「私は親に言われて騎士になるしかなかった。なりたくてなったわけではない。君は冒険者になりたくてなったのだろう?」
何でこんな話を彼にしているのか、不思議に思いつつも止める事はなかった。誰にも言わずにいたこんな私情を今更、なんて思いながらもずっと誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。
ただそれがこの少年だとは思わなかった。
何となく彼なら…そう思ったのだ。
「羨ましい?」
「…いや、騎士になった事は良かったと思っている」
「…」
「言いたい事があるなら言っていい」
歩きながらもルークの顔を見ていた朝日の視線が地面に移った事に気づいたルークは気にしない、と諭すように静かな声で言う。
「何でルークさんは役に立つか分からない、なんて言ったの?」
「…」
ルークは朝日から視線を外して自身の胸元を見る。
騎士達の団服には彼らの地位や功績を示すためのバッチや勲章が付けられている。
それを見る限りルークは中佐位の優秀な騎士なのだとムチの朝日でも分かる。
「…親から言われてなった騎士だが、だからと言って訓練や勉強を疎かにした事はない。この地位や勲章は私の誇りだ。だかな、それでも色々難癖を付けてくる奴はいる。私が団でなんと言われているか知ってるか?《七光り》だ」
「ルークさん自身もそう思ってるの?」
「…いや、そう自分が自分でそう思わないでいられるように鍛えてるつもりだ」
「なら、自慢すればいいんだよ。ルークさんが努力して手に入れたのものなんだから自慢すればいいと思う」
「…そうか」
終わりに、ありがとう、そう言っているように聞こえて朝日は嬉しそうに微笑む。二人は和やかな雰囲気で進み続けていた。
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