15 / 157
第一章
双子の姉妹
しおりを挟むまだ寝ぼけているのか目を伏せたままフカフカの真っ白い布団の中でもぞもぞと動く小さな膨らみ。
暗い部屋は窓から差し込む朝日のお陰で視界は取れている。
まるで眼鏡でも探すかの様に動かされた手に感じた程よい暖かさによって伏せられていた目がゆっくりと開く。
「起きたか」
その手から伝わる温もりの正体がベッドに腰掛けていたゼノだと知って安心したのか、ふにゃふにゃと顔を綻ばせる。
「おはよ…?」
「あぁ、おはよう」
「ぼく…ね、ぼぉ…?」
「いや、まだ日は登り始めたばかりだ」
「…ふん」
言葉を発するにも、理解するのにも時間がかかるくらいにまだ頭が起きていない朝日を目覚めさせようと軽々と持ち上げる。ゼノによって布団から引き摺り出され、隣に座らされた朝日は本当に寝起きなのか疑わしい程にお行儀よく、ちょこんと座っている。
そんな朝日にゼノは昨夜のうちに執事クロムが持ってきた新品の衣服を手渡す。
「…僕の服?」
「だろうな、執事が持ってきた」
「…」
手渡された服を見つめたまま動かない朝日の表情はゼノからは全く見えない。まだ寝ぼけているのか、寧ろ寝てしまったのか、その顔を覗くまでは分からない。
「どうした」
ゼノはその伏せられたままの顔を確認の為、覗き込もうと身を少し屈める。
優しく落とされた言葉には眠たいのなら寝かせてやろう、と言う気持ちがまだ何処かにあるからだが、無理矢理身体を起こしたのも朝日が先日寝坊した事を悔やんでいたからなのだ。
「…きれない」
「遠慮なく貰っとけ、どうせこの家にはそのサイズを着れる奴は…」
「ボタンが出来ないの」
「…ボタン?」
その膝に乗せられたシワひとつない服が新品である事は聞かなくても分かる訳で、そんな物を貰う、もしくは用意してもらった、と言う事に気後れしたのかと思ったゼノの言葉に被せるように言う朝日の言葉を今度はゼノの理解が追いつかなかった。
モジモジと恥ずかしそうに頬を染めて言う朝日。
それを見てそれが恥らうような事なのだと理解しつつも、ゼノの常識の範囲を抜け出さないその言葉が頭の中で反芻している。
繰り返しボタン、ボタンと心の中で呟き、やっと言葉を飲み込み始める。
ボタン…16歳の子が?
意味を理解しても、返す言葉が出てこない。
「ごめんなさい。僕、ボタンやった事なくて」
そして漸く朝日が普段着ていた服を思い出す。毎日似たようなものを着回していて、その形を気に入っているだけなのだと思い込んでいた。
「いつもやってもらってて」
頭から被って腕を出す。足を通して持ち上げる。
良く考えればそれが女の子らしい服だと今なら理解出来る。ワンピースとペチパンのようなそれにゼノだけではなく、朝日に会った事がある全ての人間が違和感を感じていなかった。
それが子供らしい印象に拍車を掛けている事も知った上で似合っていると思っていたのだ。
ゼノから見れば防御面で問題があるだけで、朝日が冒険者じゃないのならそのままでも良いとさえ思っていたことだろう。
「待ってろ」
一瞬、朝日の膝の上に乗せられたままの服に手を伸ばしかけてやめる。
やってやる事は簡単だが、一応16歳だと本人は言っていて、その本人がボタンが出来ないことを恥ずかしいと理解しているのだから、ゼノが手を出す事は余計それに拍車を掛けるだろうと気を使ったのだ。
未だに頭を伏せたままの朝日。
なんて事ない、と言うように優しく撫でてやる。そのまま一つしかない扉へ向かったゼノはそこに居ることがさも当然のように重そうな木製の扉を軽く三回ノックした。
「はい、お呼びでしょうか?」
扉を開ける事なく発せられた声は少し高めの女性の声で、其方も驚く事もなく当然のように言う。
「着替える」
「かしこまりました」
ゼノが扉から離れ、やっと顔を上げた朝日の横に戻り、腰を下ろすとゆっくりと扉が開いた。
扉の向こうにはお仕着せに身を包んだ二人組の女性が頭を下げたまま挨拶をする。
「失礼致します。わたくし、ハイゼンベルク伯爵家、筆頭執事クロムより朝日様のお世話係を仰せつかりました、ユナと申します」
「同じくシナと申します」
「お着替えのお手伝いをさせて頂きたく思います」
「お願い…します」
まだゼノの隣でベッドに腰掛けたままの朝日は頭だけを下げて言う。
テキパキ、と言えば聞こえはいいが、ピクリとも笑わない彼女らの顔は瓜二つで全く見分けがつかない。メイドとしての腕は当然一流なのだが、愛想がないのは何ともこの家らしい。
そして朝日もお世話慣れしている様で当然の如く手を伸ばしている。
「如何がでしょうか?」
「シナさん、左側が少し苦しいです」
「…かしこまりました」
その無の表情はそのままに、二人は普通の人間では気付かないくらい細やかにピクリと身体を揺らした。しかし、そんな事は無かったと言わんばかりに、朝日に目を合わせられた彼女は言われた通りサスペンダーの紐を少し緩めて位置を直した。
