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第一章

昏睡

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「「「「「…」」」」」

 絶句。
 それ以外の言葉が見つからない。
 どう言う状況なのか。知っているのは彼に寄り添うようにしているこの二人だけだろう。
 ギルバートは彼の手を握ったまま扉が開いても振り向きもせず、メイリーンはその赤く腫れた目に涙を溜めたまま目を合わせない。

「ギル、何があったのか説明しろ」

「…ゼノ、私が…」

「ギル!!」

 ゼノはメイリーンを制止してギルバートを呼ぶ。その目に写る光景に溢れ出てくる怒りや憎しみを何とか抑えつけて、冷静に話を聞こうと繕う。
 ただ震えているその手からは血が滲み出ていて、不安や悲しみによる震えではなく、自身を抑えるのに必死だという事を物語っていた。

「…私が許可した」

「…何を」

「…街に感染者が出た。騎士団からの要請でメイリーンに薬を作るよう頼んだのだが、成果が出なくてね」

「それで何故彼がこんなにも苦しんでいる。俺はお前に彼を守れと言ったんだぞ!!」

「すまない」

 ただ、謝るだけのギルバートにその怒りを抑えきれずに胸ぐらを掴む。普段ならそれを彼は軽々と交わすと知っているゼノは彼が敢えて掴ませたのが分かって、強く床に投げ飛ばす。
 その行為に声すらあげないギルバートをひと睨みしてチッ、と大きな舌打ちをする。

「メイ、説明しろ」

「う、うん。この子が…私とギル、青の団長を交えた話し合いを聞いててね…」

 彼女は言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。決してゼノを恐れてではない。彼の思いを間違えずに彼らに伝えるためだ。


ーーー僕の提案を聞いて頂きたいのですが

 そう始まった彼の提案。
 それは私には有難い言葉だった。
 エターナルライセンスを持つ薬師の私が匙を投げた問題を解決できる薬師がほかにいるわけがなく、焦っていたのは事実だったから。
 私がやらなきゃ、と肩に力が入っていて周りがよく見えていなかったのかもしれない。
 そんな事を今さら気づいても遅いのだけど。

 彼の提案の内容は至ってシンプルだった。

ーーーまずお話だけ聞かせて貰おうか

ーーーはい 僕の能力を使って薬の素材を見つけます それには皆さんの協力が必要です 

ーーー協力?

 そう質問したのは理解ができないからじゃない。協力をしたくないわけでもない。彼が理解してない事が可笑しいと思ったから。
 だって協力するなんて当たり前のことでむしろ此方が頼む立場。本当に解決できるのならだけども。
 でもこうして協力を願い出て解決策を提案するほどに自信があるのならば、多分それは彼の能力に秘密があるのだと思った。

ーーー僕自身もスキルをまだよく分かってないので…   だから 多分、なんです

ーーー具体的にはどうするんだ

ーーー今必要なのはどの薬草が効くのか ってことですよね?

ーーーそうね 今は検討も付いてないから どの薬草が必要かさえ分かれば調合できる自信があるわ

ーーバンッ

 だけど、深い説明に入る前に大きな音で全てを掻き消される。音の方へ一同の視線が集まる中一人前を見据えたままの朝日が視界の端で捉えていた。

ーーーま、街に!ギルド長!感染者が…!!!

ーーーイル、落ち着きなさい

ーーー大丈夫です

ーーー何が…

ーーー大丈夫です 

ーーー…

「それで大丈夫、っていう彼を送り出した。帰ってきた彼は既にこの状態で…それでも貴方達のことを心配してた。だから、討伐報告があったのにまだ誰も帰って来てない、とは言えなかった。彼を安心させてあげたかったから。それで私はすぐに薬の調合を始めて…出来たら始めに彼に飲ませた。症状が落ち着いたのを確認したけど、心配で他の事も街の事も全部、青騎士に任せた。だから私達も彼を送り出した後に何があったのかまでは分からなくて。ただ彼が身体を張ったのは事実よ」

「「「「「…」」」」」

「アイラに怒られる覚悟しとけよ」

「まだ戻ってないの?」

「アイツはアレでもギルド職員だからな」

「あ…えぇ。そうね」

 悲しそうな表情で微笑む彼女に同情の言葉をかける者は一人もいなかった。
 何なら、寧ろ悔しさでいっぱいだった。
 何故ならここにいるみんなの英雄である朝日がこんな状態だと知らず、昨日は森でワイワイと祝いの酒を煽りながら一夜を明かしていたから。心配して待っていてくれたのにも関わらず。
 帰ってきたら朝日が笑顔で出迎えてくれる事を疑う者なんて一人もおらず、全員この光景を見て脱力感に見舞われていたのだ。


「…騎士団に行ってくる」

「ゼノ、辞めとけ」

「止めるな」

 普段ならその眼光に怯む冒険者も今はそんな状況じゃないとゆっくりと首を振る。
 諭すようにゆっくりと、しっかりと、首を大きく横に振る。

「朝日が起きた時にお前がいないんじゃ、可哀想だろ」

 その言葉に強く握り続けていた拳の力が僅かに緩む。途端に滴り始めた血がポツッポツッ、と小さく音を立てる。
 お陰で少し頭に血が昇っていたゼノは気持ちを落ち着かせるように静かに目を閉じて深く息を吐く。

「助かった、ガッド。頭が冷えた」

「おうよ。アイラが言ってただろ?やれる事をやるって言ってたってよ。頑張ったんだ、怒らないで褒めてやろうぜ。朝日は王都を救った英雄なんだからよ」

「…あぁ」

 他の冒険者に手渡された布で掌の傷口を覆い、まだ汗の引かない朝日の額に張り付いた髪を退けてやる。
 熱い息を一定のリズムで吐き出す朝日の頬は熱っていて、苦しそうにしているのを怪訝な表情で見つめる。

「騎士は一人も入れるな」

「…あぁ」

 ゼノのその言葉に反応したのはギルバートで、その目はゼノ以上に暗く、光を宿していなかった。静かに部屋を出て行ったギルバートに一瞥もくれてやらないのはゼノなりの彼に対する警告である。

「いつ、目を覚ます」

「ごめんなさい。…私にもそれは分からないわ。個人差があるみたいなの。薬を飲んで直ぐ目を覚ました人もいるし…まだ目を覚ましていない人も沢山いるらしいの」

「分かった」

「ごめんなさい、ゼノ。私…焦ってたのよ。私には何も出来なくて、彼の提案に乗るのが一番良いと…私も思ったの。覚えておいて…ギルだけは最後まで青の団長に他の方法を提案してたのよ…」

「もういい。ギルの事は俺の方がよく知ってる」

「…そうね」

 メイリーンは引き続き薬の調合をすると言って部屋を出て行った。それに続いて冒険者達も一同退室して行った。

「…悪かった、一人にして。街にいれば安全だと思ってたんだ。でも、良く考えれば…お前を守る奴が一人も居なかったんだ。俺らはこんなに助けられたのにな…本当に悪かった」

「…」

 苦しそうな寝息を聴きながらゼノは後悔を述べ続ける。当然返答があるとは思っていないが、話しかけていないと怒りが、憎しみが、溢れ続けてきて、その激情や衝動を抑えられなかった。



 日が沈み、街の明かりがポツポツとつき始めた頃。疫病の魔の手から救われた王都も少しずつだが、落ち着きを取り戻していた。
 それでもまだ人足は少なく、以前の夜の街のような落ち着きではなく、閑散とした雰囲気だった。

「…顔を見たいだけなんだ」

「どの口が言っている」

「私もまさか彼があんな事をするなんて思っていなかったんだ」

「思ってなかった?少しも?」

「…いや…」

 閑散としているとは言え、大通りはやはりそれなりの往来はある。そんな中で口論をしていれば目を引いてしまうのは仕方のない事。
 ただその渦中の人物達が彼らでなければひとだかりも出来ていただろうが、余りに重々しい空気のせいで誰も寄り付かない。

「朝日君は大丈夫なのだろうか」

「あぁ、問題ない。もう話す事はない」

「お礼を言いたい」

「今は安静をとっている」

「勿論、彼を一目見たら帰る。静養の邪魔はしない」

「その発言自体お門違いだと分からないのか?」

 誰のせいで、と言いかけてやめる。
 騎士に向ける冷たく暗い視線の中に、小さな動揺を含めた。送り出してしまった自分にも非があるからだ。
 何故彼の大丈夫、だという言葉を信じてしまったのだろうか。危険に合わせるつもりは全くなかった。
 彼が危険に晒されると分かっていたら国と決別してでも止めていただろう。
 それなのに…。

 二人のあまりの迫力に行き交う人達が避けて通る。
 あの青の騎士団団長が犬猿の仲のギルド長に頭を下げているのだから。

「貴方は何も分かっていない。あの子の存在がどれだけ大切なのかを」

「…では、ギルドの冒険者達に伝えてくれ…」

「謝罪など誰も受け取らない」

「違う。彼の言葉を、だ」

「…」

 その沈黙を肯定と受け取った騎士は下げ続けていた頭を上げてギルバートに向き直る。

ーーーガッドさんは凄く奥さんを大切にしてて、帰りが遅いと怒られても必ず家に帰るんだ。あと、ラルクさんは最近彼女が出来てラブラブなんだって!ギルド職員の人だから秘密らしいんだけど…

 騎士は俯き、朝日の言葉を思い出しながらポツポツと言葉を漏らす。

「僕は闘えないから、皆んなが強い魔物と闘っている間、皆んなの家族や大切な人を守らないといけないんだ…と言っていた」

 ギルバートは静かに分かった、とだけ言い残して騎士に背を向けた。














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