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第一章
恐怖は無関心
しおりを挟むいつものように小鳥の囀りが聞こえてきて、心地よい朝を迎える。最近は喧騒の中の目覚めだったので久しぶりに感じる何とも心地よい朝だった。
だから大きく伸びたのもいつも通りだった。勢いよく腕を上げた先が運悪くベッドな柱に当たってしまったのは仕方がない事だった。
「起きたか」
「ゼノさん、おはよう」
「呑気に寝てたな。あまり知らない相手に無防備過ぎるんじゃないか?」
「ゼノさんは悪い人じゃないから」
「分からないだろ」
「分かるよ」
ニッコリと笑う朝日に根拠など問い糺すのもむりかとゼノは頭をかく。
ただそう言い切った朝日は本当に真剣な表情で根拠とかそう言う事はどうでも良いような気もした。
当たり前に用意されていた朝食は豪華でここ数ヶ月果物や木の実を食べていた朝日からすれば久々のご馳走。目玉焼きもソーセージも森にはない物だから中々喉を通らなかった。唯一森でも食べていたパンは信じられないほどに柔らかくて口の水分を奪わない。
あれは本当にパンだったのかなと考えながらゆっくりしっかり味を噛み締める朝日。ゼノは朝日が食べ終わまで優雅にコーヒーを啜りながら付き合ってくれた。
「ギルドには行かないの?」
「行く」
「じゃあ僕も行く。依頼何があるかな?」
「いや、今日はもう遅い。あっても薬草採取や低ランクの仕事くらいだろう。ランクを上げる気がないのなら昨日みたいに素材売れば実入りはある」
「そっか、冒険者って朝早いもんね」
悲しいと訴えかけてくる朝日に、気持ちよさそうに寝てたから起こさなかったとは言えず、ただ一言明日は早く起きろと言ってゼノはもう一度コーヒーを啜った。
それから朝日はゼノに言われた素材を数点目の粗い袋に詰めて再びポケットに押し込む。
宿を出て、二人でギルドに向かう。今日ギルドに行くのはさっきの素材を売ってお金を貰うためだとゼノは言った。
「ギルドに着いたら、銀貨15枚くらいだけ受けとって他は預けるって言うんだ。これからもそうしろ」
「分かった。僕、闘えないから守れないもんね」
「そう言う事だ」
昨日とは違い何故か無口なゼノに違和感を覚える。それにしても目が合わない。
昨日ゼノはアイラは怒ってないと言っていたが、ゼノ自身が怒ってないとは言われなかった。手を取られた時に向けられた表情は怖かったし、寝過ぎてゼノは依頼を受けれなかった。
でも流石に怒ってるか、なんて聞けない。当然怒っているのだから、そう聞くのは狡いと分かっているからだ。
二人並んで歩いているとギルドに似つかわしく無いくらいに仰々しく姿勢正しく並び立つ二人組が見えた。
「おはようございます、ヨウノ様。私はハイゼンベルク伯爵家の執事をしております、クロム・シュベルツと申します。この者は同じく伯爵家に使えるメイドでミューズ・モンテルで御座います。ゼノ様のご依頼によりお迎えに参上いたしました」
「あ、あの。朝日と呼んでください」
「はい、朝日様」
「あの、様も要らないのですが…」
「いえ、それは承知しかねる事です」
「…知らない人について行っちゃダメだって…」
「…では、朝日くんと」
「それでお願いします」
スッと綺麗にお辞儀した二人を見据えるゼノの後ろから少しだけ顔を出して覗き込む朝日は明らかに身構えている。
「説明しただろ」
「セシルさんの?」
「はい、そうで御座います」
「あ、あの。僕、ずっと森の中を彷徨ってて。お二人のご主人様?のハイゼンベルク伯爵様にここまで連れてきてもらったんです。その節はお世話になりました」
「是非主人の事は先程のままお呼びください」
「へぇ、友達だとでも言いたいのか」
「いえ、恩人だと聞いております」
「あの、僕が情報提供したから」
「朝日君、それ以上は他言無用でお願いします」
何か事情があるのは分かるし、貴族と冒険者は互いに不干渉を貫いている。こう言うのは仕方がない。
元々貴族が好きだとか嫌いとかそんな思いは微塵もない。単純に興味がない。
「じゃあ、こっちのが済むまでお願いする」
「勿論で御座います。今回は此方の不手際が招いた結果。この者には厳しく言っておきますので」
「その前にもう必要ないと伝えとけ」
「本当よ、貴族様の執事なのに何にも調べてないのね」
騒がしかったのか、いつの間にか見物人に囲まれていたようだ。急にその人壁が割れて出来た道から現れたアイラと若い男が話に割って入る。