彼女達の言いたい事がよく分かる。ゼノは朝日と出会ってからその様な経験を幾度となく経験してきた。無口な人間と会話をしたり、心の凍った人間を笑顔にさせたり、驚きの連続だった。
当然のように彼女らを見分ける朝日にそう来たか、と心の中で呟き、ゼノは彼らから視線を逸らして立ち上がる。
「如何がでしょうか?」
多分、彼女らは試そうとしている。
一度朝日の視界から見事なまでに同時に外れた彼女らは朝日の後ろから更に一歩引いた所で待機の姿勢を取る。
さて次はどちらが声をかけたのだろう、とゼノは側に立て掛けていた大剣を背負い上げてその様子を見届けようと入り口の近くの壁に寄りかかった。
「お二人ともありがとうございました」
「「当然の事で御座います」」
そしてどちらかが身を屈めると図ったかのようにひらりと一枚の紙が朝日の足元に落ちた。
「「申し訳ありません」」
「シナさんはそそっかしいんですね」
ゼノから見て右側にいた女性に朝日は拾い上げた紙を手渡す。
果たして正解だったのだろうか、とゼノは扉を開けて待つ。
「ありがとうございます、朝日様。以後この様な事がないようにシナにはキツく言っておきます」
隣の女性がもう一人の後頭部に手をやり、頭を下げさせるポーズを取って自身も頭を下げた。
試した事に対してのお詫びだろうか。
「…?」
「行くぞ」
「うん!」
彼女達は頭を下げたまま朝日達が部屋を出て行くのを見送る。扉が閉まったことを音で確認した二人はそのままの姿勢で顔を合わせる。
「何で分かったのかしら」
「旦那様も分からないのに」
「今日何か変えた?」
「貴方こそ変えたの?」
「「いいえ?」」
首を傾げ合うその角度まで一緒の二人はその疑問の答えを聞くことは出来なかった。
「二人とも終わったのなら持ち場に戻りなさい」
「「はい、クロム様」」
「ん?何かあったのですか?」
「今、シナと朝日様のお着替えのお手伝いをさせて頂きました」
「そしたら、私をシナとお呼びになりました」
「偶然かと思い後ろに周り位置を入れ替えました」
「そしたら、また私をシナとお呼びになられました」
「見分けたと言う事ですか?あなた方二人を」
「「そうです」」
クロムは二人をジッと見つめた後、目を閉じて同じ事をするように言いつける。二人は言われたままに入れ替わり、クロムが目を開ける。
「…無理ですね、二人は足音まで同じですから」
「あら、どうしてなのかしら」
「聞けば良かったわね」
クロムも暗殺者として色んなものを鍛えていたので、幾らブランクがあると言ってもそれなりに自信があった。匂いや仕草、視線、声のトーン、服の乱れ具合、髪型、はみ出した口紅、手の小さな切り傷。そんなちょっとした違いを覚える事も経験上多く、それらを見分ける自信もあった。
そんな彼でも彼女らを見分ける事が出来ない。
「それでどちらがシナなのですか?」
「私よ」「そっちよ」
「話し出すのがシナが先だと言う事は?」
「「ないわ」」
「…では、私にも分かりません」
「「気になって寝れなくなったらどうしましょう」」
彼は本当に色んな事をしてくれる。
この二人にさえ興味を持たせるのか、とクロムは感慨深そうな表情で思案する。
あの周囲に鉄壁の壁を作る主人をどの様にして懐柔したのか、ずっと気になってはいたものの、主人本人から話を聞いても大した話はしていなかった。
「主人が大切になさっている方です。頼みましたよ」
「「えぇ。大丈夫よ、お師匠様」」
そう言うと二人は瞬きの間に部屋の大きな窓を開けてテラスに出ていた。
「お師匠様」
「窓をお願いしますわ」
そう言い残してテラスから飛び降りる。
行儀が悪い、と思いながらも少し引き止めてしまった自身にも問題はある、と既に気配を消した二人に言われた通り窓を施錠した。
「私、あの子好きだわ」
「私も気に入ったわ」
「遊んでも良いのかしら」
「主人のお気に入りよ?怒られるわ」
「「残念ね」」
寄り添い合い、屋敷の門を潜る馬車を見つめる。
誰にも見分けられない二人を初めて見分けた彼の存在は彼女らからすれば特別で、二人の興味を引くには有り余る出来事だった。
0
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
スコップ1つで異世界征服
葦元狐雪
ファンタジー
超健康生活を送っているニートの戸賀勇希の元へ、ある日突然赤い手紙が届く。
その中には、誰も知らないゲームが記録されている謎のUSBメモリ。
怪しいと思いながらも、戸賀勇希は夢中でそのゲームをクリアするが、何者かの手によってPCの中に引き込まれてしまい......
※グロテスクにチェックを入れるのを忘れていました。申し訳ありません。
※クズな主人公が試行錯誤しながら現状を打開していく成長もののストーリーです。
※ヒロインが死ぬ? 大丈夫、死にません。
※矛盾点などがないよう配慮しているつもりですが、もしありましたら申し訳ございません。すぐに修正いたします。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる