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第一章
騒動
しおりを挟むギルド長ギルバートの予想通りに朝日と関わりのある所では大きな混乱と共に大きな騒動になりかけていた。
朝日の為にと思う気持ちは同じでもやり方はそれぞれで、それらが纏まることはない。
冒険者ギルド、白日の騎士団本部、碧血の騎士団本部、薬師ギルド、そして…。
「どういうことよ!そんな説明で納得出来るわけないじゃない!!」
アイラの泣き叫ぶ声がギルド中に響き渡っている。
全員が予想していたことだが、朝日の出迎えを期待していたらしいアイラはギルド内の不穏な空気を逸早く察して、大騒ぎしながら朝日が寝てた部屋にたどり着いた。
しかし、そこにはもう朝日の姿はなく、少しの安堵をしたところで他のギルドメンバーから朝日の状態を知らされたのだ。
当然そのギルドメンバーも深い事情までは知らなかったが、騎士からの言葉はギルド長ギルバートから全員に伝えられていたので、ガッドやラルク達の状況を説明する為にそれを伝えた。
当然、状況の把握が出来ないことに激怒したアイラはゼノと同じく青の騎士団に乗り込む勢いだったが、ギルドメンバー達によって取り押さえられ、今に至る。
「だから、俺らも良くは知らないんだ」
「だから騎士団に行って聞いてくるって言ってんでしょ!離しなさいよ!」
「聞いてどうすんだよ」
「当然殴るに決まってんでしょ!!!」
「そりゃ、俺らだって何があったのかぐらいは知りたいさ。乗り込みたい気持ちもわ分かる。だがな、あのゼノが耐えたんだ。俺らがどうこうしたところでなんの解決にもなんねぇだろ?」
「解決とかどうでもいいのよ!ムカつくから殴る!何がいけないの!!!」
埒のあかない会話に辟易する冒険者達。
ゼノがいれば如何とでもなるのだろうが、そのゼノは朝日を何処かに連れて行ったまま帰ってこない。
騎士団で暴れれば、当然反逆罪や妨害罪など死刑になりかねない罪に問われる。
それを恐れているわけではないが、乗り込めば確実に手が出てしまうことも分かりきっているし、皆んな元気になった朝日の姿を見たいので大人しくしているだけだった。
「アイラ、お前の気持ちはよく分かるけどな…朝日に会えなくなるぐらいなら我慢した方が良いってことぐらい理解しとけ」
「…分かってるわよ」
「おう、なら大丈夫だな」
流石ガッド、とアイラに捕まっていた冒険者達は神でも見たかのような視線を送る。
(あらあら、大変な事になってるねぇ)
その雰囲気を気にしない人間が一人。鼻歌を歌いながらギルドを出て行く。
「白に行くよ~」
「「「はっ」」」
緩い口調で黒ずくめの男が言うと、何処からか三人の男女の声だけが聞こえてくる。
彼はとても優雅な立ち振る舞いをしているが、周りの景色は風のように流れていく。周囲にいる人からは突如突風が吹いたかのように感じるだけで、自身の横を人が通ったなど気付く者は一人もいない。
そのまま門を飛び越えて3階ど真ん中の部屋の窓の少しだけ突き出ているサッシに飛び乗る。
「ハロハロ、ユリちゃん」
「…」
「え~、良い情報持ってきてあげたのに~。無視するなら帰るからね~」
「何だ」
「ふふふ、聞きたい?ねぇ、聞きたい?」
「早く言え」
「も~、本当にユリちゃんはせっかちだなぁ」
「黙れ」
「まーいっか。あの朝日って坊やが倒れ、オワッ!」
ユリウスが聞き終わる前に彼がいた窓を開けた。押し扉だったので、少しバランスを崩した彼は言い切る事が出来ず思わず声を上げる。
「手荒い歓迎だね」
「さっさと話せ」
「え~、どうしよっかな~」
「この前の盗賊の件。お前らの調査不足の件見逃してやっただろう」
「はいはい、しょうがないな。ユリちゃんは。君のお気に入り、朝日の坊が例の疫病を自分で貰いに行っちゃったんだってよ。しかもそれには青が関わってるらしいよ~。乗り込む、乗り込まないで冒険者達が随分揉めてた!」
「…もう一回言ってくれ」
「だ・か・ら!あのお前らのお気に入りが疫病に罹って倒れたの!しかもその原因が青!薬を作る素材を集める為に自ら罹ったんだって!もう何回言わせる気?」
「セシル」
「はい」
「付けてたんじゃないのか」
「呼びます」
セシルは騎士の一人を遣いに出す為に立ち上がろうと手に持っていた書類を机に置く。
「いや、それだと時間がかかる。行くぞ」
「…はい」
正直言って【飛躍】だと早いのは分かるが、流石のセシルも男であるユリウスに抱き抱えられるのは抵抗がある。しかしそんな事も言ってられないくらいに自身が動揺をしていて問題視している場合ではないと納得したのだ。