「いえ、調べております。ゼノ・サザンピーク。29歳。屈強な肉体で名工キャッスルの大剣を片手で操るAランクの冒険者。Sランクパーティー《銀の立髪》のリーダーを務めていて、メンバーも皆Aランクの冒険者。拠点を冒険者の最高峰の証明…オーランド帝国帝都に構えており、帝都においても最優秀のパーティだとか。かの英雄アイルトン様とも親交があり、彼もその強さを認めていて、パーティーのリーダーでありながら、求められればアイルトン様ともパーティーを組み、その背中を預けられる程の男」
「それだけですか?執事様」
「ふふふ、ギルド長様、それだけとは?」
「なら話にならないわ。帰りなさい」
「では、朝日君の事はお任せください」
アイラとギルド長と呼ばれる男の猛攻もクロムは笑顔のまま受け流す。貼り付けられた微笑みは何処となく怖さが滲み出ていて、朝日はゼノに再び張り付く。
セシルの知り合いだとか言われても目の前の彼に恐れを隠せないのだ。
プルプルと震える朝日はゼノから離れたくないと全力でしがみつき、そのビー玉の目を輝かせる。
(((((か、可愛い…かよ…)))))
野次馬含む全ての目が朝日に向けられているが当の本人の視線はゼノ一直線。当然気がついてもいない。
「朝日君、ごめんね」
「セシルさん!」
サッ、と再びその人壁が割れて出来た道から現れたのはセシルだった。笑顔で飛びつきに行く朝日が離れた場所がゼノは妙に涼しく感じた。
少年の身なりから野次馬はやはり貴族の子だったか、と勝手に検討をつけて関わらないのが身のためだ、と少しずつ壁が薄くなっていく。
「初めから来い」
「すみません、少し仕事が押しまして。こうなるとは思っておりませんでした。私の失態です」
「セシルさん…ごめんなさい」
「いえ、君の感覚は間違ってませんよ。この老人は昔とても怖い人だったんです。そのなごりで雰囲気だけは鋭いですが、でも今は本当に雰囲気だけですよ?」
朝日はこくん、と頷き、執事クロムに近づく。足元まで行くが、ギュッと目を瞑ったまま顔だけを上げる。そして、深く深呼吸をすると片目を少しだけ開けてまた閉じた。
「…」
「朝日君?無理しなくて良いですよ。無視、無視ですよ。気にしないでください」
「無視はダメな事です」
「…何故?」
可哀想だと朝日の肩に手をかけて振り向かせようとしていたセシルの手に力が入る。
朝日はそれにピクリと身体を一瞬強張らせたが、ギュッと瞑られたままの瞼を少し緩ませてゆっくりと目を開く。
「諸説ありますが、好き、の反対は嫌い、ではなくて無関心って言うらしいです。嫌いってその人を見て感じた結果ですけど、無関心は興味すら無いって事なんです。その方が悲しいって僕も思います」
「…そう、私も思います」
朝日の肩に込められてた力がゆっくりと抜けて行く。
「ごめんなさい、執事さん」
「いえいえ、昔のクセが抜けず…。申し訳ありません」
「昔の、って暗殺者とかですか?」
((意外に鋭い…))
ゼノもセシルも無言だが朝日をじっと見据えて離さない。
ゼノからすれば監視の視線や魔物の気配など何も見つけられなかったのを知っているから余計に感心してしまった。
この執事の横で大人しくしているミューズと呼ばれた彼女が朝日の監視兼護衛についていた事をゼノは初日に朝日に出会った時から気付いていた。
カウンターでぴょんぴょんと跳ねる朝日を持ち上げるその直前から殺気にも似た鋭い視線がゼノにたった一瞬だが刺さったからだ。
そんな殺気にも気づかない朝日が何故彼の雰囲気の違いに気づき、ましてやその稼業まで言い当てたのか疑問だった。
「あのね、本に書いてたの暗殺者は足音がしないって」
なるほど、確かに良い着眼点だ。その本の内容は中々に面白いのだろう。
「良い本をお持ちだ」
そう思ったのはゼノだけではなかった。
「僕、暗殺者の人に会ったの初めて!大変?忙しいのかな?暗殺って夜だよね、夜目って使えるの?」
先程まで怖がっていた筈だが、その切り替えの速さにまた感心させられる。
「もう怖く無いのですか?」
「え?セシルさんが大丈夫って…違うの?」
セシルはそう問いかけたことを少し後悔しつつ、またプルプルと震え出しそうな朝日の前で膝をつき目線を合わせる。そして蕩けるような笑みを浮かべて首をゆっくりと振った。
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