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第一章
青の騎士団
しおりを挟む王都にあるこのギルドには非戦闘員は少ない。
サポートスタッフとしている受付係や他の職員達もアイラと同じ元高ランカーか治癒魔法の得意な者達ばかりで揃いも揃って討伐隊へ送られてしまった。よっていつもは騒がしい程のギルドが見事なまでにすっからかんで静寂な状態。
「ギルド長はいるか」
だからそんな中ひとり何をするべきか、と考え込んでいた朝日に声がかかったのは必然だった。
「ギルド長のギルさんですか?」
「あぁ、ギルド長のギルバートだ」
覚えたての名前を言ったのはただの好奇心ではない。明らかに騎士団服に身を包む彼に疑問を持つのは当然の事だろう。何故ならギルドと国所属の騎士団は当然お互いに不干渉。それがルールだ。
「協力要請に来た」
「成程。ギルド長は上で薬師さんとお話し中です」
「案内を頼む」
案内をするまでも無く、騎士が立っているその場所からギルド長の部屋の扉は丸見えで、朝日もそこを指さした。
それでも案内を頼むのなら、多分だが不干渉のルールの中にそう言った何か自分の知らないルールがあるのだろう、と朝日は彼に頷いてみせた。
ギルドに入ってきてから一度たりとも離れなる事のない視線に少し居心地の悪さを感じる。階段を一緒に登る間もそれは変わらず、かと言って朝日がそれを気にする事もない。慣れている、と言った方がいいだろう。
「君は冒険者なのか?」
視線の理由を安易に理解した朝日は階段の踊り場で立ち止まり彼にそのビー玉の目を向ける。
「冒険者だよ」
当然でしょ?、とセシルやクリスにも使ったことのないタメ口で話す朝日の顔は少し怒ったような表情。散々冒険者ぽくないと言われ続けた朝日が怒る理由は朝日が冒険者だと分かってて彼がそう言ったと分かったからだ。
「失礼した」
素直に謝る騎士に朝日はにこりと笑って頷いた。
辿り着いたギルド長の部屋の前。朝日はその場所に来たことも勿論入ったこともない。どうやって中に入ろうか、声をかけようか、と朝日が考えている知ってか知らずか騎士は自ら声を発した。
「ギルド長、話があって来た」
「…」
「勝手に入った訳ではない。冒険者の子に案内を頼んだ」
やはり何か朝日の知らないルールがあったようだ。
数秒後、静かに開けられた扉を彼は鷲掴みにして勢い良く開けた。
「あぁ、朝日君。君が残っていたね。おいで」
「…うん」
とても優しくかけられた声に、余計な事をしてしまったのでは?という不安が掻き消される。
騎士が声をかけてから扉が開くまでの数秒の間。扉の開き方。どれを取っても歓迎している風には見えなかったからだ。だから朝日がギルドに残っていた事で騎士が招き入れてしまったのではと心配していたのだ。
「要件をお聞きしましょうか、団長様」
「いや、もう大丈夫だ。動いてくれていると分かったからな」
「なら、何故此処へ?ギルド内を見た時点で分かっていた事では?」
ギルド長、ギルバートは笑顔だがその目が笑っていない。先程まで朝日に対して見せていた笑顔は何処へ行ったのか。
明らかに変わった雰囲気に当然空気は重いが、この場の誰も気にしていない。
「ライセンス持ちの薬師がここにいるのを確認したかった」
「では、もう問題ありませんね」
「それと、この子が不憫でな」
その言葉に朝日は首を傾げる。何故僕が不憫なのか、と。
コテン、と傾いた頭がすぐ隣にいた騎士にぶつかる。そうしてやっと彼に肩を抱かれていたことに朝日は気がついた。
「朝日君、すまないね。少しバタついてて君に依頼をするのを忘れていた」
「僕に依頼?」
「低ランク冒険者には非戦闘員達の為に街の警備など他の仕事があるんだ。混乱に乗じて悪さをする者が増えるからね」
嬉しそうに目を輝かせた朝日の気が沈んだのはそのすぐ後のことだった。
「彼には出来ないと思うが」
落ち込む朝日。朝日自身も出来ないと分かっているからただ落ち込むしかない。言った当の本人も悪気が無いようでそんな朝日を見ても表情は変わらない。
ギルド長も笑顔で何も言わない。
それに朝日は更に気が沈む。
「要件が終わったのなら帰られたら如何ですか?」
此処で口を開いたのはこれまで無口無表情を貫いていた薬師。その美しい顔が歪む程に刺々しい言い方は帰れと言っているのと同意だった。
「最後に確認だが、君に薬が作れるのか」
「…作ってみせます」
「では、まだ出来てないと言う事だな。実は此方に問題の隣町の住人や商人達が押し寄せている。先程数人門前で倒れたと報告があった。騎士にも感染者が出ている。接触した者達を見つけ次第隔離をしているが、王都で広がるのも時間の問題。何せ感染者が発見されたのは昨日の夕刻前の事だったらしいからな」
「何故それを早く言わないのですか!」
慌てた薬師の女性は歪ませてた顔を更に歪ませ怒りを露わにする。
「言わないも何も言わせないような雰囲気を出していたのは其方ではないだろうか」
この部屋に入って来た時も感じた事ではあるが、元から仲が良いとは言えない関係なのは数日ギルドに出入りしていた朝日にも伝わるぐらいだった。
口々に冒険者がしている彼らに対しての愚痴を耳にして来た。
「…クリスタルフロッグは冬に繁殖する魔物です。これまでかの魔物による疫病発生が無いことから今回の疫病が寒さに弱いのは明らかでそれらの事を踏まえて薬を模索しようと考えていました。しかし…」
「しかし?」
「…症状を聞くに全員凍ったように身体が冷え切っていると聞きました。…振り出しに戻ったのです」
彼女は先程の噂によればエターナルライセンスと言う優秀な者に与えられる何かを持っているらしい。それだけ優秀だと認められていると言う事。
しかしながらそんな彼女でも見た事も聞いた事もない疫病と症状を前には手も足も出ないと言う。
「どうにかして貰いたい所だが、私もその情報以上の事は知らない。…今は情報が欲しい所だな」
「…」
詳しい症状、発生源の魔物について、感染の状況、広がり方…何も情報が出て来ていない未知の疫病。
今はとにかく情報が必要だと3人は口を揃えて話し合っている。その表情は先程までいがみ合っていたとは思えないほど真剣で街を思う気持ちは互いに同じなのだと朝日は口元を緩めた。
「あの!」
「「…?」」
「どうしたんだい。朝日君」
「僕の提案を聞いて頂きたいのですが」
「提案?何か解決方法を知っているのかな?それとも何か危ない事をしようとしてるのかな?」
「…危ないこと、ではありますが…解決方法でもあります」
「…んー。君を危険に晒したら多分、多方向から非難を受けると思うんだけど」
ギルバートの言う通り、多分、ではなく多方向から相当な攻撃ないし、非難を受けるだろう。
ただ街に危機が迫っていると言う状況がそれ以上の問題で危険度によっては検討の余地もあるだろうとギルバートもギルド長と言う立場上考えざるを得ない。
「…こんな小さな少年に何が出来ると?」
「僕は16歳です!ね?ギルド長!」
「「有り得ない」」
「ふふふ、その通りですよ。お二人とも」
信じられないと目を見開き、全く同じ反応してみせて、息の合う二人を見て優しく微笑むギルバートに朝日は少しむくれている。
「朝日君、君の見立てでは成功率は何%くらいなんだろうか」
「そうですね…6割…いえ5割と言った所です」
「…5割も…。中々ね」
「まずお話だけ聞かせて貰おうか」
「はい、僕の能力を使って薬の素材を見つけます。それには皆さんの協力が必要です」
ただ静かに朝日の説明に耳を傾けていた彼らの顔は徐々に強張っていく。それでも朝日のその提案を受け入れた三人はその勝率の高さの対価の残酷さに強張った顔のままだった。
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