朝日くんが…。どうして…。
その思いがとにかく強かった。
街が冒険者ギルドに所属しているエターナルライセンス所持者が作った特効薬によって救われた、という話は報告に上がっていた。ギルドの尽力によって救われたのは間違いない。
でもそれで何故彼が危険になるのだろうか。何故彼が危険を犯してまで素材を集める必要があったのか。自ら、と言うのはどう言う事なのか。わざわざ疫病に罹る必要は何処にあるのか。
いや、そんな事はどうでも良い。
この言いようのない感情を何処に向けたら良いのだろうか。一目見て安心したい。彼が無事なら他のことはもうどうでも良いとさえ思う。
「クロム」
屋敷について早々、自身でも初めて感じる焦り、動揺、困惑。
「…先程報告に来て戻ったばかりでして」
「まず聞く」
「クロム、報告を」
「はい、朝日君はギルド内にて密談を交わした後、碧血の騎士団長と共に門へ。その後森に入いり歩き回っていたのですが、突然倒れたとのこと。しかし、移動は続き、彼が街へ戻ってきたのは深夜のことでした。症状は悪化しており、直ぐに駆け付けたメイリーンという薬師により調合された特効薬を服用、のちに症状は緩和。しかし、熱が引かず現在も床に臥せったままのようです」
「それはいつの話だ」
「2日前です」
音もなく、その手を握られた刃がクロムの喉仏を捉えている。クロムは怯えることはないがピクリとも動かす、死を覚悟したかようにその口調は穏やかだった。
「…何故報告が遅れたのですか」
「如何やら、アチラが動いたようで…」
それを聞いたユリウスは剣を腰に戻し、襟を正す。彼がクロムに対して当然謝ることなどはない。クロムも勿論何も言わない。それだけの事をした、とお互いに思っているからだ。
「…チッ。黒は何してるんだ」
「ギルド側がまだ頷いていないのでしょう」
「彼が危険なのにか?」
「此方も事情は話してません」
「黒を呼べ」
「かしこまりました」
その返事と共に音もなくいなくなったクロムの気配はずっと遠い。遠くの方で微かになった笛の音を聞いてセシルはその視線をユリウスに戻す。
「私は青に行ってきます」
「…」
「一緒に行かれますか?」
「いや、お前はギルドへ行け」
ユリウスの考えがわかったセシルは静かに頷く。
本当は自分が行きたいだろうに会えてセシルに譲ったのは朝日との関わりが少しだけセシルの方が深いからだろう。
正直セシルにはユリウスが自身と同じ理由で朝日を好いているとは思わなかった。元々人に執着のない自分とは違い、愛想はないがどちらかと言えば人が好きなタイプだから。
寄るもの拒まず去るもの追わず、なのは否めないのだが、朝日はどちらでもない。それでもこうして苛立ちを隠さない程に気にかけているのは何故なのか、ずっと不思議だった。
(帰ってきたらクロムに聞いてみるか)
考えるだけ無駄だと諦める。
セシルを持ってしても自身の感じた事のない感情とユリウスに関しては全く読めないのだ。
ふと、一つの気配が消えたと思えば、既にユリウスはいなくなっていた。
セシルは上着を着替えて、馬車の手配を終えた侍従と共に屋敷を後にする。
いつもよりも揺れの激しい馬車は従者が伝えてきた時間通りにギルドについた。思っていたよりも静かな様子にセシルは怪訝な表情とる。
だが、直ぐにギルド前にあった見慣れた顔を見て微笑みの顔を作る。相手はそれに合わせるように穏やかな表情を作る。
お互いに分かっている。
分かっているから顔を作ったのだ。
「ギルバート。朝日君に合わせて欲しいのですが」
「折角御足労頂きましたのに大変申し訳ありません、伯爵様。ただ今その者はギルドにはおりません」
「…いないのですか。それは残念です。どちらにいるかご存知ですか?」
「いいえ。しかし、私が信頼を寄せる者に預けて静養を取っているのでご安心くださいませ」
如何やら本当らしい、とセシルは頷く。
その信頼を寄せる者の正体もセシルには見当が付く。控えていた従者に耳打ちをしたセシルは訝しげな表情を向けるギルバートに小さく微笑んで馬車に乗り込もうと踏み台に足をかける。
「何かお忘れではありませんか、副団長殿」
「…ごっこは終わりと…」
セシルはギルバートに聞こえないくらいの小声で小さく笑いながら言う。
「何の事でしょう?」
「クリスタルフロッグは冬に活動する魔物ですよ」
「…」
その言葉を聞いたセシルはかけたままにしていた足に力を入れる。彼の表情はギルバートからは見えなかった。
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